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盾は、後ろに立たない


夜明け前。


ギルドの中庭は、まだ静かだった。


訓練用の木剣も、

掲示板も、

依頼札も、

すべてが眠っている時間。


リナは、一人で立っていた。


盾を持って。

メイスは、腰に下げている。


使わない。


今日は、ただ立つ。


足裏に、冷たい石の感触。


身体は、まだ重い。


昨日の痛みが、

完全には抜けていない。


腕を上げると、

肩が鈍く悲鳴を上げる。


それでも、

盾は落とさない。


(……後ろには、立たない)


それが、

いつからか、

自分の中で言葉になっていた。


最初は、

ただの衝動だった。


一歩前に出ただけ。


間に合う場所に、

立っただけ。


評価されなかった。

昇格も遅れた。

危険だと言われた。

女なのに、と言われた。


それでも、

倒れなかった。


それだけが、

積み重なった。


背後で、

足音がした。


一人。

二人。


振り返らなくても、

分かる。


気配が、違う。


任務帰りの、静かな気配だ。


「……リナ」


A級任務の隊長が、

声をかけてきた。


彼は鎧の傷をそのままにしている。


磨く余裕もないほど、

消耗していた。


「昨日の件だが……」


リナは、

盾を下ろさない。


視線だけを向ける。


「報告書には、

 君の名前は、

 ほとんど出ていない」


「功績は、

 俺たち前衛に回る」


それは、

いつものことだった。


リナは、

小さく頷く。


「……はい」


隊長は、

一瞬、言葉に詰まる。


「それでも、

 礼は言わせてくれ」


「君が立っていなければ、

 あの線は、

 とっくに崩れていた」


リナは、

一瞬だけ、

目を伏せた。


「生き残ったなら、

 それで十分です」


本心だった。


評価よりも、

名前よりも、

称号よりも。


生きていること。


それだけが、

次へ進む条件だ。


隊長は、

苦く笑った。


「……魔王城の噂、

 知ってるか」


リナは、顔を上げる。


「変な盾の話、ですよね」


「そうだ」


「後ろに立たない盾」


「回復しながら殴られる盾」


「倒れないことだけを、

 基準にした盾」


隊長はリナを真っ直ぐ見た。


「……今度はな」


「二人いる、

 って話になってる」


胸の奥が、わずかに揺れた。


自分の知らない場所で、

自分の戦い方が、

言葉になっている。


名前のないまま。


個人を離れて。


「基準だけが残るらしい」


隊長は言う。


「倒れないこと」


「立ち続けること」


「後ろに立たないこと」


それを聞いて、

リナは、

ゆっくりと息を吐いた。


(……そうか)


これは、

自分の物語じゃ

なくなりつつある。


自分が選んだ戦い方が、

誰かの選択肢になっている。


それは、

誇らしさよりも、

責任に近い感覚だった。


隊長が去る。


中庭に再び静けさが戻る。


リナは、

盾を構え直した。


重い。


相変わらず。


女性の身体に、

優しい重さじゃない。


腕は、

まだ完全じゃない。


それでも、

下げない。


(……私は、

 英雄じゃない)


思う。


(強くもない)


(正しくもない)

ただ――


(生き残っただけだ)


その積み重ねが、

戦線を保った。


回復は、

殴られる前に使う。


盾は、

倒れる前に構える。


前に立つのは、

勇気じゃない。


逃げないという、

選択だ。


朝日が、

中庭に差し込む。


ギルドが、

目を覚まし始める。


新しい冒険者が、

扉をくぐる。


掲示板の前で、

立ち止まる者がいる。


その中の一人が、

小さく呟く。


「……後ろに、

 立たない盾?」


誰かが、答える。


「変な戦い方だよな」


「でも……

 死ににくいらしい」


リナは、

その声を聞いて少しだけ微笑んだ。


名前は、

いらない。


称号も、

いらない。


異端の盾は、

一人の英雄じゃない。


“生き残り方”そのものだ。


今日も、

リナは前に立つ。


盾を構え、

回復を準備し、

逃げない場所に立つ。


後ろに立たない。


それが、

彼女の選んだ答えだった。


そして世界は、

少しずつ、

だが確かに、

変わり始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語は、

強くなる話でも、

正しくなる話でもありません。


ただ、

倒れなかった人がいた、

という記録です。


立ち続けることは、

誰かに認められるためではなく、

誰かを救うためでもなく、

ただ「次の瞬間を迎えるため」の選択でした。


それが積み重なった結果、

戦い方だけが残りました。


名も称号も残らず、

評価表にも大きくは書かれない。


けれど、

生き残った者たちの中に、

確かに残る型。


それを書きたくて、この物語を書きました。


ここまで付き合ってくださった方に、

心からの感謝を。

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