マリア(7)
何だかお父様が凄いことを言った気がする。
兄様を連れて帰っていいの?本当に?
ラファエル兄様と目が合う。やだ、嬉しそう。
「あの……一体殿下は何を仰っているのか」
「どうして?私はラファエルの後見人だよ?そうじゃなくても彼はすでに20歳の青年だ。今後の方針は自分で選べる。
というか、本人に聞いてしまったんだ。家族といえばオルティス家だと。寂しがるのが恥ずかしいから黙っていたそうなんだ。そんなのを聞いたら連れて帰るに決まっているだろう」
どんまい、兄様。心のうちを勝手に話されるとすんごく恥ずかしいよね。分かるよ、すんごくよく分かる!
大人はズルいよね。でも。
「ラファエル兄様。これからは一緒に暮らせるの?本当なら嬉しいわ」
「……うん。僕も嬉しい」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうにつぶやく。
「ですが、彼は亡きご両親のあとを継ぐ約束を」
「ただの口約束だし、そもそもそれを無視して国王にしようとか勝手に決めようとしてたんだ。それなら私が連れて帰っても問題は無いだろう」
「せっかくの地位を失うのですぞ!オルティス家にはすでに後継者がいるではありませんか!」
まだ粘るのね。ラファエル兄様人気者だわ。
「あの子は研究一筋だから後は継がないかもしれないんだ。それにね、私は別の爵位を持ってるからそれを与えてもいい」
「……は?」
ウルタードの国王陛下がどうしてもお父様の地位を上げたくて、オルティスの陞爵が駄目なら別の爵位を!とお父様に伯爵位をくれちゃっているの。だからそれのことかな?
「はい。問題は解決したね。辺境はこれまで通りリカルドが守ればいいし、ベルナルドの次は息子のエスカランテ公爵、もしくはその孫の誰か。ラファエルはウルタードに帰る。以上終わり。
よし、皆帰ろうか。マリアはお城の見学する?」
「アルフォンソ様、待ってください!もう帰ってしまうのですか?少しは私との時間を作ってくださいよ!」
「ベルナルド。何か文句でも?」
お父様が面倒臭そうにしている。
「いえ。まずは話を纏めてくださりありがとうございます。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「本当だよ。どうしてこんなことで揉めてたのか理解出来ない」
「酷いですね。ここにいる大半は貴方が王になることを望んでいた者達です。そんな貴方にオフェリア様にそっくりなお嬢様が誕生された。これは貴方が戻って来るチャンスだ!と」
要するに本当にエルディアに来てほしいのは私じゃなくお父様?ここはお父様のファンクラブか何かなの?
「残念。あの時ちゃんとお別れを言っただろう?」
「駄目ですね、年を取ると懐古主義になるようです」
「……皆馬鹿だなぁ」
何となく、面白くなくてお父様にくっつく。
「ベルナルド陛下、駄目ですよ。お父様は私の大切なお父様です。絶対にあげませんから」
つい、そんな子供みたいなことを言ってしまった。
「そうですね。もう、私達の王子ではありませんね」
「……でも、お友達ならいいですよ?」
「それは光栄だな。貴女が王妃になる姿も見たかったのに残念だ」
「私はお祖母様似じゃなくてお父様似です」
これは譲れないの。だって会ったこともないお祖母様よりお父様の方が大好きだもの。
「そうですね、私達は色々間違えてしまったようです。許して頂けますか?」
え、こんなに大勢の前で国王陛下に許しを与えるの?怖いよ?
「……もともと怒ってはいないから大丈夫です」
「マリアは優しいから怒らないよ。ルシアはどうか分からないけど。良かったね、ここにいなくて。皆の頭が涼し気になるところだった」
一気に皆が青褪めた。お母様最強?
この日は結局引き止められて、お城見学と夜は陛下達と晩餐会。なんだか疲れる1日だった。
「……眠れない」
駄目だ。何となく安全だと思えないせいで眠る事が出来ない。慣れない場所ではよくある事だから眠るのを諦めた。
「マリア、眠れない?」
「……お父様、ノックしながら入ってくるのは良くないと思うわ」
「ふふ、ごめんね」
全く悪びれずに入って来たお父様の手には2つのマグカップが。
「ホットミルク?」
「うん。眠れない時の強い味方」
「そうなの?」
「そう。ルシアに教えてもらったんだ」
それから、辺境にいる頃にお母様とこっそりホットミルクを飲んだお話を聞いた。
お父様がお母様のお話をする時の優しいお顔が大好き。
「私もお父様みたいな素敵な恋ができるかしら」
お父様達やラファエル兄様。みんな素敵な恋をしている。どうやったらそんな相手に巡り会えるのだろう。
「おや、ダミアンでは不足かい?」
「不足だなんて!」
ダミアン様は大好きよ。でも、恋なのかと言われると分からない。
「愛も恋もそれぞれだよ」
「それぞれ?」
「そ。いろんな性格の人がいるんだ。それぞれで気持ちも違う。外見重視の人、お金が大好き地位が大切な人。それぞれにどうしても譲れないものってあるしね。
周りから見たらくだらないって思うことでも、その人には必要なんだよ」
「愛にお金や地位が必要なの?」
「そうだね。だって霞を食べては生きていけないだろう?
愛だけでは人は生きていけない。でも、お金や地位だけで生きるのは寂しい。難しいよね」
そうね。気持ちだけでは生きていけなくて、生きるすべだけでは物足りない。
「その点、マリアはお金と地位は問題ない。なら残るのは気持ちだけだ。
でも、この気持ちというのも色々だ。優しくされるのが好きな人。相手に尽くすのが好きな人。友達みたいに楽しく生きるのが好きな人。
マリアは相手に何を望むかな」
私の望むこと……
「私を見てほしい。お父様の娘だからとか、お母様の娘だからとかじゃなくて、ただのマリアとして見てほしいわ。
それから、お話がしたい。お互いのこと、ちゃんと理解したいしされたい。
あと、お父様みたいに穏やかな方がいいわ」
「嬉しいな。でも、それって全部ダミアンはクリアしてるよ?」
………………え?
確かに、ダミアン様は私を見てくれるし、お話だってちゃんとしてくれるし聞いてもくれる。
穏やかで優しくて──
「じゃあ、父親の役目はここまでかな?あとは自分でゆっくりと考えてごらん」
優しく頭を撫でてくれたお父様に何と返事をしたのか覚えていない。だってとても驚いてしまって。
まさかの理想の人が側にいて、そんな人が私にプロポーズしてくれて……私ったら断っちゃったわ!
……その夜は朝まで眠れなかった。