メイス盾
本部級ギルドは、支部とは空気が違う。
広い。
静か。
人の数は多いのに、声が少ない。
石造りの床は冷たく、
靴音がやけに響く。
リナは、その中央を歩いていた。
盾は、背負っていない。
持ってもいない。
申請書類だけを、胸に抱えている。
重さは、紙の重さだ。
だが、
それよりもずっと、重い。
案内役の書記が、淡々と進む。
「こちらです」
扉の前で止まる。
大きな扉。
装飾は少ない。
だが、磨かれている。
ここでは、
派手さは必要ない。
記録と判断だけが残る。
扉が開く。
中には、三人。
中央に、審査官。
左右に、監査役。
全員、冒険者ではない。
だが、冒険者を見続けてきた人間だ。
「リナ・エルフェルト」
名前を呼ばれる。
「前へ」
リナは、一歩進む。
歩幅は、自然と小さくなる。
鎧を着ていない。
武器もない。
だが、
身体の感覚は、
まだ“前線”にある。
審査官が、紙をめくる。
「初期職:ケアラー」
「到達レベル:二十」
「任務数、平均以上」
「生還率、異常に高い」
一拍。
「ただし」
来る。
「評価は、低い」
理由は言わない。
言う必要がない。
リナは、黙って聞く。
「支部推薦」
審査官は、書類を一枚持ち上げる。
「条件付き」
監査役の一人が、口を挟む。
「非公式実地試験」
「記録最小限」
「評価者、限定」
つまり――
落とす前提だ。
「……質問は?」
審査官が言う。
リナは、少しだけ考えた。
そして、首を振る。
「ありません」
それは、
覚悟がある人間の答えだった。
審査官は、ペンを置く。
「希望上位職」
その言葉で、
空気が、わずかに張る。
「……メイス盾」
一瞬、
監査役の片方が眉を動かす。
もう一人は、動かない。
審査官は、確認する。
「理由は?」
リナは、すぐに答えなかった。
言葉を選ぶ。
ここで間違えると、
全てが終わる。
「……後ろでは、間に合わなかったからです」
短い。
だが、具体的だ。
「正規戦術では、
生き残れない場面がありました」
「前に立てば、
殴られます」
「殴られれば、
痛いです」
少しだけ、間を置く。
「でも、
倒れませんでした」
審査官は、黙っている。
監査役の一人が言う。
「それは、偶然では?」
リナは、首を振る。
「偶然なら、
次で死にます」
「私は、
次でも立っていました」
「それを、
続けたいと思いました」
沈黙。
審査官が、ゆっくり息を吐く。
「……記録を見る」
紙が、机に広げられる。
戦闘時間。
被害状況。
回復使用回数。
前進距離。
「……ヒーラーの位置じゃないな」
誰かが、ぽつりと言う。
「盾職でもない」
別の声。
「だが――」
審査官が、言葉を継ぐ。
「倒れていない」
それが、
全てだった。
「この世界では」
審査官は、静かに言う。
「倒れなかった者が、
正しい」
ペンが、走る。
書類に、印が押される。
「上位職転職、承認」
「職名――」
一瞬の間。
「メイス盾」
リナの胸が、
小さく上下する。
大きく息はしない。
泣きもしない。
ただ、
身体の奥で、
何かが定まる。
「条件がある」
審査官が言う。
「評価は、
簡単には上がらない」
「功績は、
他者に付く」
「理解しているか?」
リナは、頷いた。
「生き残れるなら、
問題ありません」
審査官は、
一瞬だけ、
笑ったように見えた。
本部級ギルドを出る。
外の空気が、
少しだけ暖かい。
リナは、
盾を受け取る。
正式な支給品。
重い。
相変わらず、重い。
だが、
昨日より、
少しだけ、
構えやすい。
リナは、
その重さを確かめるように、
一度だけ、
盾を持ち上げた。
腕が、
じんと痛む。
それでも――
落とさなかった。
「……メイス盾」
声に出してみる。
不思議と、
違和感はなかった。
後ろには、
もう立たない。
それだけが、
はっきりしていた。




