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魔王城の異端の盾


支部ギルドの資料室は、昼でも薄暗い。


窓は小さく、埃を避けるために常に半分閉じられている。


灯りは魔導灯が二つ。


明るさよりも、保存を優先した場所だった。


リナは、受付で渡された木札を首から下げ、

資料棚の前に立っていた。


任務の合間。


自由閲覧の時間。


本来、ここに来る冒険者は少ない。


戦果報告や昇格基準は掲示板で足りる。


わざわざ紙を読むのは、

過去を知りたい者か、

今のやり方に納得していない者だけだ。


リナは、後者だった。


棚に並ぶのは、

討伐報告、

護衛記録、

迷宮踏破ログ。


どれも、淡々とした文章で、

「結果」だけが記されている。


――死亡者二名

――撤退

――任務失敗


そんな行が、珍しくない。


リナは、一枚一枚、紙をめくった。


評価欄。


戦術欄。


編成。


ほとんどが、

「正規戦術通り」

「想定内の損耗」

という言葉で締められている。


その中で、

一つだけ、明らかに違う報告があった。


地域名:魔王城周辺外縁

任務種別:高危険度監視・排除

編成:前衛三、後衛二、支援一


支援一。


リナの指が、止まる。


死亡者:零

重傷者:零

撤退:なし


あり得ない。


戦術欄に目を落とす。


「前線維持者が前方固定」


「支援役、常時接敵圏内に位置」


「回復は被弾直後に限定」


リナは、息を止めた。


「……前に、いる」


さらに読み進める。


「対象の殲滅速度は平均以下」


「致死攻撃は避けられている」


「敵対存在は排除ではなく、無力化」


評価欄。


「戦果は控えめ」


「だが、生還率は異常」


異常。


その言葉に、

胸の奥が、静かに熱を持つ。


名前の欄は、伏せられていた。


称号もない。


個人情報は、黒塗り。


ただ一行、

備考欄にだけ、短く書かれている。


「通称:異端の盾」


リナは、その文字を、

何度もなぞるように見た。


異端。


正規ではない。


推奨されない。


だが、結果を出している。


ページをめくる。


次の報告も、その次も。


同じ編成。


同じ書き方。


同じ結論。


「誰も倒れない」


リナは、無意識に椅子へ腰を下ろした。


膝の上で、指が強く組まれる。


「……いるんだ」


噂じゃない。


冗談でもない。


記録がある。


ギルドが、否定しきれずに残した紙だ。


背後で、紙束を置く音がした。


振り返ると、

年配の書記が立っていた。


「……それに興味があるのか」


リナは、少しだけ驚いたが、

正直に頷いた。


「はい」


書記は、ため息ともつかない息を吐く。


「若いのが、たまにここへ来て、

 同じところで止まる」


「でも、真似はするな」


リナは、即答しなかった。


「……危険、ですよね」


「危険だ」


書記は、即答した。


「正しい戦い方じゃない」


一拍。


「だが、生き残る戦い方ではある」


リナの胸が、強く打つ。


書記は、それ以上何も言わなかった。


否定もしない。

肯定もしない。


ただ、紙を元の棚に戻し、

静かに去っていく。


資料室に残されたのは、

紙の匂いと、一人のケアラーだけだった。


リナは、もう一度、

「異端の盾」という文字を見る。


前に立つヒーラー。


回復しながら、殴られる。


殺さず、倒れない。


それは、

評価される強さじゃない。


でも――


「……生きてる」


それが、すべてだった。


資料室を出ると、

外は明るかった。


訓練場から、

剣の音が聞こえる。


正しい戦い方。


正しい位置。


リナは、足を止め、

自分の立ち位置を思い出す。


後ろ。


いつも、後ろ。


「……前に立つのは、

 選ばれた人だけじゃない」


誰かがそう言ってくれたわけじゃない。


ただ、記録がそう示していた。


リナは、胸の内で、

静かに決める。


まだ、真似はできない。


まだ、盾もない。


まだ、力も足りない。


それでも――


「私は、

 後ろに立つだけのケアラーで終わらない」


その決意は、

誰にも見えない場所で、

確かに形を持ち始めていた。


魔王城の異端の盾は、

まだ遠い。


だが、

生き残るための道筋だけは、

はっきりと見え始めていた。

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