41、召喚
三人称クレハ視点です。
「うーん、これで完成ね。多分大丈夫だと思うけど、霊元石の色がまだすっかり戻ってないからあと数年は待つ必要があるわね」
地球から消える数時間前、クレハは自宅のガレージで眠っているキャンピングカーを改造していた。
「欲を言えばもっと付けたい機能はあるけど、ここではマナが少なすぎて無理ね。向こうに行ってから色々付け足しましょ。今できる限りの機能は付けたからまぁ大丈夫でしょ」
クレハは車内を見回しながら満足そうに呟いた。
「さてと、ベガ。念の為、あなたにもこのキャンピングカーについて教えておくわね。私に万が一のことがあったらちゃんとアマネに伝えるのよ。この世界にいる内は伝えられなくても向こうに戻ったら説明できるわよね」
「クゥン」
「うーん、万が一向こうに行く前に私に何かあったら、何とか頑張って伝えてちょうだい」
何とも無茶なクレハの言葉にベガは内心「伝えられるかっ!」と思っていたのだが、クレハの無茶なお願いは今に始まったことじゃないと半分諦めていた。
「オゥ」
それでも一言文句の声をあげるベガ。
「いい返事ね。よろしく頼むわよ」
都合のいい方に受け取るクレハ。
この世界に転移してからマナ不足のせいで言葉を話せなくなってしまったベガだったが、理解することはできていることをクレハは知っていた。
だからクレハはそれをいいことにいつも一方的にベガに自分の要望を伝えていた。
クレハ自身も自分の体内を巡るマナが大分薄くなっていることに僅かな不安を抱き、自分が倒れた時のことを常に考えていた。
アマネが将来運転免許を取ったら、このキャンピングカーに乗って旅に出ようといつも彼女に言っていたが、果たしてその時まで自分が元気でいられるかどうかクレハにも自信がなかった。
本当はクレハが免許を取ればいいのだが、次第に弱っていく体ではいつまで集中力が続くかどうか不安があったのだ。
アマネは単にクレハが旅行に行こうと誘っていると思っていたのだろうが、クレハの中ではそれは自分の故郷である異世界に飛ぶことを意味していた。
「あら、大変、随分日が落ちてきたみたい。そろそろアマネが帰ってくる時間ね。夕飯の支度をしなくちゃ」
いつの間にか薄暗くなってきた車内にやっと気づいたクレハは急いでガレージを後にした。アマネが運転免許を取るまでの時間はたっぷりあるのに、なぜかクレハは今日中にキャンピングカーの改造を済ませなければならない衝動に駆られたのだ。
「すっかり遅くなっちゃたわ。アマネがお腹を空かせて帰ってくるのに間に合うかしら?」
そう呟きながら家の中に戻ったクレハはリビングを通って、キッチンに足を踏み入れる寸前でぞくりとした感覚に肌が粟立った。
「なんだろう? ざわざわする」
いつもと変わらない部屋。
なのに何かが違う。
用心深く周囲を見回すクレハ。
その時、静寂の中でクレハは全身に鳥肌が駆け上がるのを感じた。
部屋の中は暖房が効いているおかげで寒くはないはずなのに……
クレハは腕をさすりながら、警戒する。
「何か来る!」
そうクレハが叫んだ刹那、足元に光が広がった。
光は魔法陣を描きながら広がり、徐々にその光は強くなる。
それを見たベガがクレハの元に駆けてくる。
「ベガっ! ダメっ! 魔法陣の中に入らないで! あなたはここに残ってアマネを守って!」
クレハの言葉にベガは立ち止まる。
ベガにアマネを託した事に僅かな安心感を抱いたクレハだったが、魔法陣の光が目を開けていられないほどに強くなり、体に浮遊感を覚えた。
体が引き寄せられる感覚はこの世界に転移した時と同じだと思った瞬間、クレハの目に石造りの薄暗い大広間が映った。
部屋を見回すと、石壁に施された古びた燭台の先で青白い炎が揺れていた。時折り壁の隙間から吹き込む風で炎が震える様子は、一層部屋の不気味さを強調している。
大広間の中央に立つクレハは、見覚えのない場所に不安を覚えた。足元を見ると、自分が魔法陣の上に立っていることが分かった。淡い青光が禍々しく渦を巻き、それをかき消す様に一陣の風が吹くとさっきまであった魔法陣が大気に吸い込まれていった。
「ここは……どこ?」
初めて見る場所にクレハは恐怖を感じ声が掠れた。
天井が高いせいか僅かな音も反響し、自分の声にさえも恐ろしさを覚える。
寒いわけでもないのにぶるりと体が震え、自分自身の体を抱きしめた。
「ようこそ、我が城へ……」
クレハの耳に届いたのは地の底を這う様な低い声だった。
声のした方へ顔を向けるとそこには黒いローブを身に纏った何者かが立っていた。右手には真っ黒な杖が握られ、その表面には何らかの無数の刻印が施されている。先端には紫に光る石が今仕事を終えたかの様に明滅していた。
ローブは足元まで流れる様に広がり、フードを深く被っている。顔が全く見えないため、男かも女かも分からない。
クレハは恐怖のあまり声を出すことができない。
すると、首元でかちゃりと小さな音が聞こえた。
ハッとして、自身の首に手で触れるとと何やらリングの様な物がかけられたことが分かった。
「これは何……? なぜこんなものを?」
意味が分からないクレハは、自分の首にリングを嵌めた者が誰なのか探す様に当たりを見回す。すると、いつの間にか自分の後ろに一人の男が立っていた。
筋肉質でがっちりした体つきは、クレハの父であるクナトを思い出させた。暗緑色の髪に翠緑色の瞳はレーナ一族の特徴と一致している。年齢はクレハとそう変わらない様に見えた。
だが、男の瞳は濁り、焦点が定まらないまま中を彷徨っている。魂が抜け落ちたかの様に肌は青白く血の気が引いていた。
懐かしさを感じるのに知らない顔に見えるのは単に、男の顔色のせいなのか、長い間この世界から遠ざかっていたせいで忘れてしまっただけなのか?
クレハが疑問を胸に抱きながらその男をじっと見る。すると、男の首にもリングが嵌められていることが分かった。よく見るとリングには小くて丸い黒緑色の石が三つ程付いている。クレハはその事に気がつくと、自分の首に嵌められたリングを確かめる様に手で触れてみた。
クレハに嵌められたリングにもぽこっとした丸い物が付いている。男の首に嵌められているのと同じ物の様だ。
(もしかして……霊元石? いえ、似ているけど違う? 色が普通の霊元石よりも黒っぽい? この石は何? なぜ、こんなものを……? もしかして……この人の目が虚ろに見えるのはこれのせい?)
「あなた、この人に何をしたの?」
クレハは黒ローブを睨みつけた。
「その男はもはや私の操り人形さ。心配するな。今すぐお前も同じ様になるのだから」
(私も同じ様に……? やっぱりこの首に嵌められたリングのせい?)
クレハは目の前のローブの声にハッとして自分の首に嵌っているリングに手を沿わせる。
「そのリングが気になるかい? それはお前達レーナ一族を操るための魔導具。お前達に私の魔法は効かないからねぇ。長年の研究でその特別な霊元石を施せばお前達にも効果があると分かったのさ。だが少しタイムラグがあるからちゃんと効果が出るまで時間を要する。さて、お前はいつまで正気でいられるかねぇ」
「私をレーナ一族と知っているなんて、あなたは誰? そのフードを取りなさい!」
「元気がいいねぇ。そんなに私の姿が見たいのかい? いいだろう、この醜い姿を見るがいい」
目の前に立つ黒ローブを被った何者かはゆっくりと顔を覆っていたフードを取り払い、その顔を顕にした。
青白い灯りに照らされたその姿は長い年月と共に生きたきたと簡単に想像できる様な年老いた女性に見えた。
クレハは驚きに目を瞠った。
顔中を時の流れが刻んだ無数の皺が覆い、皮膚はカサカサに乾燥してまるで枯れた樹皮の様にひび割れている。
たるんだ瞼に、目尻の皺はまるで蜘蛛の巣の様だ。唇の端が皮肉めいた様に微かに上がっているが、口元には深い縦皺が刻まれている。
すっかり薄くなった白髪は、ふわりとした綿菓子の様に頭を覆い嘗ての髪色さえ窺い知ることはできない。
「魔女……?」
クレハはそのあまりの姿に物語の中で見た悪い魔女の姿を重ねたのだった。
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