8.裏切り(セシリオ)
あれから。クラウディア様は私に甘え、誰もがそれを当たり前だと扱う。王太子殿下でさえ。
どうやらアルフォンソ殿下にも愛する女性がいるらしい。お互いに表面上は仲の良い夫婦を演じ、両国の繋がりを強くする。それさえ守れたら影で別の者を可愛がるくらいはお互いに許す。そう考えておられるようだ。
そして、俺の子が出来ないように制約魔法を体に刻まれた。
──吐き気がする!
俺は騎士だ。それなのに、こんな男娼のような扱いを1年間耐え、それで爵位を賜るというのか。
だが、今更どうにもできないまま婚礼の日がやってくる。
きらびやかな衣装を纏ったクラウディア様は、美しい微笑みを浮かべながら「お前だけはおめでとうと言わないで」と小さく告げ、式に向かわれた。
俺にどうしろと言うんだ……
祝福の言葉なんて確かにもう言えない。クラウディア様がどうしようとアルフォンソ殿下には他に愛する人がいるのなら、彼女はただのお飾りか、子を産むだけの道具なのかもしれない。
だが俺にはどうにもできない。自分自身のことすらあなたに縛られて身動きがとれないのに!
そんな顔を見せられたら、あなたを恨むことすら出来ないじゃないか……
「セシリオ、お願い。一度だけ抱きしめて」
「……申し訳ありません。致しかねます」
式は滞りなく終わり、侍女たちに磨き上げられたクラウディア様は今から初夜の儀に臨まれるのだ。
「お願い、お願いよ。私はこれから愛してもいない男に抱かれるの。愛されてもいないのに抱かれるのよ。
もう、助けてなんて言わないから……
一度でいいの。あなたが抱きしめてくれたら、きっと耐えられるから。
……お願い……セシリオ……」
そっと縋りついてきた体は震えていた。
愛していない人に抱かれる……それはどれほどの苦しみなのだろう。
そして、その寝室を警護するのは俺なんだ。
だめだ、手を出すな、切り捨てろ!
「好きよ、ごめんなさい。ずっと好きだった。
ずっとずっと好きだったの。
諦められなくてごめんなさい、でも……
すき、すきよ愛しているのセシリオ」
何度も愛を囁きながら涙をこぼす。
お願いだ、もうやめてくれ……
王女殿下のこのような姿は耐えられない!
ずっと大切にお守りしてきた我が主。
けして愛ではない。それでも幸せになって欲しかったのに、どうしてこんな……
「……俺は好きじゃないです」
「ええ」
「愛してなんかいない」
「……そうね」
「これは……同情だ」
「……いいのよ、愛してるわ」
クラウディア様を抱きしめる。強く、強く。
これは裏切りだと心に刻むように。
強く抱きしめた──
次の日、バレリアノがグラセスの襲撃を受けたとの報せが届いた。