表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

生き残った者たち


撤退信号が上がったのは、

リナが盾を下ろした直後だった。


敵が引いたわけではない。

討伐が成功したわけでもない。


ただ、

「これ以上戦えば、全滅する」

という判断が、

ようやく全員に共有された。


煙幕。

後退。

負傷者の回収。


全てが、ぎこちない。


誰もが、自分の身体が

まだ動いていることを

信じられずにいた。


リナは、最後尾を歩いていた。


歩いている、というより、

「倒れないように運ばれている」

に近い。


盾を引きずる音が、

砂利に混じって残る。


肩が上がらない。

腕が伸びきらない。


指は、まだ痺れている。


それでも、

手放さなかった。


撤退地点。


ようやく安全圏に入った瞬間、

前衛の一人が、その場に座り込んだ。


「……生きてる?」


誰かが冗談めかして言い、

笑おうとして、失敗した。


魔術師が、地面に仰向けになり、

空を見上げたまま動かない。


「……ああ」

かすれた声。

「空が、あるな」


それだけで、

胸が詰まった。


リナは、

ゆっくりと盾を下ろした。


腕が、落ちない。


力を抜くと、

そのまま崩れそうになる。


だから、

最後まで握っていた。


「……ありがとう」


声がした。

誰の声か、分からない。


「正直、もう駄目だと思った」


別の声。


リナは、答えなかった。

答えられなかった。


息を整えようとすると、

胸の奥が軋む。


《ヒール》を使う余裕は、

もう残っていない。


魔力が、空っぽだった。


座ろうとして、

膝が折れた。


前に、倒れそうになる。


――その瞬間、

誰かの手が、背中を支えた。


前衛の一人だった。

片腕は、包帯で吊られている。


「……今度は、俺が後ろだ」


リナは、

初めて、

はっきりと震えた。


寒さじゃない。

恐怖でもない。


「終わった」

と、身体が理解した反動だった。


座り込む。

地面の冷たさが、

じわじわと伝わってくる。


足の感覚が、

遅れて戻ってきた。


痛い。


腕も、肩も、背中も、

全部が痛い。


だが――


数を、数える。


一人。

二人。

三人。


……全員いる。


戦闘不能者は多い。

だが、

死者はいない。


その事実が、

遅れて胸に落ちてきた。


「……なんで」


誰かが、

ぽつりと呟いた。


「なんで、生きてるんだ」


その問いに、

すぐ答えは出なかった。


誰も、

敵を倒していない。


誰も、

英雄的な一撃を放っていない。


あるのは、

ただ、

時間があったこと。


その時間を、

リナが作っていた。


前衛が、口を開く。


「……お前さ」


リナを見る。


「ずっと、前にいたよな」


リナは、

小さく頷いた。


「怖くなかったのか」


その問いに、

少し考える。


「……怖かったです」


正直な答えだった。


「腕、上がらなくて」

「盾、重くて」

「何回も、落としそうで」


言葉にすると、

急に、

自分の身体が

女性のものだと分かる。


力が足りない。

持久もない。

体格も前衛向きじゃない。


それでも――


「でも、下がったら、

 次は誰かが倒れるって、

 分かってたから」


声が、少し震える。


「……それだけです」


沈黙。


前衛は、

しばらく何も言わなかった。


やがて、

ゆっくりと頭を下げた。


「……助かった」


一人が言う。


「命を、拾った」


また一人。


リナは、

その言葉を、

真正面から受け取れなかった。


誇りにはならない。


自慢にもならない。


ただ、

「そうするしかなかった」

だけだ。


ギルドへの帰路。


担架が並ぶ。


その中で、

リナは歩いていた。


歩けている、

というだけで、

少し異様だった。


支部に戻ると、

受付が、目を見開いた。


「……全員、生還?」


リナは、

小さく頷く。


受付は、

一瞬、言葉を失った。


「……A級、ですよね」


「はい」


沈黙。


その後、

慌ただしく人が動き始めた。


医療班。

記録係。

監査役。


誰も、

リナを褒めなかった。


だが、

誰も、

否定もしなかった。


夜。


宿の部屋。


鎧を脱ぐのに、

時間がかかった。


肩が上がらない。


一つ一つ、

紐を解くたび、

小さく息が漏れる。


鏡を見る。


痣。

擦過傷。

内出血。


「……ひどいな」


自分の身体に、

他人事みたいに言う。


だが、

致命傷はない。


それが、

一番の異常だった。


ベッドに腰を下ろす。


盾が、

部屋の隅に立てかけられている。


重くて。

不器用で。


何度も、

自分には向いていないと

思った盾。


それでも、

今日、

自分を支えていた。


リナは、

小さく息を吐いた。


「……立ってただけなのに」


誰も倒れなかった。


その理由は、

評価表には載らない。


戦果にもならない。


だが、

生き残った者たちの中には、

確かに残った。


「前に立つ、

 ヒーラーがいた」


それだけの事実が。


そして――


この夜を境に、

リナは気づき始める。


自分が、

「異端」と呼ばれる場所へ、

もう戻れないところまで

踏み込んでしまったことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ