17.愚か者の弁解(セシリオ)
ルシア・オルティス
彼女ほど強くて美しい女性はいない。
真っ直ぐ前を見つめる凛とした姿が、俺は大好きだった。
彼女のオルティス家は男爵家でありながら知名度が高く、生体魔法の権威と言われている。
ルシア自身も生体魔法を得意とし、18歳という若さで医療魔法士になった。
『治癒院の秘蔵っ子』
そんな呼び名で大切に育てられていた。
「お、ルシア嬢だ」
「本当だ。美人だよな、たまに怖いけど」
彼女は騎士の間でも人気だ。仕事の邪魔になるからと、最低限のメイクと装飾もピアスのみ。柔らかなアッシュブラウンの髪を1つに結び、颯爽と歩く。人の為にいきいきと働く姿は綺麗で、その心根を尊敬していた。
「お前も大変だな。結婚延期になって」
「まあな。でも、クラウディア様が輿入れされたら結婚する予定だよ」
「そうか、よかった。彼女は人気があるからなぁ。いや、それはお前もか。でも、凄いよな。あの年で次期医療魔法士長の座が有力って言われてるんだろ?」
「そうなのか?」
ルシアは仕事熱心だが、地位等にはまったく興味がない。どちらかというと面倒臭がる。
でも、医療魔法士長って……
医療魔法士はエリート職だ。治癒魔法が使えることが第一条件。それ以外にも医師と同等の知識が必要になる。そのトップにいつかなるのか。
以前、将来の話をした時、彼女は驚く事に平民になっても構わないと言った。
「地位があるとしがらみとか面倒じゃない?」と言われた時は本当に驚いた。
俺はいずれ騎士爵を得て、ルシアを幸せにするのが夢だったのに。
だけど、ルシアはいずれ医療魔法士長になり、俺よりも収入も増えて──
……彼女はそんなこと自慢しない。それで俺を嘲笑ったりだって絶対にしない。
ただ、俺が勝手に情けなく感じてしまうだけ。
なぜ学生の時のように、ただ好きだと思う気持ちだけでいられないんだろう。
そんな時、エルディア行きの打診が来た。
あと1年護衛騎士を続けたら騎士爵を賜われると聞いて、俺は二つ返事でその話を受けた。
だが、すぐに後悔した。彼女をまた1年も待たせるのか?すでに3年間も待ってくれたのに。でも、このチャンスを逃したら騎士爵がいつ賜われるか分からない。
クラウディア様に相談すると、妻として連れて行けばいいと言われた。医療魔法が使えるなら心強いと言われ、俺は浮かれてしまった。妻として側にいてもらえる。なんて幸せなんだ!
そう。彼女の為だと言いながら、自分のことしか考えていなかったんだ。
そんな愚かな俺を、彼女は怒りながらも許してくれた。でも、同行は妻としてではなく、医療魔法士として。
彼女が医療魔法士という職業に誇りを持っていることを知っていて、自分もそれを尊敬していたはずなのに、どこか不満に思う醜い自分に気付いた。
──気付きたくなかった。
エルディアに着いてからは後悔の連続だった。後から考えれば、なぜもっと上手く立ち回れなかったのかと、その時の自分を罵倒したい。
でも、あの時は……いや、やはり言い訳だ。
クラウディア様に縋られて嬉しかったのだ。
一国の王女が、いや次期王妃となる方が俺に縋りついている。色々間違ったが、自分にはまだ価値があると卑怯にも思ってしまった。
こんなことをして爵位を得ても、ルシアが喜ぶわけないのに。全部全部、自分の為。
「セシリオ・クルス!いい加減目を覚ましなさい!!
あなたはクラウディア様の騎士ではないの?騎士とは何か、しっかり考えろっ!
あなたの愚かな自己満足と同情のせいで主が死に直面しているのよ!いい加減気付けっ!!」
彼女の怒声が心に刺さった。
まあ、魔法の方が強烈だったけど。
「キャーッ!!」
クラウディア様は俺の顔を見るなり、悲鳴を上げて気を失った。
……ありがとう、ルシア。確かにクラウディア様は私から離れたよ……
ルシアに殴られる覚悟はしてたけど、こうくるとは思いもしなかった。私を見かけた宰相補佐官が「毛根死滅魔法じゃなくてよかったですね」と、とても悲しそうな目で慰めてくれた。
ここまでくると、ある意味清々しくすらある。失うものはもう何も無い。ただ必死に働こう。次にルシアにあった時、恥ずかしくない人間でありたい。騎士として、一からやり直したいと、そう思った。




