31.ホットミルク
あの後、兄と手記を読みながら色々な話をした。
私のせいで兄様を巻き込んでしまったわね。
もちろん、兄様は私のせいだなんて言わない。
それでも、なんとなく寝る気にはなれず、気分を変えるために部屋を出た。
「アルフォンソ様?」
暫く歩くと廊下でアルフォンソ様と出くわした。
「ルシアも眠れない?」
やっぱりアルフォンソ様も眠れないのかな。
「よかったらホットミルクでも飲みます?」
だって二人で散歩するのも、眠れないのを知りながらお別れするのも違う気がして。
二人でこっそり台所に向かう。なんだかいたずらする子供みたいな気分。
勝手にごめんなさいと心の中で謝りながら、ミルクを温め、はちみつと少しだけブランデーを垂らす。うん、いい香り。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
夜に飲むホットミルクって何だかホッとする。
アルフォンソ様もゆっくりと口を付け「美味しい」と呟いた。
こんな夜更けに王子様と台所にいるなんて。なんだか可笑しいわ。
「ん?何が面白いの?」
……バレた。この人ってほんの少しの感情の機微を敏感に察知するわよね。
「いえ、今の状況が変だなって」
「……巻き込んでごめん」
「え!?そっちの状況じゃないですよ?」
「うん、分かってるけど。君には本当に迷惑しか掛けてないから。君はたまたま研修に来ただけだったのに」
言われてみるとそうだったわ。
少し前まではセシリオとの結婚がどうなるかが心配なだけの普通の生活だった。
それが今ではエルディアにいて、セシリオとは別れてしまって、なぜか犯罪者になりそうだなんて。
「なかなかにハードな人生に突入しましたよね。エルディアに来る前は、まさか王子様にホットミルクを作ってあげるなんて考えもしませんでした」
「ふふ、美味しいよ。こういうのは物語の中だけだと思ってた。
眠れない子供に母親がホットミルクを作ってあげるんだ。それでぐっすり眠れたって書いてあって、すごく不思議だった。ミルクくらいでなぜ眠れるのか。
でも本当だね。なんだか心が落ち着く」
たったこれくらいのことで嬉しそうにされると何だか切なくなる。
我が家は本当に仲が良くて、でも家族だから当たり前だと思ってた。でも、それは本当に幸せなことなのだわ。
「アルフォンソ様は子供の頃どんな風でした?リカルド様とは学園で知り合ったんですよね」
「私はわがままな子供だったよ。突然泣きだしたり、式典から逃げ出したり。あの人は悪いヤツだって初対面で罵倒したこともある。
私が騒ぐと事件が起きたりするから呪われた王子って言われてたかなぁ」
それは───
「……勘のせいですか」
「子供の頃はよく分からなくて。どうして皆が気が付かないのか理解出来なかったんだ。伝えたくてもなんとなくとしか言えないから本当に困ったよ。
さすがに大きくなると、これを感じるのは自分だけだって分かって、なるべく上手く回避できるように頑張ったんだけどね。人が多く関わると判断が難しくなるから、人とは深く付き合わないようにしてたんだ」
だから呪われているなんて噂されているの?
「王家の力なのに、使い方とか過去の王の残したものとか無かったんですか?」
オルティス家は代々の魔法士が残した手記がある。特別な力なら、そういった物が残されていそうなのに。
「なんせ勘だからね。何度も体験して掴んでいくしかなかったな。資料は陛下が処分したみたいだよ。王としての能力を自分が身に付けていないことが許せなかったらしい。だからその話をする者もいなくて、私自身知ったのは学園に入ってからだ」
本当に国王は腹立たしいな。能力が無かったからって王には成れてるんだからいいじゃない。どうしてそれ以上を求めるかな。
「リカルドは同じクラスだったんだ。いい奴なんだけど、なぜか揉め事に巻き込まれやすくて。特に女性関係で怒られてた」
「意外です。女性にモテモテだと思っていました」
だって分け隔てなく優しいし。
「優しさを勘違いされて惚れられて、その子の婚約者が激怒したりとか?モテてはいたけど、迷惑なタイプが多かったよ。
あいつは運が悪いんだ。ちゃんと誠実な対応しかしてないから誤解しないでね?でも、とうとうリカルドの婚約者が婚約破棄を叩きつけて。それでつい不憫に思って助けたら、すごく感謝されてなぜか友達になってくれたんだ。
でも、今では私と仲良くなったせいで犯罪者にされそうなんだよ。本当に運が悪いだろ?」
「アルフォンソ様は悪くないです」
「……すまない」
あ、信じてない。どうして敏いくせに、こういう時だけ分かってくれないの?
リカルド様はあなたのせいで不幸になったなんて考えていないはずなのに。
なんだか凄く悔しくて、アルフォンソ様の両頬をパンッ!と強めに挟んで目を合わせる。
「ちゃんと私を見て!慰めてるんじゃない。本当にそう思ってるの」
アルフォンソ様の瞳が少しだけ揺らいだ。
「あなたは何も悪くない。出会って間もないけれど、私はあなたを信じているわ」
どうか伝わって。あなたはひとりじゃない。
「アルフォンソ様は絶対に幸せになれる。一緒に幸せになりましょう?」
だからそんな悲しい顔をしないで。
幼い頃から言われ続ける悪意の言葉はそれこそ呪いになる。でも違うから。あなたは呪われた子供なんかじゃない。
今ある不幸はあなたのせいじゃない。
国王の呪いなんかに負けないで!
「私と国王陛下、どちらを信じるの?」
「……それなら、絶対に君だ」
初めて見る。彼のこんな微笑み。思わず見惚れていると、頬に当てたままの私の手を外し、手のひらにそっとキスをされた。
「なっ!?」
「ありがとう、ルシア。君と出会えてよかった」
……今のは感謝の気持ちなの?
やめて!?手のひらに口付けなんて初めてされたわ!
おかしい。胸がドキドキする。なんで?驚いたから?
思わず彼から一歩離れた。
「あの!伝わったみたいでよかったわ!えと、私はもう寝ます、おやすみなさい!」
挙動不審だけど許して!やっぱり王子は王子だった!あんな事されたら照れても仕方ないわよね!?
アルフォンソ様の返事を待たずに、私は逃げる様に部屋まで走った。




