第2章 出会いの予見
西暦3030年2月。
北海道札幌市。某ラーメン屋。
人々は、昼食にラーメンを頼み、店員は慌ただしく調理し提供する。
新聞を見ながら水を飲み、注文を待つ客。一心不乱に麺を啜る客。向かいの知人と話をしながら食べるなどなど。
日本の日常のひとつがそこにある。
店の棚に備え付けられたTVではニュースがやっていた。それは非日常な日常を伝えるものだった。
「現在、巨大樹の勢いは収まってはいるものの増しつつあります。いつでも避難できるよう、みなさまの日頃の心掛けをお願いいたします。
それでは、天気予報のコーナーです。中継の睦アナぁ?・・・」
「とは言ってもよー」
「そうだよなぁ。いつでも。てのは、今に始まったことじゃないしなー」
土木作業員の2人組はそう話した。
そう。人々は〈慣れ〉てしまったのだ。
巨大樹の侵略から約1年が経過し、これと言った被害がない現状。
人々の恐怖心は、もはや薄まっていた。
「そうそう。観たか?緑の新人類の動画」
「あー、観た観た。本当にいるんかな」
西暦3000年2月15日。
元千葉県松戸市、市内。
「えーみなさん。見えますでしょうか?あれが、去年にやって来た恐怖の大王、その姿です」
私は、睦睦美。北海道のテレビ局のお天気キャスターをしている。
今回、私とカメラマンの江崎君と共に、世界樹の取材をしにきた。
上司に無理を言って。
「私たちは、今まさに、話題となっている新人類の存在を確かめようとしています」
そう「新人類」
昨年、ドローンによる映像が世界で公開されたちまち噂されるようになった。
世界樹の周囲を撮影中、緑がかった肌の原住民風の子供が木々を横切った。
AIや専門家による判断では、人類に非常に近いとの見解があり、詳細を確認したいと、誰もが思った。
でも、明確な情報や映像はその後更新されなかった。じゃあ、そもそも創作されたものなんじゃないか?って言う声が増えて来た。
もし誰かが事実を突き止め公表すれば、何か変わるかも。
その誰かに、私はなるんだ!
そう決意して10日前。
北海道テレビ局スタッフ室にて。
私は、上司に食ってかかっていた。
「お願いします!取材に行かせてください!スクープになりますよ絶対っ」
机に両手を突き、今にも食いつかんばかりの勢いに。
頭を掻きながら悩む上司の文野さん。
「しかしねぇ。睦くん。お天気キャスターの仕事はどうするんだ?2週間の予定らしいけど、許可が下りるとは思えないよ」
「そこをなんとか!」
私は頭を下げる。
「ほら!江崎くんからもお願いして」
すかさず、隣の江崎カメラマンに促す。
「は、はいっ。お願いします!」
2人から頭を下げられ、ますます頭を掻く上司は、聞いた。
「君ら2人だけで行くの?」
「はい!」
「現地へは?」
「船で青森へ、それからオフロードバイク2台で向かいます」
本州の一部は世界樹の侵食がない場所があり、青森県にはまだ人が住んでる。
連絡船に乗れば行けるはず。
現代はソーラーパネル付きのバイクも販売されている。蓄電による持続的な走行が可能なはず。
それでも、苦い顔をする上司。
「私は、あの映像の真実を確かめたいです!あの子たちに会ってみたいんですよ!許可をお願いします!」
・・・・・・。
「分かった」
沈黙の後、文野さんが顔を上げた。
「ホントですか!ありがとうございまっ」
ただし。と、文野さんは手を挙げて言った。
「恐らく危険は多い。生命保険の確認と遺書を書いておけ。仕事のことで、他のスタッフに引き継ぎしておくんだ。いいな」
「そ、それってどういう?」
江崎くんが聞いた。
「何?それが覚悟ってもんだろ?今まで行って帰ってきた者がいないって話だ。なんだ江崎、軽く考えてたのか」
文野さんの言葉に「あ、いや」と、江崎くんの顔が曇った。
私はすかさず。
「もちろんじゃないですか!やりますよ!ねっ!」
「は、はい!」
「よろしい。いいか、沖縄の連中もいるかもしれん。その前にバッチリカメラに収めるんだゾ」
そうして、北海道からはるばるやって来た。
帰りの道を考えれば、実質3日しかない。
「こんな深い森。どうやって探すんです?目印や集落なんて無さそう」と、江崎くんは聞く。
私は自信を持って答えた。
「簡単なことよ」
「大きな目印があるじゃない!」
そうして、世界樹を指差す。
あそこには、絶対何かある!
決意を新たにした時、江崎くんが口を開いた。
「睦さん。もうすぐ中継の時間です・・・3、2、1」
私はカメラに向き直り、笑顔で言った。
「皆さん!おはようございまーす。
只今の気温、なんと24℃。お天気は晴れ。雲もなくてピクニック日和です。2月なのに、とっても暖かいです。水分補給を適度に行いたいと思います。以上、本土からお送りしました」
本来なら、札幌でカメラの前で言うべき言葉を。
あれから2時間ほど走った。
私たちのジャングル探検はまだ続く。
江崎くんは、カメラで辺りの木々を映したあと、私を捉える。
「どうです皆さん。現在は森となっていますが、ここが元々町だったなんて信じられますか?」
辺りは至って普通の森。珍しい生物は見えない。未だ残っているビルなどの人工物は崩れ落ち苔むしているので、目立たない。
「では少し耳を澄ませてみましょうか」
ホトトギスなどの鳥のさえずりやセミの鳴き声が響く。なんて事ない。日本の森と言った風だ。ただ、今が2月だと言うことを除いて。
「あっ!あれは野鳥ですかね。あそこには小さなトカゲがいます。今の所、古き良き日本の森の風景が広がっているのが分かるでしょうか。現場からは以上です」
ハイOKでーす。と、カメラの電源を切り、江崎くんがタオルで首の汗を拭った。
日が上れば上るほど、気温も高くなっていく。
蒸し蒸しして、ジトっと肌から汗が出る。北海道のカラッとした暑さとは違う暑さ。
「なんだか拍子抜けですね。危険と隣り合わせだと思ってたんですが」
水筒の水を飲みながら江崎くんが言う。彼の喉首を大粒の汗が伝い落ちた。
彼の言う通りだ。私も、ちょっと気が抜けてしまった。
「そうね。でも、熊とか肉食の生物と会ってないから」
「気を抜くな。ですね。茨城での夜は肝を冷やしましたよ。あれは熊だったのかな」
「分からない。とにかく怖かったね」
そう。あれは元茨城県でテントを張った時だった。
何かが外で、テントの周りをウロウロしていた。おまけに爪か何かでテントをカサカサ擦る音がしていた。
私たちは息を殺して【それ】が去るのを待った。そんな一夜を過ごした事があったのだから油断は禁物なんだけど。
ここの、のどかな風景がそうさせているのかな・・・。
世界樹に近づくほど道らしい道はなくなり、オフロードバイクの真価を発揮する。
ソーラーパネルが付属する電動バイクで、ガソリンの給油が予想できない今回にはうってつけ。
ソーラーカーでも良かったけど、引いて歩く事も考えればバイクが適してるとも思えた。
事実、割れたアスファルト、物が散乱した道路は車では手こずっただろう。
そうして走っていると、まるで木と蔦で出来た城壁があった。
「ここまでなの?」
恐らく、ぐるっと世界樹を囲んでいるんだろう。
「これが噂の生きる城壁ですね。陸自が中に入れず負傷者を出したとかって」
「そう、みたいね」
私は、蔦に触れようとした時、意思を持っているかのように動き出した。
「危ないっすよ!って、わっ!」江崎くんが声を荒げる。
蔦が、私たちを品定めするように巻きつく。それは検問、ゲートチェックみたいだった。
「何する!帰れなくなるって!」
「江崎くん!落ち着いて!じっとして」
私たちはじっと我慢した。
「私たちは危害を加えるつもりはありません。どうか中に入れて下さい」
すると、蔦が左右に開き人1人通れるくらいの穴となった。
「入っても良いって事ですかね」
恐る恐る入ろうとすると。
ピシッ!!
突然、1本の蔦が江崎くんを襲った。
「今度はなに!?」
蔦はバイクに巻き付いて離れなず、動けないでいた。
蔦は意志を持っているように頑なだ。
「多分、入れるな。て言う意味じゃない?」
「まさか!置いて行ったら戻れませんよ」
「だとしても、やるしかないじゃない」
そう言った私は、バイクのスタンドを立て、ゲートへ向かった。
すると幸い、すんなり入れた。
「ね?」と、両手を広げ振り返って見せた。
「そんなぁ」と、バイクのスタンドを立てて恐る恐る近づく江崎くん。
今度は何事もなく蔦はスッと離れた。
蔦のゲートを潜り抜けた私たちは、草葉で作られたトンネルを身を屈めて進む。
「懐かしいですね。昔のアニメ映画に出てきましたね。こんな所、一度通ってみたかったんです」
江崎くんは、少々興奮している。
「うん。そうね。女の子が森の妖精を追いかけて迷い込むやつね。祖母が教えてくれたなぁ〜。あ、もうすぐで出口みたい」
トンネルの先に光が見えた。その先に何が待ってるんだろ?
はやる気持ちを抑えられず、早足で進む。
「了解です。またその監督が凄いのなんのって、ちょ待って下さいよ・・・って、急に止まらないで下さいよ!」
「いや、だって」
トンネルを抜け、光に目が慣れると思いがけない光景があった。
「もー、なんなんです?」
ひょこっと顔を出す江崎くん。ヒィッと顔が引きつるのが分かった。
「「こ、こんにちは」」
それは新人類からの熱い歓迎。
大人数の男性に囲まれていて、彼らは手に槍やナイフの武器を持っていた。
皆一様に、私たちを品定めするように見つめ、そしてお互いアイコンタクト。
葉っぱや皮で作られた服を着た半裸の彼らは、まさに動画に出て来た新人類そのもの。
これだけなら、海外の原住民的な部族かな?と思うけど、見る限りは日本人に見える。でも目を引くのは彼らの肌が、緑がかっていた事だ。
1人の男性が前に出て、ついて来い。とジェスチャーする。
私たちは、それに従って歩いた。
四方を囲まれて逃げ道はない。まぁ逃げれないし逃げるつもりはないんだけど。
「僕たち、どうなるんですかね?」
ヒソヒソと江崎くんは言う。
「どうもできないでしょ。カメラに収めるチャンスよ」
彼らに連れられ、私たちは世界樹の根元まで来た。
大きなとても大きな木。
これが2年近くでここまで生長するなんて信じられない。
やっぱり、この木は宇宙から来たのね。
「江崎くん。カメラ」
と、私は言った。
カメラを向けようとする江崎くんに、男たちは槍を向け、撮るな。とジェスチャーした。
「だめみたいです」
「仕方ないわね。リポートもできない」
すると声が聞こえてきた。
「お客人。どうか分かってほしい」
それは明らかな日本語だった。
私たちの目の前、つまり巨大樹の方から発せられていた。
「こ、こんにちは。誰なんです?どこに?」
「ここだよ」
と、主が姿を現した。
木の皮が変化して、人の輪郭をなし、目とは口が開いた。
「こんにちは。ようこそ」
「ひ、人?」と、江崎くんは悲鳴にも似た声。
「さよう。私は、世界樹に飲まれた者の生き残りだ」
男性、歳は50代くらいかな。
そんな。まさか、生存者がいたなんて。
「あなた、あの事件の生き残りってことで良いんでしょうか?」
「ああ。そうなるみたいだね」
「他の人は、どうなったんです?何があったんです?」私は矢継ぎ早に質問し、ポータブルレコーダーを向けた。
「すまないが、そういうのもやめてくれないか?」
「どうしてです?」
「君たちは記者とかマスコミだろう?」
「そうです。北海道TV局のものです」
と、私たちは名刺を見せた。
「なるほど、北海道か。だからこそ。我々は通したのだ」
「何故ですか?」
「伝えてもらうためだよ」
「伝える?」
「我々は静かにこの地で生きたいだけなのだ。放っておいてほしい。それを世界に伝えて欲しい」
「ではなぜ撮影禁止なんです?」
「それは」
「それは?」
「それは」
ゴクリ。
「アガリ症ですぐ緊張しちゃうから!」
ガクッ。
「なんですか!それ」
案外茶目っけと言うか、変にギャグが言いたいのかな。この人。
「と、言うのは嘘だ。君たちの経験だけで記事を書いてほしい。画像や動画では、真実かは分からないから」と、真面目な顔で言った。
「言いたいことは分かります。なるべく公にはせずに物事を伝えるには、昔から文章ではありました。でも私たちはTVなんです。映像を見てもらわないと」
「だが、君たちも急にカメラを向けられれば、すぐに対応できるのかい?今も地面を撮ってるんだろう?」
それはちょっと痛い質問だったし、男たちが槍を上下させた。つまり、壊すと脅しているようなもの。
ここは穏便にしないと。
「江崎くん。カメラ切っ」
「切りました!」言い終わる前にカメラの電源を落とした。
「ありがとう」と、笑顔の男性。
「じゃあ江崎くん。メモを取ってくれる?」
「はい。えーと」と、紙とペンを鞄から出す。
「そうそう、君の質問はなんだったかな」
「あなたは、どうやって生き残ったんですか?この事故に生存者はいない。と聞いていたんです」
「そうだね〜どこから話そうか」
と、男が考え込んだ時だ。
ふいに彼は、左を向いた。目を細め、遠い目をして言う。
「また来たか。性懲りも無く」そうポツリと。
すると、キィィーーンと微かに聞こえ、それから何かが上空を掠めて爆発した。
「キャ!」
風圧で木々がガサガサと揺れる。
「何?なんなの?」
私たちを向いて、男は言う。
「お嬢さん方。今はどこかに避難した方が良い」
「なんなんです?」
「さあな。少なくとも、味方じゃないのは確かだ」
私と江崎くんは顔を見合わせる。
「なら、奴らをカメラに収めてくれ。我々を攻撃する者の姿を」
男はそう言うと、男たちを集めた。
何十、いや100人以上いるかもしれない。
それとどこかから来たのか。女性たちも現れた。
複数いる中の中心に、一際目立つ女性がいた。いや、まだ10代かも。
「'@g'tgmp'g.?@」と、聞きなれない言葉を発した少女。
すると、巨大樹から何か大きな物が、ゆっくりと現れた。
私たちからは見えなかった位置から姿を現したそれは、10メートル以上もある巨人いや巨像だった。
巨像は片膝立ちし、胸のコクピットを開く。少女は平気な顔をして乗り込んだ。
巨像は立ち上がり、フワリと浮かんで空へと向かう。
男たちは雄叫びを上げながら、巨像に続いた。
「何をしている!早く逃げろ!」
男は私たちに叫んだ。
でも、それでは引き下がれない。
私たちは、木の影の方に走った。
「江崎くん。カメラ回して」
「いいんですか」
「いいに決まってるじゃない!チャンスよ!」
お待たせしました。ようやく描けた第2話。
次回、第3話「戦闘フェイズ」




