序章
西暦1999年、ある予言が世界を震撼させた。
ノストラダムスの大予言だ。
「恐怖の大王が空から降ってきて人類は絶滅する。」
しかし予言は外れ、流行り病や戦争を経験しながら人類は今日まで生きている。
そうして西暦2999年。
恐怖の大王は、1000年の遅刻でもってやって来た。
発端は、宇宙ステーションの事故であった。
ステーション内で爆発が起こり、数多の破片が隕石のごとく地上へ降り注いだ。その衝撃は凄まじく、クレーターをいくつも作り、世界は混乱を極めた。
特に、巨大な破片が日本の東京湾に落下。埋め立て地を中心に半径約50kmのクレーターが出来上がり、多数の死傷者と建物の損壊が発生。日本は要である都市と政府を失ってしまった。
その後、クレーターからは植物が生え巨大な木へと生長するのである。
それが遅れてやって来た「恐怖の大王」なわけで。その後、日本は、世界は、変革が起こるのだった。
だがその前に記そう。何故この事故は起こったのかを。
それは3年前の西暦2996年、以前送ったJAXAの火星探査機「カグツチ」が、植物の種子とおぼしき物体を発見した事に起因する。
それから3年後、宇宙ステーションへの移送、その後ステーションで検査された後、ようやく日の目を浴びる事になるだろう。
この歴史的発見に皆が湧き立った。
これまで火星には、タコ型やカニ型の宇宙人がいる。とか、人工物に見えるのは目の錯覚である。とかまことしやかに囁かれていた。それに実際に足を踏み入れたり、現地の物質を回収及び解析をされてこなかった。
それは世界情勢があまりにも平和的で、かつ経済が不安定になり宇宙開発がろくに進まなかった事が関係している。加えて、技術発展も頭打ちになっていた。
ゆえに、宇宙に対し、人々の関心は薄れ、自身の身の回りや生活のみを優先していく。
科学力が発展して、これまで解析不能とされていたものが暴かれ始め、夢やロマンすら抱けなくなった人々に訪れた刺激の薄い日常。
疲弊していく変わり映えのしない毎日に、皆が虚ろな目で過ごしていた。
西暦2999年。そんな時に舞い込んだニュース。
「人類史初!探査機が回収した火星で発見された植物の種」
それは、西暦1970年にアポロ12号が持ち帰り、万博など披露された「月の石」を彷彿とされる盛り上がりを見せた。
今回も同じように「火星の種」として、イベントで公開。展示用のディスプレイ越しに何人もの人が眺めた。
ある者は珍しそうに。またある者は、こんなものか、と。各々思う所はあれど、人類の未来はまだあるんだと、希望を抱こうとした。
その後、種は東京湾に面した公園に植えられ、木へと生長し新たな観光名所が生まれた。
ある時は木漏れ日を、ある時は雨避けを提供してくれ、以降公園のモニュメントとして人々の生活を静かに末永く見守ってくれたのである・・・。
とは、ならなかった。
現実はステーションでの事故が起こり、落ちた。
火星の種による観光等での収益化を図ろうとした政治家やお台場へショッピングを楽しみにしていただろう家族やカップルを巻き込み、ステーションは関東を消し飛ばし、その未来を潰えさした。
問題は、宇宙ステーションにて起こった出来事。
火星探査機「カグツチ」が3年をかけて、宇宙ステーションに種は運ばれた。
そこまでは順調であった。
ステーションで、種を拝見した宇宙飛行士たちは珍しそうに目を輝かせたり本当に種なのか訝しむ顔をする。
バスケットボール大の丸い岩が、回収カプセルに納められていたからだ。
それから、研究者たちが本物かそうでかいか解析を開始。
まずは、放射線等の検出を確認した結果、異常は見られなかった。
次に、MRI等を使用して内部をスキャン。
外部は、砂や泥が固まった約5cmほどの層で覆われており、その下は約3cmの繊維質の表皮、そしてその下は胚乳や胚軸、子葉などによく似た部分が確認された。
そう、それは地球の植物の構成と非常に合致しており、この事により火星は以前、地球と似た環境だったという証拠のひとつだと言えた。
しかし、なぜそれがこれまで発見されなかったのか・・・。
今までは岩と判断していたのか探査機の性能向上の恩恵か、はたまたセンサーの異常か。
なんにせよ、こうして発見されたことに興奮を抑えきれない研究者たち。
おもむろにドリルやグラインダーを取り出し、表面を削り出した。
早く中身を取り出し、この目で見たい。と、鼻息荒く。それは、私情と研究者としての本能から。そしてなにより仕事である。
いずれ来たる公開イベントにて、実際に民衆に見せるのだから、削り出しは当然行わなければならない。
研究者たちは、色々推察しながら作業を進める。
少しずつあらわになっていく火星の種。覆っている砂や泥の層から、内部を完全に密閉していた事が分かった。
砂や泥は粒子が細かいため、密閉状態を作り出し、乾燥や急激な気温の変化から種を守っていたのでは?
さらに、著しく水分の無い現状に、種は長期の休眠状態を維持させていた可能性がある。など。
つまり、真空パックに入れた種を魔法瓶に閉じ込め、冷蔵庫で長期保存していた事と同じと言える。
外部を取り除くとソフトボール大の種が明らかとなった。それを再びスキャンすると・・・。
より一層鮮明に映る内部。
種の内部を映すディスプレイには、少々乾燥が見られるが紛れもない生きた種の姿があった。
それから実際に中を確認すべく、慎重に種皮にメスを入れ胚乳の内部組織を一部摘出した。
それは驚くべきことに、糖が検出され、種が発芽するための栄養が十分にあることが分かった。
化石化しておらず、組織は生きてる。環境や条件さえ揃えば【発芽】する可能性がある。
皆口々に「ありえない!」と叫んだ。
驚きと興奮で、テンションは天井を突き破らんばかり。
そして、ある欲求が彼らを襲う。
発芽させてみたい!
本来ならば、今の状態を維持しつつお披露目。その後、十二分に研究してから発芽実験を行うべきなのだが・・・久々の獲物を前に、抑えが効かない彼らを止められる者は居なかった。
培養ポッドを用意し、水を含ませたスポンジの上に種を乗せた。
上から土を被せそして遮光シートで覆う。
傷んだり腐敗しない適正な温度と湿度を試行錯誤しながら発芽を待つことにした。
一通り作業を終え、種が入っている培養ポッドを中心に円となって研究者たちは各々満足そうにポッドを眺めた。
しかし、待ち時間が長引くと次第に我に返ってしまった。
ある者は嘆き、ある者は正当性を訴える。
「やはり今回は、発芽は見送るべきだった。次の種が見つかってからでも実験は可能だった」
「次が見つかる保証はない。下手に政府に渡してみろ。どんな扱いをするか分かったもんじゃない」
「あぁ取り返しのつかないことをしてしまった。国連や各国の政府には何と言うつもり?」
「チャンスは今しかなかったと考えるんだ。研究が長引けば、いずれ腐敗する可能性もある。そうなれば元も子もなくなる」
「簡単な話さ。ステーションの酸素や水分に触れて発芽しました。【火星の苗】と改めれば良い」
「発芽しなかったら?」
「そん時は、適当な石を当てがって、探査機の異常だったと言う」
「正気か?」
「なんにせよ、デカい種です。発芽するにも時間がかかるでしょうし、気長に待ちましょう」
そうして、議論を重ねながら数日が経過した。
、、、、、、、、、、、Y
皆の不安が積もる中、ついに芽吹いた。
緑色の双葉を持つ芽が、土から顔を出したのを確認したのは、植えてから4日目の朝を迎えた時であった。
研究者たちは、安堵し互いに抱き合い握手を交わす。
異例の生長スピードに驚きつつ歓喜する。と共に、今後の展開について頭を悩ませる事となった。
火星の「種」は、瞬く間に枝葉を形成し、培養ポッドでは手狭な勢い。
研究室に花壇を作るべく、植物実験用の土を大量に搬入し火星の「苗木」を移植した。また肥料として、人糞から作成した堆肥や、サプリメントなどの栄養剤を持ち込んだ。
そして、研究区画をこれまで以上に厳重にした。
これを見て、他の宇宙飛行士たちは不信感を募らせていた。
なぜなら、研究者たちは、発芽実験をこれまでひた隠しにし、報告を怠っていた。
表向きは、慎重に事を進めているため作業が遅れている。としていた。
日に日に生長する火星の木。
隠し通すのは難しくなっていく。
木は幹と枝葉より、蔦を四方に這わせ始めた。
「!?」
ある日、1人の研究者が様子を見に行くと彼は、驚愕した。
蔦が研究室全体に及び、通気口に伸びていたのだ。
どこまで伸びているかは分からないが、もしかしたらバレてしまうかもしれない。
彼が、刃物を持って蔦を切り落とそうとするが。
ヒュン!
「アウッ!」
火星の「木」は、防衛本能があるのか、蔦を鞭のように扱った。それから首に蔦を巻き付けると、締め上げた。白目を剥く研究者は、やがて意識を失った。
女性の悲鳴がこだました。
まるでB級映画のような光景が目の前で起こり室内はたちまちパニックに。
多数の蔦を振り上げる火星の木。それには、まるで意志があるかのように見えた。
他のメンバーは、この状況に各々の国や宗教、思想で持って思いつく驚愕の言葉を口にし、ようやく悟る。
「これはもはや、我々の手に負えない」と。
そして続けた。
「いっそのこと・・・。」
後の顛末は、ステーションの爆破と共に宇宙に消え去ってしまった。
ただ、爆破の余波が大き過ぎて、ステーション全体を巻き込んで大惨事となり、地上に降り注いだことは、紛れもない事実である。
そうして、巨大化し勢力を拡大した巨大樹。
もはや、伝説の顕現と言われ、世界では「ユグドラシル、世界樹」と呼ばれるようになった。
更になんと。新種の人類が観測された事は歴史的な出来事として刻まれる。
緑色の肌を持ち、原始的な暮らしをする新人類。
彼らは、地球人に対し敵意とも好意とも言えない態度をとっている。
それは、自分たちは初めからそこに存在し生活していた。と言った具合で、侵略したと言う認識は伺えなかった。
ゆえに、人類側ひいては日本は、自国を取り戻すべく、奪還作戦を敢行するのであった。