5.自分の役目(セシリオ)
「ルシアがいない!?どういうことだ!」
彼女が王宮にいないことが分かったのは、エルディアに到着してから3日も経ってからだった。
「彼女の希望で辺境に向かいました」
辺境だと?グラセスとの関係が問題視されているのに!?
辺境などいつ戦地となるか分からないのになぜ……いや、戦地になる可能性が高いからなのか?
ルシア。俺の最愛の人。凛と咲く花のような彼女は外見も綺麗だけど、その心はもっと美しい。
医療魔法士としての腕前も然ることながら、常に人を救いたいと努力する姿を俺は本当に凄いと思っている。
そんな彼女のことが誇らしくもあり、でもいつか、見知らぬ誰かの為にその生命が失われるのではないかと不安にもなる。
それなのに、自分が離れたくないからとエルディアまで連れてきてしまった。ただ伴侶として側にいていてくれたらそれだけでよかった。でも、君はやはりその他大勢の為に生きようとするんだ。
そんな君がとても愛しく……つらい。
自分だって騎士として働き、同じことをしているのにな。
「とにかく、俺も辺境に向かわせてください」
「無理ですわ。クラウディア様の護衛はどうするのです?あなたはその為に来ているということをお忘れなく」
「交代要員くらいいるだろう!」
「あなたはご自分の役目を分かっていないようですね。王女殿下の心の安定の為に必要なのです。来て早々不在になっては困りますよ」
そもそもクラウディア様が怖がったりするから!そのようなことで王太子妃がつとまるのか?いずれ王妃になるというのに、その脆弱さが不安になる。
何よりも、本当に一年で解放されるのか? だいたい俺がいたからなんだというのだ。
「それに彼女自身が望んで出て行かれたのに追いかけてどうするおつもりですか?」
「……彼女の無事を確認したい。それだけだ」
「では手紙で事足りますね。書き上がりましたらお持ち下さいませ」
なんだ?彼女との接触を邪魔しようとしているのか?ここに来てから3日も会えないことからしておかしい。いったい何が起こっている?
イライラした気持ちを抑えながらクラウディア様のもとへ向かう。だが、彼女こそが最大のストレスだ。
「セシリオ、どこに行っていたの?私の側にいてくれなくては駄目じゃない!」
……これだ。最近の王女は片時も俺を離そうとしない。このままでは俺は過労死するぞ。
「申し訳ありません、食事に行っておりました。ですが、ただいまの護衛担当はカミロ卿ですよ」
「あなたも私と一緒に食事をしたらいいわ」
「とんでもございません。主と食事を共にするなど許されません。それにもうすぐ王太子殿下がお見えになりますよ。その様な軽口はやめられた方が良いでしょう」
「セシリオは真面目ね。そこが良いのだけど」
そんな発言をしたらまるでオレに気があるみたいじゃないか!
俺は聞いていない。何も聞いていない。
「やあ、麗しの姫。少しはこちらにも慣れたかな?」
「はい、ありがとうございます。皆が良くしてくださるおかげですわ」
王太子殿下との関係は良好のようだ。このまま早く慣れて俺を解放してほしい。
「そういえばクルス卿、君の婚約者はとても面白いな。医療魔法協会の事務官を正当防衛だと言って殴ったと聞いたぞ」
「!!」
辺境行きはそれが原因か!
「一度姿を見かけたが華奢な令嬢だったよな。それがまさか大の大人を昏倒させる程の攻撃を繰り出すとは驚いたよ」
「……誠に申し訳ありません。なかなか会うことができず、恥ずかしながら今初めて聞いた次第です」
ルシアめ、強化魔法を使ったな。それでも相手の体に魔法をかけず、自力で殴ってる所が彼女らしい。よっぽど腹の立つ出来事でもあったのだろう。しっかり正当防衛にしているみたいだし、罪には問われないようでよかったが。
「ウルタードでは気性が激しい女性が好まれるのか?私はたおやかな女性の方が好みだがな」
それはクラウディア様のことか。それともまさか別の女性がいるのか?
所詮政略結婚だが、あまりに早くから愛妾などを置かれると困るな。俺への依存がこれ以上強くなるのは避けたい。
「アルフォンソ様。私の前で他の女性の話はおやめくださいませ。妬けてしまいますわ」
「ふぅん?それは誰に対してかな?まあいい。とにかく久しぶりに笑わせてもらったよ。今度辺境から戻ったら会わせてくれ。では、晩餐で会おう」
いや、あなたはクラウディア様だけを大事にしてください。ルシアは見ないで。
「……あの女の何がいいの」
「クラウディア様?」
誰のことを言っているんだ?
「とぼけないで!あのルシアという女よ!あなたには似合わないわ。やめておきなさい」
「王女殿下。私は1年後にはウルタードに戻って彼女と結婚します。もちろん祝福してくださいますよね?」
さすがにこれ以上かき回されたくない。
ちゃんと線引きしないと。
「……ひどい、ひどいわ!私だって好きでここに来たわけじゃない!どうして私だけ好きでもない人と結婚しなくてはならないの!」
気持ちは分からないでもないが、俺にはどうしようも、
「殿下、大丈夫ですわ。クルス卿はいなくなりませんよ」
「な!?」
「さあ、泣き止んでください。その様なお声が外に漏れては大変ですわ」
「……だってセシリオが意地悪を言うのだもの。国に帰るって、私を置いていくのよ?」
「まあ!姫様を揶揄っただけですわ。貴方様の気を引きたかったのでしょう。困ったお方ですこと」
そう言いながら、これ以上何も言うなと侍女の瞳が語っている。
この侍女は頭がおかしいのか。まさか、俺とルシアを引き離そうとしていたのは……。
「さあ、姫様は少しお休み下さい。クルス卿は私がしっかり叱っておきますわ」
「あまりきつく叱ってはだめよ?」
「お優しい姫様、おやすみなさいませ」
別室で話しましょう。小声で促され、少し離れた部屋に入る。
「これはどういうことだ」
「国王陛下のご指示です。まさか護衛騎士の仕事だけで爵位が賜われると本気で思っていたのですか?」
……なんだって?
「そんな……陛下は何と?」
「とにかく姫様をなだめ、早くに子を授かれる様にと。美しい姫に思われて悪い気はしないでしょう?上手く操縦してください」
「俺には恋人がいる!」
「そうですね、彼女との幸せな結婚の為にも頑張って下さい。姫様が早く孕んでくださるといいですね」
なんということだ。俺はどうしたらいい?
「まさか逃げようとは思わないでくださいね?服務違反になりますから。
あなたはただ姫様に優しく微笑みかけ、子ができるように誘導するだけ。
彼女を裏切れとは言っていないですよ。さあ、国の為にがんばりましょう」
ああ、ルシア。どうしてこんなことになったんだろう。
君は今、何をしている?
本当に無事なのか。
今すぐにでも君を探しに行きたいのに───