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異端の継承


朝は、いつもより遅く来た。


正確には、

リナが起き上がれなかっただけだ。


目は覚めている。

意識もはっきりしている。


だが、身体が動かない。


腕が重い。

脚が重い。

胸の奥が、まだ焼けている。


呼吸をすると、

肋の内側が、鈍く痛む。


《ヒール》を使えば、

多少は楽になる。


だが、使わなかった。


回復は、

「動くため」に使うものだ。

「起きるため」じゃない。


ベッドの天井を見つめながら、

リナは、

昨日の戦場を思い返す。


剣が折れた音。

悲鳴。

魔力が尽きた瞬間の、

あの静けさ。


(……生きてる)


その事実が、

まだ現実感を持たない。


ノックの音。


一度。

二度。


控えめな音だった。


「……はい」


声を出すと、

喉がかすれた。


扉が開く。


若いケアラーが、

おずおずと顔を覗かせた。


年は、

リナより少し下。


装備は、

まだ新しい。


「……お邪魔、でしたか」


「いいえ」


起き上がろうとして、

失敗する。


それを見て、

彼女は慌てて視線を逸らした。


「す、すみません」


その反応が、

少しだけ、

胸に引っかかる。


気を遣わせている。


自分の身体が、

“弱っている女性のもの”だと

認識されている。


昨日まで、

盾を持って前に立っていたのに。


「……何か用ですか」


リナは、

声を整えて言った。


若いケアラーは、

手を握りしめる。


「……昨日の、A級任務」


その言葉で、

空気が変わる。


「私、後方でした」


続ける声が、

少し震えている。


「正直……」


一度、言葉を切る。


「……何度も、逃げたいって思いました」


リナは、

何も言わずに聞いていた。


「でも……」


若いケアラーは、

顔を上げる。


「前を見たら、

 リナさんが、

 ずっと立ってて」


「盾、下ろさなくて」


「殴られても、

 回復して、

 また立ってて」


言葉が、

少しずつ速くなる。


「……あれ、

 正しいんですか?」


その問いは、

単純だった。


同時に、とても重い。


リナは、すぐに答えなかった。


正しいか。

正しくないか。


その基準で語れば、

答えは簡単だ。


――正しくない。


だから評価されない。

だから異端と呼ばれる。


だが、

それをそのまま伝えれば、

この子は、

後ろに戻る。


後ろに戻って、

また、誰かが倒れる。


リナは、

ゆっくりと息を吐いた。


「……正しくは、ないです」


若いケアラーの肩が、

わずかに落ちる。


「でも」


リナは、

続けた。


「生き残るには、

 足りていました」


沈黙。


若いケアラーは、

唇を噛む。


「……私、

 強くないです」


「前にも、出られません」


「殴られたら、

 すぐ……」


その先は、

言わなくても分かる。


リナは、

ゆっくりと身体を起こした。


痛みで、一瞬、視界が揺れる。


それでも、ベッドに座る。


「私も、強くないですよ」


その言葉に、

若いケアラーが顔を上げる。


「力も、持久も、

 前衛より下です」


「盾、重いです」


「昨日も、

 何回も落としそうでした」


正直な言葉。

飾らない。

英雄の言葉じゃない。


「それでも」


リナは、

自分の手を見る。


指は、

まだ少し震えている。


「……立つって、

 決めただけです」


若いケアラーは、

息を呑んだ。


「倒れないって、

 決めただけ」


「殴られる前に、

 回復を使うって、

 決めただけ」


「逃げないって、

 決めただけ」


それは、

技術じゃない。

才能でもない。

選択だ。


若いケアラーは、

しばらく黙っていた。


やがて、小さく言う。


「……それ、

 誰にでもできますか」


リナは、

一瞬、言葉に詰まる。


できるか。


誰にでも。


――できない。


覚悟がいる。


殴られる前提を、自分に課す必要がある。


それを、軽々しく勧めていいのか。


リナは、

ゆっくりと首を振った。


「……誰にでもは、

 できません」


若いケアラーの顔が、少し曇る。


「でも」


リナは、視線を上げる。


「選ぶことは、できます」


「後ろに立つか」


「前に立つか」


「立たないか」


「逃げるか」


「残るか」


「それを、

 自分で選べる」


若いケアラーの目が、揺れる。


「……私は」


声が、少しだけ強くなる。


「私は、立つって、選びました」


沈黙。


部屋の外で、誰かが歩く音がする。


日常が、戻りつつある。


若いケアラーは、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「答え、もらいました」


扉が閉まる。


一人になる。


リナは、ベッドに手をつき、小さく息を吐いた。


(……教えた、のかな)


それとも、

押しつけたのか。


分からない。


だが、胸の奥で、何かが動いた感覚があった。


自分の戦い方が、

自分だけのものでは

なくなり始めている。


それは、

少し怖くて、

少し重い。


同時に、

避けられない流れだと

理解していた。


夕方。


盾を手に取る。


重い。


相変わらず。


腕が、まだ上がりきらない。


それでも、

壁に立てかけず、

持ったまま立つ。


(……立つ、って)


思う。


(こういうことだ)


倒れない。


逃げない。


誰かの前に、立つ。


それだけのことが、

世界を、

ほんの少し変える。

リナは、

その重さを、

初めて実感していた。

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