1.あなたの為に出来ること
「はい、もう大丈夫ですよ。でも、まだ傷が塞がったばかりですから無理したらダメですからね」
「おー、やっぱりルシアちゃんの治療は上手いなぁ。セシリオなんかやめて俺の嫁になってよ!」
「ありがとう、イバンさん。セシリオに伝えておくわね」
やばいよ!俺、殺されちゃう!とイバンさんが騒ぎ、ドッと笑いが起こる。
今日は軽傷患者しかいないため、皆気楽な雰囲気だ。
私はルシア。医療魔法士だ。
我がオルティス男爵家は代々生体魔法を得意とするものを多く輩出していて、かくいう私も幼い頃から生体魔法に魅入られ、この道を選んだ。
医師免許、薬学免許、治癒魔法免許を取得し、晴れて医療魔法士となる事ができたのは18歳の頃。そして、この治癒院で勤め始めて3年。いつのまにか21歳。仕事にやりがいはあるけど、女性としては売れ残りと言われる年齢に差し掛かっている。
「結婚かぁ」
「あら、ルシアもやっと日取りが決まったの?」
「うん、クラウディア王女殿下の輿入れが来月でしょ?それが落ち着いたら一緒になろうって言われてるの」
「王女様の専属騎士様は大変ね」
「国王陛下のお目に留まることができたのですもの。光栄なことだわ」
私の恋人であるセシリオは近衛騎士団所属で、現在はクラウディア王女殿下の専属護衛騎士だ。
セシリオは魔法剣士で、防御や結界を得意としていて、剣術大会をご覧になった国王陛下から直々に王女殿下の護衛騎士の名誉を賜ったのだ。
それはとても名誉なことだけど……お役目を賜ったばかりで式を挙げるわけにもいかず、私達の結婚は延期になった。
その後、王女とエルディア国王太子殿下との婚姻が決まり、その輿入れが終わるまで待ってほしいと言われて早3年。仕方がないとはいえ長かったわ。両親にも心配をかけてしまったし。
セシリオはクルス伯爵家の三男。いずれ伯爵家を出なければならないため、騎士爵を賜るために日々頑張っている。
「私は平民でも構わないのだけど」
「うそ!」
「だって彼は近衛騎士だし、私も医療魔法士よ?お互いの収入があればそれなりの生活ができるもの。
家事もひと通りはできるし、そんなに困らないと思うけど。それに今焦らなくても今後騎士爵を賜ることも可能じゃない?」
「まあそうね。それにあなたは優秀だから、院長はいずれ医療魔法士長にしたいみたいよ?」
「う~~、上に立つの嫌い……。
だって所詮男爵家だし女だし。絶対に文句言われるもの。面倒だわ」
いくら収入がよくても面倒事に巻き込まれたくはない。魔法士としての腕前と人をまとめることは別物だもん。
「でもエルディアって最近グラセスとの関係が悪化してるって聞いたけど大丈夫なのかしら」
グラセス国。国土としては我がウルタード国、エルディア国より狭く歴史も浅い。だがそのぶん勢いのある国だ。そして、好戦的。
隣接するエルディアを虎視眈々と狙っており、何度か争いが起こっているけど、今は和平協定が結ばれている。でも、1年前に国王が崩御し、新王が立たれてからまたきな臭くなっているらしい。
「どうかしら。……でも、私達が考えても仕方がないわよ。さあ休憩はおしまい!あと少しよ、頑張りましょうか」
「はーい」
「ルシア、愛しの彼がお迎えに来てるわよ!」
セシリオが?珍しいことがあるものだ。
以前は早く仕事が終わると迎えに来てくれたりしていたけど、専属護衛になってからはパッタリと途絶えていたのに。
……もしかして何かあった?
素直に喜べないのが悲しい。それに──
「ルシア、お疲れ様。少しいいかな」
どうやら私の勘は当たっているみたいだ。
「1年だけエルディアに行くことになった」
だけって。……1年ってそんなにも短いのかな。
でもね、あなたとの結婚を待ってもう3年。これで4年になるのよ?それも4年だけって言うのかしら。
「短くまとめ過ぎよね。ちゃんと話して」
「……グラセス国のことは知ってるかな」
「そうね、新聞に載ってる程度のことなら」
「クラウディア様がすっかり怖がってしまって。陛下から1年だけ護衛騎士を続けてほしいと頼まれたんだ。
でもすごいんだよ!それが終わったら爵位を賜われることになったんだ!」
怖いって何なの?いずれ王妃になる人間が戦が怖いからって父親に泣きつくの?
「それにルシアの同伴も許していただけたんだよ。だから安心して?」
「……え?」
「ずっと待たせてごめん。それなのにあと一年も離れるなんて出来ないからってクラウディア様にお伝えしたんだ。そうしたら医療魔法士なら役に立つし、同伴したらいいと仰って下さったんだよ」
……役に立つって何。私は適度に便利な道具?
私は一生の仕事としてこの職業を選んだのに、あなたにとってはその程度のものなの?
「なぜ私のことをあなたが勝手に決めるの」
「あ、ごめん。でももう結婚するんだし」
「まだしてないよね。それに結婚したらすべてあなたに服従しないといけないの?
私にだって仕事があるのよ。いままで頑張って積み上げてきたものがあるの。それなのに、私はあなたの為にすべてを捨てなければいけないの?」
「……それじゃあ君は俺の為には生きてくれないのか?」
それは初めての言葉だった。
ねえ、どうして?なぜ私だけが───
「あなたと共に生きていきたいと思ってる。だから結婚するんでしょう?でも私はあなたの為だけに存在しているんじゃないわ」
その二つは同じじゃないはずなのに。
「違う!そんなこと思っていないよ、ただルシアと離れたくなくて!
……ごめん、喜んでくれると思ったんだ」
私があなたの為に大切なものを捨てることが?あなたは私のために仕事を捨てたり出来ないくせに。
「今日はもう帰って。冷静に話が出来る自信がない」
「……わかった。明日また話そう。夜に時間をくれる?」
「ええ、分かったわ」
遠ざかる背中を眺める。
『剣術大会で優勝したらプロポーズするから!』
あの時の無邪気な笑顔が懐かしい。私はただひたすらに嬉しくて、彼との結婚を夢見ていたのに。
私達はこれからどうなってしまうのだろう。