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戦線崩壊


最初に壊れたのは、隊列だった。


敵影が視認された瞬間、

前衛二人が、ほぼ同時に息を呑んだ。


数が違う。

質も違う。


黒紋断層帯の裂け目から、

ゆっくりと這い出てきたのは、

「魔物」と呼ぶには曖昧すぎる存在だった。


人の形をしている。

だが、骨格が歪み、

関節の向きが合っていない。


皮膚は黒く乾き、

ところどころに古い呪文刻印が残っている。


死体ではない。

だが、生者とも言えない。


「……数、三十以上」

前衛の一人が、声を絞り出す。


裂け目の奥で、さらに影が蠢いた。


指揮役が即座に命じる。

「迎撃陣形! 前衛、幅を取れ!」


正しい判断だった。

正しい戦術だった。


撤退基準は、設定されていない。

だが、撤退命令が存在しないわけではない。


最後に――

「まだ立っている者」が、出す。


だが――


敵は、正しさに従ってくれなかった。


第一波。


突進。


速度が異常だった。

地面を蹴るのではない。

滑るように距離を詰めてくる。


前衛の盾が、最初の衝撃を受け止めた。

金属音。

衝撃。


その瞬間、

二体目、三体目が同時にぶつかってきた。


「――重いっ!」


盾が下がる。

足が沈む。


リナは、反射的に前へ出ていた。


正規戦術ではない。

だが、考えている暇はなかった。


「《ヒール》!」


前衛の肩口に走った裂傷が塞がる。

だが、その回復が終わるより早く、

別方向からの打撃が入った。


前衛の一人が、膝から崩れ落ちる。


「っ、B隊、下がれ!」


指揮役の声が飛ぶ。

だが、下がれない。

敵が、退路を塞いでいる。


第二波。


今度は、上から来た。


裂け目の壁を這い、

重力を無視するように落下してくる。


後衛の魔術師が、詠唱に入る。

だが―


「――間に合わない!」


着地と同時に、

魔術師が弾き飛ばされた。


地面を転がり、

動かなくなる。


「後衛一名、戦闘不能!」


リナの喉が、きつく鳴る。


《キュア》を投げる。

《ヒール》を重ねる。


だが、起き上がらない。

生きている。

だが、戦線には戻れない。


「……くそっ」


前衛の一人が、腕を押さえて後退する。

血が止まらない。

防御が追いつかない。


リナは、盾を前に出した。


重い。


腕が、すぐに悲鳴を上げる。

肩が焼けるように痛む。


それでも、下げない。


「《プロテクトウォール》!」


薄い防御膜が展開される。

完璧じゃない。

だが、一拍だけ稼げる。


その一拍で、

前衛が後退する。


代わりに、

リナが殴られた。


衝撃。


肺の空気が抜ける。

視界が白く弾ける。


「……っ!」


倒れそうになるのを、

盾に体重を預けて耐える。


《ヒール》。

自分に。


治る。

だが、疲労は消えない。


第三波。


敵は、学習していた。


今度は、

「リナを避けて」

前衛を叩きに来る。


――それを見た瞬間、

リナは理解した。


この戦場で、

自分はもう「回復役」ではない。


「ここを通すな!」


叫びながら、

盾を斜めに構える。


腕が上がらない。

重さで、指が痺れている。


それでも、

立つ。


敵の爪が、

盾の縁をかすめ、

肩に衝撃が抜ける。

骨が鳴る。

《ヒール》。

《キュア》。


詠唱が乱れる。

息が追いつかない。


一人、また一人。


前衛が、戦闘不能になる。


誰も死んでいない。

だが、誰も戦えない。


気づけば、

立っているのはリナだけだった。


敵は、止まらない。


「……まだ」


リナは、歯を食いしばる。


《プロテクトウォール》。

盾を構え直す。


受ける。

耐える。


その間に、

《ヒール》を後方へ投げる。


倒れている仲間たちの呼吸が、

少しだけ戻る。


それだけでいい。


勝たなくていい。

殲滅しなくていい。


「立っていれば……」


声にならない呟き。


立っていれば、

時間は稼げる。


時間を稼げば、

撤退できる。


撤退できれば、

全員生きて帰れる。


盾が、もう上がらない。


腕が震える。

指の感覚が消える。


それでも、

リナは一歩も下がらなかった。


正しい戦術は、

もう役に立たない。


今、必要なのは――


「倒れないこと」


ただ、それだけだった。


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