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倒れなかった理由


支部ギルドの会議室は、静かだった。


怒鳴り声もなければ、机を叩く音もない。


あるのは、紙がめくられる音と、羽根ペンが走る乾いた響きだけだ。


リナは、部屋の端に立っていた。


椅子は用意されていない。


座るほどの議題ではない、という扱いだった。


「……では、F級任務・湿地帯小型魔物掃討について」


書記が淡々と読み上げる。


「参加者五名。全員生還。任務達成。

 戦闘時間、予定より短縮。撤退判断、適切」


そこで一拍、間が空いた。


リナは、その“間”の意味を知っている。


良い報告の後に来る、

評価を下げるための間だ。


「ただし――」


書記は目線を上げない。


「回復役であるリナ・エルフェルトが、

 複数回、危険圏へ侵入」


紙をめくる音。


「隊列の乱れを招いた可能性あり。

 再現性に乏しい行動」


監査役が、軽く咳払いをした。


「結果的に生還はしたが、

 推奨戦術から逸脱している」


リナは、黙って聞いていた。


反論はしない。


説明もしない。


言葉にすれば、

「生き残ったからいいじゃないですか」

という意味に聞こえてしまう。


それは、この場で最も嫌われる言い方だ。


訓練士の一人が、少しだけ言葉を選んで言った。


「……判断自体は、悪くない。

 撤退も早かった」


リナの胸が、わずかに動く。


だが続く言葉は、予想通りだった。


「しかし、ケアラーが前に出る前提の判断は、

 他の冒険者に適用できない」


「危険行動だ。

 成功例として記録するには、問題がある」


結論は、あっさり出た。


「任務達成としてポイントは付与。

 ただし、昇格評価は据え置き」


据え置き。


減点ではない。


罰でもない。


ただ、進まない。


それが一番、きつい。


会議は、それで終わった。


誰もリナを責めなかった。


誰も声を荒げなかった。


だから余計に、

「間違っていないが、正しくもない」

という烙印だけが残った。


廊下に出ると、同期のケアラーたちが話していた。


「今回の任務、楽だったよね」


「前衛がちゃんと止めてくれたし」


「EからD、早かったな」


笑い声。


誰も、リナを見ていない。


リナは、掲示板を見上げた。


昇格者一覧。


自分の名前は、ない。


それでも任務数は増えている。


生還率も高い。


だが、評価は動かない。


「……おかしいよね」


思わず、声が漏れた。


「誰も倒れてないのに」


誰に向けた言葉でもない。


訓練場の隅で、盾を磨いている冒険者がいた。


昨日、一緒に戦った前衛だ。


リナは近づき、少しだけ頭を下げた。


「昨日は……ありがとうございました」


前衛は首を振った。


「いや。助かったのは、こっちだ」


その言葉に、リナは一瞬、救われそうになる。


だが、続きがあった。


「でもさ……」


前衛は、少し困ったように笑った。


「次は、前に出ないでくれ。

 ヒーラーが殴られるの、怖いから」


その言葉は、優しかった。


正しい心配だった。


だからこそ、リナは何も言えなかった。


夜。


宿の部屋で、リナは一人、座っていた。


ベッドに腰掛け、

手のひらを見つめる。


震えてはいない。


昨日、あれだけ殴られたのに。


思い出す。


前衛が踏み込みすぎた瞬間。


距離が崩れた一拍。


その直前に、自分が一歩前に出たこと。


回復が――


間に合った。


リナは、はっきりと理解していた。


「後ろで回復していたら、

 あの人は倒れていた」


それは仮定じゃない。


確信だ。


でも、評価されなかった。


理由も、分かる。


正しい戦い方じゃないから。


再現できないから。


リナは、静かに息を吐いた。


「……でも」


小さな声で、言う。


「倒れなかった理由は、

 正しいからじゃない」


少し、間を置く。


「間に合ったからだ」


この世界には、蘇生がない。


倒れたら、終わりだ。


正しい戦術でも、

間に合わなければ、死ぬ。


なら――


「正しさより、間に合う場所に立たなきゃ」


それは、反抗ではなかった。


逃げでもない。


ただの、結論だった。


リナは立ち上がり、

壁に立てかけた盾を見る。


まだ正式な装備じゃない。


拾っただけの盾。


それでも、あの瞬間、

確かに役に立った。


評価されなくてもいい。


昇格が遅れてもいい。


それでも――


「生き残れた」


その事実だけは、

誰にも否定できない。


翌日。


酒場の隅で、冒険者たちが噂話をしていた。


「聞いたか? 魔王城の――」


「変な盾の話だろ」


「回復しながら殴られるとか、嘘くせえ」


笑い声。

冗談。

誰も本気にしていない。


だが、リナだけは、

その言葉から耳を離さなかった。


胸の奥で、

何かが、静かに噛み合う。


「……回復があるのに、前にいる」


それは、異常だ。


でも――


この世界で、

生き残るための異常かもしれない。


リナは、そっと杯を置いた。


今日も、自分の名前は掲示板にない。


それでも、歩みは止まらない。


倒れなかった理由は、

評価表には載らない。


だが、確かにそこにあった。


それだけで、

今は十分だった。

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