9.囮
崖崩れから3日。セシリオのこともスパイ(仮)のことも何も進展がない。
セシリオは、とにかく婚礼が終わらないと連絡が付かないのだと自分に言い聞かせる。
今日がやっと結婚式だもの。これが終われば何か連絡があるはず。
でも、スパイ君は?
婚礼前に事を起こすのかと思っていた。でも、あっさり捕まっていて、その身柄は拘束されたまま。
そう、簡単過ぎた。私達は何か見逃してる?
あの時見つかったもの。馬車は調査済。崖崩れはすでに整備が終わり、他には何も発見されていない。
残っているのは病気の女性と少年。
スパイかと思われた少年はあまり情報を持っていなかった。ここまで調べたのだ。本当にただの捨て駒だったのだろう。
残るは病気で今にも亡くなりそうな……
待って。……病気、生命、何かあった気がする。そんな魔法。昔読んだはず……思い出せ思い出せ
そうだ、生命の契約!
「リカルド様!」
「ノックもせずどう「契約魔法です!」
すみませんノックし忘れましたでもそれどころじゃないんです!
「少年の方ではありません!女性の病は生命の契約なんです。その生が終わった瞬間に発動する破壊魔法です!」
生命の契約。言葉通り、その命を対価にした魔法契約。そんな恐ろしい魔法がかつて存在していたとオルティス家の資料で読んだことがある。
それは自ら命を捧げる呪いのようなもの。それがあの病。それに体を蝕ませ生命エネルギーを蓄積し、死の瞬間に大爆発を起こすのだ。
その昔、奴隷などを使って実験されていたが、人道に反する為実用化はしなかったと書いてあったのに!
「絶対とは言えません。私も資料で読んだだけです。でも、あの女性がどうしても不自然なんです!
お願いします。もう一度調べさせて下さい!」
あの少年はたぶん、囮なのだ。彼女の命が尽きるまでの目くらまし。
「……女性はどのくらい生きられそうなんだ?」
「かなり悪いです。いつ亡くなってもおかしくない状態で……すみません、気が付くのが遅くて!」
「いや、たぶんそんな魔法を知ってる者は少ない。気付いてくれてありがとう。
解除方法は分かるか?いや、とりあえず結界と解除魔法を使える者に鳥を飛ばす、俺達も急ごう」
「はい!」
たぶん、敵の狙いは砦内で爆発を起こすこと。被害と混乱に乗じて攻撃を仕掛けてくるだろう。
「これ、逆手に使えませんか?」
「なに?」
「光と音、あと煙かな。いっそ幻影魔法。それで爆発したように見せて敵を誘い込むんです」
「……なるほど。彼女の状態次第だな。そこまでやっている時間があるかどうか」
そうなのだ。誘い込んでおいて、本当に爆発したらたまらない。とりあえず走れ私!
「すまん、抱えるぞ」
「きゃあ!な、重いからやめてー!」
「大丈夫だ、ラファと変わらない」
嘘だ~!でも、これは身体強化?
「強化魔法ですか」
「そういうことだ。舌を噛まないようにな!」
う~~恥ずかしい!揺れるぅ!!
女性の命は風前の灯火。慎重に病を読み解く。病に隠された二重魔法。やっぱり間違いない。
「間違いありません。契約紋が見えます」
「解除できそうか?」
「できれば実家から資料を取って来たい所ですね。ガランさん行けそうですか?」
ガランさんは解除魔法の使い手だ。
見た目はゴツいけど、緻密な魔法を繊細な技術で解いていく。
「……初めて見るやつだな。よく気が付いたよ、こんなの。ちょい時間がかかるぞ、そうだな1日くらいか」
「無理です。そこまで持ちそうもない。半日で何とかしてくださいよ、本当にピンチです」
「りょーかい、エスピノ補助にまわってくれ」
女性の状態はかなり悪い。少しでもミスをしたらその命を落とすかもしれない。
「すみません、少しでも病の進行を遅くする為に身体機能を全体的に落とします。解除の邪魔になりませんか?」
「おいおい、それ何時間もやるつもりか?」
「キツイですけど、それくらいの状態です」
「わかった、邪魔にはならない」
「了解です、始めます」
術式を編む。少しずつ彼女の体を包む。落ち着いて、焦っちゃだめ。彼女の時を、ゆっくりと。すべてを管理して。ゆっくり、うん。これがギリギリ。
「お前は本当に魔力調整が上手いな」
「ありがとー」
「すまん、専門外だ。ルシアは何をしてる?」
あ、リカルド様に言ってない。
「あー、ようするに冬眠……もしくは仮死状態か。それで寿命を延ばしてるんだ」
雑だな。合ってるけど。
さあ、耐久戦だ。