現実は小説より奇なり!?『初めての添い寝』
僕の名は『新場 正樹』
当時19歳の僕は職場の寂しい先輩方にそそのかされ真冬な寒空の下、Allnightスケートリンクに繰り出した。
ただでさえ寒いのに富士山麓の麓、しかも真夜中。『馬鹿じゃねぇの?』って荒んだ気分。
しかもスケート初体験、南国育ちの自分がまともに滑れる訳もなく……。
『スケートリンクで女の子を軟派しようぜっ!』
首傾げるしかない意味不明な先輩の提案が切欠。30年以上経過した今でさえ飲み込めない話。そんな『〇×、野球しようぜ!』みたく誘われても始末に困る。
寒空でも夜空だろうと幸せに滑れる人種は既につがいの雌雄に決まっているのだ。
軟派待ちの女の子が寒空の元、ふらついていると確信出来る天然パーマの頭を切開して掻き出してやりたかった。
「──難しいですねスケートって」
──ハァッ!?
明らかな女性の声、誰に声を掛けているのやら。硬すぎるリンクの上で僕は頭を打ち過ぎたのかも知れない。
振り返ると肩元で切った黒髪をウェーブさせた女の子が移ろな感じで立っていた。周囲に居るのは恐らく女友達だけ。その子だけ殊更異彩を放っていた。
僕は運動神経ゼロ、その上素人童貞──。我ながら痛過ぎる存在。
至極当然、嗅ぎ付けたハイエナが如くスケート熟せる先輩達が寄り付き、その子の手を引っ張り身勝手な課外授業を始めて往く。
──どうせ僕には関係ない。そう思い込んでいた矢先、意外にも僕がその女の子から連絡先を聞き出せた事流れ。
寂しい先輩達は所謂がっつきが酷く、ただコミュ障なだけの僕は『冷静で安心出来る男』だと思われやすいのをその後の付き合いで知る。
僕の職場はだいぶ変わっていた──。
24時間勤務、特に深夜帯や休日に診療している医療機関を案内する仕事。
様々な異常がこの職場には潜んでいるが、その引き出しを全て洗い浚い書いたらこの物語は長編小説に成り果てるので割愛。
今この場で特筆すべきは浮ついた話が絡んだ途端『仕事なんかどうでも良いから〇って来い』要は自分達もお零れに預かりたい人達の群れ。
だから勤務中でも『女の子へ連絡!? 仕事は俺達に任せな!』未だにこれを書いててどうかしてる気がしてならない。
出逢い確率限りなくゼロに等しい環境。
女の子苦手な僕だが、それはそれは頑張って会社の電話を用いて連絡し続けた。
当時携帯電話は希薄な部類。一応存在してたがバッグの様な物を持ち歩く携帯の意味を辞書で調べたくなる様な誇大さを持ち合わせていた。
僕も相手さえも持ち合わせなどなくて必然な時代。勇気振り絞り相手先の黒電話を鳴らすのだ。
その日も夜勤時間、彼女へ電話。どうやら塾の先生かそれに準ずるバイト的な仕事らしい。
ただ……その晩の話題が心の許容量矮小過ぎる僕には受け止めきれなかった内容。
電話の向こう側、彼女は確かに泣いてた。何とも要領得ないのだが、どうやら塾に通う生徒と一悶着あった様子。
「新場、彼女ん所へ行って来い。──夜勤明けぇ? そんなの関係ねぇだろうが。後、帰ってきたら話聞かせろよな」
僕も女の子の事は確かに気掛かりだった。
だけども夜勤明けで殆ど寝てない上、向こうは首都高速を走っても車で3時間ドライブ確定の中距離恋愛。
網の目の如き進路不明なる首都高と等しく、僕の道程を指し示してくれる星を求め独り彷徨う。
なお当時の自分、首都高未経験。
いや……もっと大切な未経験が余りに多過ぎた。指折り数えれば跳満に至る程。
女の子と二人きりで──遊ぶ? いやこの場合、直接話を聴きに伺う?
何れにせよ、これは世間一般常識的に『デート』へカウントすべき事柄。
何を置いても人生初デートなのだ。彼女が住む街のイケてる店はおろか、地理すら危うい絶望しか感じぬ初デート。
なので正直な処、僕は電話だけで済ませる気だったにも関わらず先輩達から絶望の谷底へ突き落された。
初スキーでいきなり登頂へ向かうゴンドラに乗せられ『逝って来い』と突き飛ばされたのとは重みが違う。
けれども僕も一応男だ、此処は腹を括ろう。それに彼女の仕事終わりに駆けつければ妖しき夜確定。万が一事が転べば……男子の欲望が首をもたげた。
彼女と約束を交わすべく公衆電話で事前連絡『良いよ、悪いから態々来なくても』と彼女から止められたが退路絶たれた初デートへ胸高鳴りながら出陣。
待ち合わせ場所にしてたコンビニの灯り。
照らし出された彼女の顔は半ば勝手に訪ねて来られた憤り……だけかと思いきや不貞腐れた『ありがと』も透けて見えた気がした。
何より数か月ぶりに再会出来た彼女、やはり可愛さで溢れていた。唯一気掛かりだった髪のウェーブは形を潜めストレートにかえっていた。
逢えたのは勿論嬉しい。これから愛車の助手席に『初めまして』を乗せる喜びに気分も上昇。
されど問題過ぎる無計画。この先何処へ往くにも彼女任せ。歓喜と不安が僕の心で入り混じる。
此処で少し話が逸れるが僕の愛車はマニュアル車。その上、道なき道を往来すべく作られた漢臭い四輪駆動車。乗り心地最底辺、その辺りも不安だった。
「取り合えず御飯に行こ、ファミレスで構わないから」
執拗いが彼女の選択に従うしか能の無い僕。
彼女を乗せて言われるがままファミレスへ愛車を走らせる。暫く走ると開口一番突き落された。
「君、運転下手過ぎ。ATにした方が良いよ」
──ハァァッ!?!?
確かに自分の運転が巧いなどと思った事はない。
さりとてまさか女の子から『下手』と蔑まれるとは。正直募る苛立ちを感じた。
愛車とは男の浪漫が詰まった存在。何とも愚かな話だが、例えイケてない男でも車を所有&運転すれば評価が上がると思い込んだ時代。
今風に語ればバフ掛け、よもやデバフに落ちるとは……。最悪な初デートへの道程感じた。
何の変哲もないファミレスでどうにか彼女のお悩み相談を始めた僕。
これも今にして思えば無謀──女性は自分から語りたい話をただ優しく相手に録音させたい生物。
『大丈夫だよ、態々来なくても良いよ』
電話口でやんわり断られた台詞を口実にせねばならぬのだ。頭固過ぎる僕は、この子の悩みを必ず引き出しお持ち帰りしないと怒られる哀しき底辺。
されどもそんな話術なんぞ持ち得ぬ僕。はぐらかされて確信めいた話は結局の処、聴き出せずに御茶と食事は終わりを迎えた。
本当に取り合えずな感じで第一Gate通過。
されど次は……見知らぬ場所で途方に暮れても仕方ない。『近場のカラオケ』色気も素っ気もない選択肢。
一応歌にはそれなりの自信があった。逆に正せばそれだけが唯一無二の希望。
何を歌ってどう盛り上がったか、そんなの思い出せない。
恐らく当時の自分へ翌日質問した処で記憶喪失していただろう。
──それほどの急変がこれから僕を惑わせたのだ──
行先見失い、家へ送るだけの彼女も楽しげな顔とは思えない。
初デート大失敗──。
極ありふれた男なら大抵経験していると信じたい苦き想い出。
「じゃあ僕はこれで……」
「待って……もぅ遅いし家に泊まっていきなよ」
──Haaaaaaaaッ!?!?!?
▼……まさきはこんらんした
いや混乱乗り越え錯乱まで乗じた僕のステータス。
これが恋愛シミュレーションなら『クソゲーッ!』って箱ごと投げ捨てたいBAD・ENDかと思いきや、大逆転のHAPPY・ENDが舞い込むのか?
さりとて手放しで喜ぶ訳にはいかぬ重過ぎる事情。
彼女は家族とひとつ屋根の下、暮らしているのだ。御都合主義な恋愛ラノベの様に『今夜、誰も居ないから』そんな美味し過ぎる展開流石にないのだ。
断る勇気の持ち合わせ泣き僕。
人生初めて入る女の子の部屋。野郎部屋では在り得ないと思える形容しがたい香り。
本来独りしか受け付けないシングルベッドがやけに眩しい。
──ま、まあ僕は恐らくベッドの下。床の上で寝るのだろうな。
「シャワーだけ浴びてくる」
女子部屋に置いて往かれた貧相な僕。当然だが『僕も』と風呂を借りれる御身分じゃない。
本来招かれざる客人、忍びが如く静寂を保たねばならんのだ。
「──え、隣で良いよ。だけど鼻息掛けないでね」
────いや……待ってくれ。これどういう状況!?!?
人生初物尽くしな添い寝。
女子と添い寝!?
やって好いのか!? 駄目なのか!?
移ろう彼女の本音を示す地図が喉から手が出る程、欲した僕に取っての初夜。
その先は……切り出す勇気が『ありませんでしたァ"ァ"ァ"ッ!!!』
無論一睡も出来ず悶々とし尽くした朝を迎え、トイレだけ借りた僕。
「──ッ!?」
「ど、どうも……」
紛う事無き彼女のDaddyと鉢合わせ。ロクな挨拶も出来ず、犯罪者の様に家を抜け出した。
「何でお父さんに見つかったのよぉ!」
怒り狂う彼女──。
いやいやいやいやいや、そらあ無理でしょ。僕は所詮忍者じゃないのだから。
「どうして〇△×ったんだ!? お前馬鹿か!?」
翌日、先輩方にしこたま怒られた自分──。
彼女の『泊まっていきなよ』を『一戦交えて良いよ』と転じられなかった僕。以来気まずい雰囲気に変わり、彼女との連絡を絶ち『BAD・END』の文字が心に浮かんだ。
『まあ……勿体なかったよな。でも、無理ゲーだよアレは』
─── 終劇 ───