【コミカライズ付き】婚約破棄ですね、承知しました。では貴方への物理攻撃を全弾く契約も終了です~え?横の聖女様が素手で引き裂いているのは、貴方の護衛ですが?~
【コミカライズ】
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※無料でお読みいただけます。
「アイリス・ガードナー! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!!」
王宮の舞踏会。シャンデリアが輝く煌びやかな会場で、第一王子アレクの素っ頓狂な叫び声が響き渡った。
音楽が止まる。踊っていた貴族たちが凍りつく。
そして、その視線の先にいる私――アイリスは、静かに持っていたフライドチキンを皿に置いた。
(あーあ。まだ一口も食べてないのに)
私は心の中で盛大にため息をついた。
目の前には、鼻の穴を膨らませてドヤ顔をしている金髪のアレク王子。
そしてその腕にねっとりと絡みついているのは、最近現れた「聖女」こと、男爵令嬢のミミだ。
「理由は聞くまでもないだろう! 貴様のような可愛げのない、筋肉だけでできているような女は、未来の王妃にふさわしくないからだ!」
アレク王子がビシッと私を指差す。
筋肉だけでできている、とは失礼な。私はただ、一撃でドラゴンを粉砕できる程度の基礎体力があるだけだ。
「それに比べて、見ろ! このミミの儚さを! 彼女は風が吹けば飛んでいきそうなほど繊細なのだ。私が守ってやらねば、すぐに壊れてしまいそうな硝子細工のような……」
王子が熱弁を振るっているその時。
私は見てしまった。
王子の腕に絡みついているミミが、王子の高級なシルクのジャケットを、握力だけで雑巾のように絞り上げているのを。
メリメリ、と不穏な音がしている。あれ、王子の腕の骨、大丈夫?
「……殿下。お言葉ですが、その硝子細工様、貴方様の血流を止めているようですが」
「黙れ! 嫉妬は見苦しいぞ!」
嫉妬ではない。医療的な指摘だ。王子の右手が紫色に変色し始めている。
「貴様はいつもそうだ! 私が階段で転びそうになった時も、無言で襟首を掴んで宙吊りにしただろう! ミミなら、『きゃっ、危ない!』と可愛く支えてくれるはずだ!」
(……あの時、殿下を支えようとしたら勢い余って城の壁をぶち抜いてしまいそうだったから、重力制御魔法と寸勁で微調整した私の苦労は無視ですか。そうですか)
「それに、先日の狩りでもだ! 魔物が現れた時、貴様は素手で熊を張り倒しただろう! もっとこう、キャーッ!と叫んで私の背中に隠れるとかできないのか!?」
「殿下。あれは熊ではありません。凶暴化した魔界の獄炎熊(推定レベル80)です。殿下の剣では爪楊枝にもなりません」
「言い訳無用! とにかく、私は守られるだけの男ではない! これからはこのか弱い聖女ミミと共に、愛の力で国を守っていくのだ!」
王子がミミの腰を抱き寄せる。
ミミは「うふふ、嬉しいですぅ~」と甘い声を出しながら、空いている片手で、通りがかりの給仕が持っていた銀のトレイを無意識に二つ折りにしていた。
(……あの子、もしや同業者か?)
私は瞬時に悟った。
この「聖女」、ただのぶりっ子ではない。
あの銀のトレイの曲がり方、そして体幹のブレなさ。あれは間違いなく、「東方の暗殺拳」の使い手だ。
私はスッと表情を消し、事務的なトーンで切り出した。
「承知いたしました。では、婚約破棄をお受けします」
「ふん、やっと認めたか」
「つきましては、本日をもちまして『殿下の半径5メートル以内に侵入するあらゆる物理的脅威を、視認不可能な速度で迎撃する業務』も終了とさせていただきます」
「……は? 何を言っている?」
王子がポカンと口を開ける。
無理もない。彼は気づいていなかったのだ。
彼が「平和だなぁ」と鼻歌を歌って歩いている間、私が影で1日平均30本の毒矢を素手で掴み取り、5人の刺客をデコピンで気絶させていたことに。
「慰謝料は結構です。その代わり、今この瞬間から私は『ただの他人』に戻ります。……それでは」
私は優雅にカーテシー(お辞儀)をした。
そして、顔を上げ、ニッコリと笑って付け加えた。
「どうぞ、死なない程度に頑張ってくださいね。」
私は踵を返し、出口へと歩き出した。
その背後で、王子が「負け惜しみを!」と叫んでいるのが聞こえる。
だが、私は知っていた。
王子の背後にあるカーテンの隙間から、黒装束の男たち(暗殺者)が、「あ、あのゴリラ女がいなくなったぞ! 今がチャンスだ!」と顔を出しているのを。
*
「あーあ、すっきりした」
会場を出た私は、夜風にあたりながら伸びをした。
長かった。本当に長かった。
王家から「あのアホ息子は放っておくと3秒で死ぬから、最強の君が守ってやってくれ」と頼まれて10年。
淑女のドレスの下に重りをつけて筋トレし、飛んでくるナイフを扇子で叩き落とす日々は、今日で終わりだ。
「さて、家に帰って特大ステーキでも……」
そう思った瞬間。
会場の中から、「ギャアアアアアアアア!!」という悲鳴が響き渡った。
……おや? 早いな。まだ1分も経っていないのに。
興味本位で、私は少しだけ会場の扉を開けて覗いてみた。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
天井からは暗殺者たちが降ってきている。
窓ガラスは割れ、怪しげな魔獣が雪崩れ込んできている。
今まで私が「殺気」だけで追い払っていた連中が、堰を切ったように押し寄せているのだ。
そして、会場の中心では――。
「ひぃぃぃ!! 来るな! 私の愛の力を見せてやる……うわぁぁん!!」
腰を抜かして泣き叫ぶアレク王子。
その襟首を掴み、鬼の形相でブンブン振り回している聖女ミミの姿があった。
「邪魔よ邪魔よ邪魔よぉぉぉぉ!! あたしは王子とイチャイチャして玉の輿に乗りたいのよぉぉぉ!!」
ドゴォォォン!!
ミミが王子を武器(鈍器)にして、襲いかかる暗殺者を薙ぎ払った。
王子の頭が、暗殺者の腹にクリティカルヒットする。
「ぐえぇっ!」(王子の声)
「がはっ!」(暗殺者の声)
「ああもう! この役立たず! ちょっとは自分で戦いなさいよ!」
ミミは舌打ちをすると、王子をゴミ袋のように床に投げ捨てた。
そして、襲いかかる魔獣の口を両手で掴み、「裂けろおおおお!」と叫びながら、物理的に引き裂いた。
飛び散る鮮血(魔物の)。
返り血を浴びて真っ赤に染まる、ピンク色のドレス。
その姿は、聖女というより、鮮血のバーサーカー。
「ひ、ひぃぃ……ミ、ミミ? 君、そんなキャラだった……?」
震える王子に、ミミがギロリと睨みをきかせた。
「ああん? うるさいわね! あんたの元婚約者がいなくなった途端にこれよ! あの女、どんだけ結界張ってたのよ! ……ってか、あんたが弱すぎるのが悪いのよ! 愛? そんなもんで腹が膨れるか! 力こそパワーよ!!」
ミミは近くにあったテーブル(大理石製)を片手で持ち上げ、それを盾にして突撃していった。
「うわあああ! アイリスーー! 戻ってきてくれーー! 嘘だ! 全部嘘だ! 君の筋肉が好きだーー!!」
王子の情けない絶叫が響く。
私はそっと扉を閉めた。
「……うん。お似合いじゃないか」
力こそパワーの聖女と、鈍器にされる王子。
実にバランスがいい。彼らはきっと、血と硝煙の匂いがする素敵な家庭を築くだろう。
私は軽やかな足取りで廊下を進んだ。
向こうから、青ざめた顔をした国王陛下と、宰相が走ってくる。
「ア、アイリス嬢! 待ってくれ! 契約金の倍……いや、10倍払う! 頼むから戻ってくれ!」
「おやおや、陛下。私の実家の家訓をご存じないのですか?」
私はニッコリと笑って、かつて本で読んだような決め台詞をアレンジして放った。
「『一度捨てたゴミは、二度と拾わない』。……それでは、ごきげんよう」
私は窓枠に足をかけると、そのまま夜の闇へと飛び出した。
もちろん、着地と同時に地面が少し陥没したが、それは誰も見ていないからセーフだ。
明日からは、田舎で農業でもしよう。
クワを振るうだけで山を一つ開拓できそうだし、平和なスローライフが待っているはずだ。
背後で王城の一部が爆発する音が聞こえたが、私は決して振り返らなかった。




