ケアラーの限界
D級昇格試験の告知は、掲示板の中央に貼られていた。
「昇格試験対象者:リナ・エルフェルト」
自分の名前を見つけた瞬間、
胸の奥で、喜びより先に緊張が広がった。
昇格試験は、実戦形式だ。
ギルドが用意した臨時パーティで、
中規模の魔物群を排除する。
評価基準は明確だった。
・任務達成
・被害の最小化
・戦術遵守
最後の一行が、
リナには一番重かった。
集合地点で、
パーティの顔ぶれを確認する。
前衛二名。
後衛一名。
支援は、リナだけ。
「ケアラーさんか」
前衛の一人が、安心したように言った。
「じゃあ、後ろ頼むな」
リナは、黙って頷いた。
盾は持っていない。
盾は、今日も壁にかけたまま。
正規戦術。
正しい配置。
昇格試験では、それが最優先だ。
討伐対象は、
群れで動く中型魔物。
数は多いが、
動きは素直。
戦闘が始まる。
前衛が前に出る。
後衛が射撃を始める。
リナは、後ろで詠唱に集中する。
《ヒール》
被弾した前衛の傷が塞がる。
問題はない。
完璧な立ち上がりだった。
だが――
魔物の一体が、
予想より早く動いた。
前衛の一人が、
一歩、踏み込みすぎる。
距離が詰まる。
リナは、反射的に前を見た。
昨日までなら、
無意識に一歩、前に出ていた距離だ。
だが今日は違う。
昇格試験。
正規戦術。
リナは、その場に留まった。
詠唱。
《ヒール》
――間に合わない。
魔物の爪が、
前衛の肩口を深く裂いた。
血が飛ぶ。
前衛が、膝をつく。
「っ……!」
《ヒール》
《ヒール》
回復は届く。
だが、
倒れる速度の方が速い。
前衛は、
完全には倒れなかった。
だが、戦線から外れた。
残る前衛が、
必死に前を保つ。
戦闘は続いた。
任は、達成された。
全員、生還。
だが――
帰路で、
誰も口を開かなかった。
ギルドへ戻り、
結果報告。
試験官は、淡々と告げる。
「任務達成。
致命的損耗なし」
一拍。
「……ただし、
対応が遅れた場面があった」
リナは、何も言わなかった。
言えなかった。
会議室を出ると、
前衛の一人が、声をかけてきた。
「なあ」
リナは立ち止まる。
「お前が悪いわけじゃない」
その言葉は、
慰めだった。
「俺が出すぎた」
リナは、首を振った。
「……私が、前に出てたら」
その先は、言わなかった。
言えば、
「正規戦術を否定する言葉」になる。
夜。
宿の部屋で、
リナはベッドに座り込んでいた。
今日は、
殴られていない。
なのに、
体の奥が重い。
思い出すのは、あの一拍。
踏み込むか。
留まるか。
留まった。
正しかった。
評価的には。
でも――
「……生き残らせられなかった」
死んではいない。
だが、倒れた理由を、
自分は知っている。
リナは、
資料室で見た報告書を思い出す。
異端の盾。
前にいるヒーラー。
「正しい戦い方じゃない」
そうだ。
分かっている。
それでも――
「正しい戦い方で、
間に合わなかった」
その事実が、胸に突き刺さる。
リナは、
壁に立てかけられた盾を見る。
メイスは、まだない。
でも、前に立つ覚悟だけは、
確実に育っていた。
「……後ろにいる限り、
私は限界なんだ」
それは、諦めじゃない。
選択だった。
リナは、
静かに立ち上がる。
明日、
支部ギルドへ行く。
昇格のためじゃない。
評価のためでもない。
「生き残る戦い方」を、
選ぶために。
ケアラーの限界は、
今日、はっきりと見えた。
だからこそ――
次は、
限界の外へ踏み出す。




