5, 異世界転移
『アマネ、夢ではないぞ』
容赦無く私の頭の中に放った声の主を見つめた。
夢じゃなきゃ何だと言うの? 大体にして犬のベガの声が私の頭の中に飛んでくるなんてもどう考えてもおかしい。
一人の時間が長すぎてとうとう私の頭はおかしくなってしまったのだろうか? そう言えば幻聴が聞こえる病気というのを聞いたことがある。確か精神病で統合失調症と言っただろうか?
ガーン! 私、精神病なの? だとしたらこの目の前の風景も変わってしまったベガの姿も幻覚?
『アマネ、某方は正常だ。精神病でもないぞ。アマネが今見ていることは現実だって言うことだ。さっきも言ったとおり、吾輩は聖霊獣でここは地球からみると異世界だと言うことだ』
一人でショックを受けているとベガは私の思い込みを覆した。
夢でもなければ精神病でもない……だとしたらこれは現実? 本当に私は異世界に転移してしまったというの? ベガの言葉が正しいならそう言うことになるけど、そう簡単に受け入れられる筈がない。
試しにほっぺたを抓ってみる。良く小説でも目にする夢か現実か確かめるためのベタな方法だ。
痛い……夢じゃない?
現実だということは理解できなくても、頬の痛みと実際に目の前で話すベガ、そして先ほどからずっと私の目に映り続けている風景は幻ではないようだ。とても信じ難いが受け入れざるを得ない……のかも知れない。
相変わらずフロントガラスの向こうは荒涼とした景色が広がっている。
色彩が乏しく灰色や茶色が支配し、乾ききった大地には良く見ると深い亀裂が走っているのが分かる。遠くには朽ち果てた数本の木々が所々に見えた。
空には灰色の雲が一面に広がり、重苦しい沈黙を感じさせる。
ベガが言う通りこれは現実……ではこの状況を受けてどうしたらいいのだろうか? 未知の世界に放り込まれたことに次第に恐怖心が顔を出すのを感じた。
とりあえず落ち着こう……落ち着かないけど落ち着こう……幸いにしてここには状況を把握しているベガがいる。まずはベガの話を聞いてから今後のことを考えよう。
「それで……これは一体どういう状況なのかしら?」
私は深呼吸して心を落ち着かせてからベガに尋ねた。
『見ての通りアマネも薄々感づいているとは思うが、其方はこのキャンピングカーごと異世界に転移してしまったということだ。霊元石にやっとマナが溜まり、アマネが指で撫でたことにより其方の中のマナエネルギーが伝わって霊元石が反応したのだ。クレハが以前このキャンピングカーに設置した霊元石がやっと力を発揮したわけだ』
何でもないことのように説明を始めたベガの顔を凝視して私は驚きを隠せず目を丸くした。
ベガの言っている事が全く分からない。いくら私があまり頭が良くなかったとしてもそのせいだとは全然思えない。
異世界……の意味は分かるが、マナとか霊元石とか未知の言葉が含まれている。クレハが設置したと今ベガは言った。と言うことはお母さんがこのキャンピングカーに何かをしたということ? 何でお母さんがそんなことを? それにここが異世界だとしてもそれを簡単に受け入れられるわけがない。
「いやいやいや、いくら何でも……それにこの世界に来てしまったのはお母さんの仕業とも聞こえたんだけど……いや、本当に全く意味分かんないんですけど!」
思わず声がデカくなるのも仕方ないだろう。
私は辛い現実から逃れるために度々ラノベの世界に意識を飛ばすことが多かった。特に異世界ものはよく読んでいた。
でもまさか自分が? せっかく目の前の状況を受け入れ始めていたのに私の中に「やはりこれは夢では?」という考えが再び浮上した。なのに……
『夢ではない』
そんな私の思いを断ち切る様にベガの声が頭の中に飛び込んできた。
「夢……じゃない……としても何で? 何で異世界に転移してしまったの? もう元の世界にもどれないの? これじゃあお母さんが帰ってきても会えなくなるじゃない!」
もう二度と母に会えないかも知れないという不安が頭を過ぎり、涙が滲んできた。
例え、母の失踪から五年も経過しているとは言え、亡くなった訳ではないので必ず母に会える前提で生きてきたのだ。その前提が覆されるとしたら私は何を支えにこれから生きていけばいいのだろうか?
キャンピングカーで母を捜す旅に出ることをずっと考えていた。このままこの世界に囚われてしまったら、母を捜すことは不可能に思えた。私はこれまで叔父の家で耐えた日々を思い出し、涙を浮かべながら抗議した。
『落ち着くのだ、アマネ。そもそもクレハはもう地球にはいない。五年前のあの日、この世界に召喚されたのだろう。元々クレハはこの世界の人間だ。もちろん吾輩もこの世界の者だが』
またまたベガが意味不明の言葉を発する。
召喚? よく異世界もののラノベの中では召喚魔法で異世界から聖女や勇者を召喚した内容のものがあったけど、あの召喚?
『いかにも、その召喚で合っている』
さっきから思っていたけど、ベガって私が考えていることが分かるの?
私はベガの金色の瞳に真っ直ぐと目を向け心の中で尋ねた。
『当然だ。吾輩はアマネの守護聖霊獣故』
ますますベガの言っている事が分からない。そもそも守護聖霊獣って何よ。さっきから意味不明な言葉を使うのはやめて欲しい。
『アマネ、いいか? 一から説明する。先ずはアマネは黙って聞くのだ。やっと吾輩の言いたいことが伝えられるようになったんだ。吾輩とクレハが何故この世界から地球に異界越えをしたのかをアマネは知っておくべきだろう』
ベガがゆっくりと私を諭すように話す。
「分かったわ、ベガ。あなたの話を聞かせて頂戴」
どうやらベガはこの状況を説明できるようだ。どんなに否定してもこの状況がどうにかなるわけではないと私は覚悟を決めて、これからベガが話すことに耳を傾ける事にした。
ベガの落ち着いた声が私の頭の中に届く。それはまるで架空の物語を聞くように俄には信じられない話であろうことは確かだ。
けれど、現実にいま起こっていることを思えば抵抗なく受け入れることが出来るのではないかと思う。たとえそれが小説の中の出来事の様に思えても。
『さっきも言ったとおり、そもそも吾輩とクレハは地球の者ではない。約二〇年前、戦渦を逃れるために転移魔法でこの世界から地球へ異界越えしたのだ。最も、最初から目的地を地球にしたわけではなかったがな』
私が話を聞く準備を整えると、それを待っていたかのようにベガが昔語りを始めたのだった。
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