表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

異端の型


最初に言われたのは、

「変わってる」

だった。


戦いが終わり、

渓谷を抜けた直後。


誰かが、冗談めかして言った。


「……あんな前に立つヒーラー、初めて見た」


笑いは起きなかった。


その場にいた全員が、

冗談として受け取れなかったからだ。


次に言われたのは、

「真似しない方がいい」

だった。


これは、もっと静かな声だった。


盾を外し、

肩を押さえているリナを見ながら、

剣士がぽつりと零した。


「正直……

 俺には無理だ」


理由は言わなかった。


言わなくても、

全員が分かっていた。


殴られる前提で立つこと。


回復を、

自分に先に使う判断。


盾が下がる瞬間を、

身体で覚えていなければできない動き。


そして最後に、

「でも……倒れてないな」

と言われた。


その一言で、

空気が少し変わった。


誰も、

評価の話をしなかった。


昇格の話も、

功績の話も出なかった。


ただ、

「倒れていない」という事実だけが、

残った。


それが、

リナが“異端”と呼ばれ始めた理由だった。


支部ギルドの報告書は、淡々としている。


《街道護衛任務・渓谷区間》

《敵接触回数:二回》

《負傷者:なし》

《撤退判断:不要》


数字だけ見れば、優秀だ。


だが、

その数字が出るまでの間に、

盾が一度、

ほんのわずかに下がったことは、

記録に残らない。


回復の詠唱が、

半拍だけ遅れた瞬間も、

残らない。


腕の感覚が抜けかけ、

それでも歯を食いしばって

立て直したことも、

書かれない。


その下に付いた備考欄が、

この任務の“異常”を物語っていた。


《盾役が回復を兼任》

《隊列が前後逆転する場面あり》

《通常戦術との乖離あり》


乖離。


それは、

間違いではない。


だが、

正解とも書かれない言葉だ。


「変な戦い方だったな」


受付の男が、

報告書を閉じながら言った。


「でも、楽だった」


その言葉に、

周囲が一瞬、静まる。


護衛で「楽だった」と言われる状況は、

普通、二つしかない。


敵が弱いか。


火力が過剰か。


だが、

今回はどちらでもない。


「……息を詰めずに済んだ」


受付の男が、

言い直す。


「前が崩れないって、

 ああいう感じなんだな」


その言葉を聞きながら、

リナは壁に寄りかかり、

盾を床に立てかける。


左腕が、

まだ完全には上がらない。


力を抜くと、

じん、とした痛みが戻ってくる。


それでも、

倒れていない。


訓練士が、

呼び止めた。


「リナ」


振り返ると、

あの年配の訓練士が立っている。


「次の任務、

 同じ型で行くつもり?」


問いは、

試すものではなかった。


確認だった。


リナは、

少し考える。


腕の痛み。


盾の重さ。


それでも、

答えは変わらない。


「……はい」


「怖くない?」


「怖いです」


即答だった。


「でも、

 後ろに立ってる方が、

 もっと怖いので」


訓練士は、

小さく笑った。


「相変わらずだね」


その日の夕方。


別のパーティの任務報告が、

隣の卓で行われていた。


同じ街道。

同じ渓谷。


だが、結果は違った。


「前衛が一人、重傷」


「回復、間に合いませんでした」


誰も声を荒げない。


誰も責めない。


それが、

この世界の“いつも通り”だった。


リナは、

その横を通り過ぎながら、

無意識に手を握る。


(……間に合わなかった)


それは、

自分の失敗ではない。


だが、

自分ならどうしたか、

という考えが、

どうしても浮かぶ。


前に出ていたら。


盾を受けていたら。


一拍、早ければ。


その“もしも”は、

評価表には載らない。


だが、

生き残った者の数には、

確実に影響する。


数日後。


リナの名前を指名した依頼が、

一つ入った。


「条件がある」


受付が言う。


「前に立つこと」


職名ではない。


戦い方が指定される依頼。


リナは、

短く息を吸う。


「……いいんですか?」


「責任は、依頼主が持つ」


信頼とは違う。


だが、

拒絶でもない。


任務の準備中、

同行する剣士が、

ぽつりと言った。


「正直さ」


「女の人が前に立つの、

 最初は怖かった」


リナは、

否定しなかった。


それは、

正しい感覚だからだ。


「でも」


剣士は続ける。


「殴られる前提で立ってる人、

 初めて見た」


その言葉に、

リナは目を伏せる。


殴られる前提。


それは、

強さじゃない。


覚悟だ。


女性であることは、

戦場では不利だ。


体格。

筋力。

耐久。


どれも、

最初から足りない。


だからこそ――


倒れない前提で立つしかない。


戦線を維持する。


それは、

敵を倒すことより、

もっと地味で、

もっと評価されない役目だ。


だが、

誰かがやらなければ、

必ず崩れる。


夜。


宿の部屋。


リナは、

盾とメイスを並べて置いた。


メイスは、

まだ借り物だ。


重さも、

振りの感覚も、

完全には掴めていない。


それでも、

盾と並べると、

確かに“型”に見える。


ヒーラー。

盾。

前線。


どれも、

本来は噛み合わない。


だから――


異端と呼ばれる。


リナは、

静かに息を吐く。


「……異端でも、いい」


強がりではない。


この型でなければ、

救えなかった命がある。


それだけで、

十分だった。


異端の型は、

まだ完成していない。


重くて。

不器用で。

痛みが残る。


それでも、

今日も誰も倒れなかった。


それが、

この戦い方の、

唯一にして最大の証明だった。


リナは、

盾に手を置く。


冷たい感触。


だが、

その向こうに、

確かな温度を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ