実地試験
集合場所は、支部ギルドの裏門だった。
正規の依頼板には載らない。
受付も通らない。
名前も、任務番号も残らない。
ただ、門が開き、
来た者が通されるだけ。
朝靄の中で、三人が揃っていた。
リナ。
剣士が一人。
弓手が一人。
互いの名前は、まだ覚えていない。
覚えない方がいい任務だと、
全員が理解していた。
「……今回の任務」
剣士が口を開く。
「少数護衛」
「街道外れの巡回」
「魔物は、小型中心」
説明は短い。
質問も、確認もない。
弓手が、ちらりとリナを見る。
視線が、盾に止まる。
「……ヒーラー、だよな?」
リナは、頷いた。
「前に出るなよ」
忠告だった。
命令でも、拒絶でもない。
「……はい」
リナは、盾を持っている。
だが、構えてはいない。
正確には、
構え続けられない。
盾は、重い。
思っていたよりも、ずっと。
腕に、じわりと重さが溜まる。
肩が、すでに張っている。
(……重たい)
それが、最初の感想だった。
歩き出す。
街道を外れた森。
足元は柔らかく、
踏み込みにくい。
盾を持つと、歩幅が変わる。
いつもより、狭くなる。
体の横に重りをぶら下げている感覚。
腕が、自然に下がる。
「来るぞ」
剣士の声。
小型魔物。
数は多くない。
剣士が前に出る。
弓手が後方で構える。
リナは、後ろにつく。
盾を下げたまま。
一体、二体。
問題なく倒れる。
回復は、後ろから投げるだけで足りた。
――ここまでは、
教本通りの戦い方だ。
だが。
三体目が、
森の影から飛び出した瞬間。
剣士の踏み込みが、半歩深くなる。
距離が、ずれる。
その一拍。
リナは、反射的に動いた。
前に出る。
盾を上げようとする。
だが――
腕が、上がらない。
一瞬、遅れる。
重さが、肩に食い込む。
「……っ」
それでも、身体を前に出す。
盾を“構える”のではなく、
ぶつける。
衝撃。
魔物の爪が、盾に当たる。
鈍い音。
腕が、痺れる。
重さが、一気にのしかかる。
(……痛い)
盾が、ぶれる。
剣士が息を呑む。
「な――」
リナは、声を出さない。
盾を下げたまま、
身体で距離を潰す。
回復。
詠唱が、いつもより遅れる。
腕が、震えている。
それでも、間に合う。
魔物が、リナを狙う。
二撃目。
今度は、
盾を上げきれない。
衝撃が、鎧越しに直接来る。
息が、詰まる。
だが――
倒れない。
弓手の矢が、魔物を貫く。
倒れる。
一瞬の静寂。
剣士が、信じられないものを見る目で
リナを見る。
「……なんで前に?」
リナは、息を整えながら答える。
「……間に合わなかったので」
それ以上は、言わない。
次。
さらに次。
盾は、重いままだ。
腕が、だるくなる。
肩が、熱を持つ。
構え続けることが、できない。
だから、
構えない。
必要な瞬間だけ、
身体ごと前に出る。
殴られる。
回復する。
一歩、下がる。
また、前に出る。
綺麗な戦い方ではない。
剣士の呼吸が、荒くなる。
弓手の足が、遅れる。
それでも――
誰も倒れない。
戦闘が終わったとき、
時間は予定を少し超えていた。
撤退判断。
異論は出ない。
戻り道。
剣士が、ぽつりと言う。
「……正直、怖かった」
リナは、正直に頷く。
「私もです」
弓手が、少しだけ笑う。
「……でも」
言葉を探す間。
「誰も倒れなかった」
それだけだった。
支部ギルド裏門。
訓練士が、柱にもたれて立っている。
「記録は、残さない」
前置き。
「全員、生還」
それだけ。
リナの腕が、じんと痛む。
盾を下ろした瞬間、
力が抜ける。
夜。
宿の部屋。
鎧を外す。
腕が、上がらない。
指先が、少し痺れている。
盾を持っていた側の肩が、
赤く腫れている。
触れると、
思わず息が止まる。
(……向いてないかも)
一瞬、そんな考えがよぎる。
だが、すぐに思い出す。
倒れなかった。
誰も、倒れなかった。
リナは、盾を壁に立てかける。
「……大丈夫」
声は、少し掠れていた。
それでも、
立てた。
それが、
この試験の、
唯一の合格条件だった。




