38、守られるべき者
「さて、それじゃあ前は急げだ。明日レーナの郷へ出発するとしようか?」
「ああ、それでいいかい? アマネ様?」
ササラさんの決定を受けてマナトさんが私に確認する。
どうやらこの夫婦の主導権はササラさんにあるようだ。
ササラさんは微笑みながら私の返事を待っている。
「はい、私は構いません。レイトにも先ずは郷に帰ると話してみます。ずっと郷を恋しがっていたからきっと喜ぶと思います」
「そうか、レイトには可哀想な思いをさせてしまったからね。これから郷を復活させて辛い記憶を払拭してやろう」
「そうですね。私はレーナの郷に行ったことはないけど、とてもいい所だったと聞いています。とは言っても、侵略された時のままなんですよね」
「ああ、そうだな。だけど、レーナの郷の建築物は霊元石礦床が解放されれば霊元湖のマナエネルギーで自動修復するんだ」
「えっ? 自動修復……?」
私はササラさんの言葉にぽかんと口を開けたまま固まった。
映画の逆再生の様に壊れた建物が元に戻っていく様子を想像する。
そんなのって有り? まるで異世界みたいな……
あっ、ここって異世界だったわ。
「アマネ様、そんなに驚くことないよ。レーナの郷は女神レーナの創造物だと言われている。あの郷を消滅させることができるのは創造した女神レーナだけだろうね」
私には到底信じられないことをマナトさんは当然だのことの様に言った。
「でも、クラメイル帝国はレーナの郷……と言うか、霊元石礦床を手に入れるために侵略したと聞いたわ。このままレーナの郷に行っても大丈夫かしら?」
「心配することはないよ。おいらの遠見で確認したら、さっきシルマが言っていた通りクラメイル兵が無限樹海に出入りする様子も見えなかったから、もう戻っても問題ないと思うよ」
「そりゃあそうだね。レーナの郷は無限樹海の奥にあり、普通の人間にとってあそこにとどまるのはかなり過酷だろうからね。レーナの郷へもレーナの血を引く者の許可がないと入れないしね」
「そう……なんですね」
私はササラさんとマナトさんの話で益々レーナの郷への興味が湧いた。
いよいよ明日レーナの郷に向けて出発する。
どんな場所なのだろうか? 本当に私の力は役に立つのだろうか?
期待する半面、心の中に不安が広がる。
今まで何もできなかった過去の出来事が鮮明に浮かび上がってくる。どんなに頑張ってもいつも上手くいかなかった過去が重い鎖の様に私を縛り付けている様に感じた。
「どうしたんだい? アマネ。何か心配事でもあるのかい?」
ササラさんの言葉に一瞬言い淀む。
「……私、ちゃんと役に立てるのかなぁ?」
ポツリと心の言葉が漏れ出た。
俯いていると、不意に両頬を温かな手のひらで包まれた。
「役に立たないなんてことはない。この世界に役に立たない人間なんていないんだ」
顔を上げるとササラさんの翠緑色の瞳が優し気に私を見下ろしていた。
ああ、その瞳と同じ眼差しを知っている。それに言っていることも似ている。私のお母さんと……
「アマネ、あんたはこの世界に来て、レイトの守りのクリスタルを解除して、それからレイトを守らなきゃならないとずっと気を張っていたんだろう? でも、本当はアマネだって守られるべきなんだ。女の子でしかもカイトと同じくらいの年なんだろうからね」
え? カイトっていくつ? 確か、七才の時に守りの結界で眠りについたって言ってたわね。八年前に解除されたと言っていたから……たぶん、十五才よね。
「えっと、私十八才なんだけど……」
「えっ? 本当に? 同い年か俺より年下だと思っていた」
私の呟きにカイトが驚きの声をあげる。
ガーン! 失礼ではないか? いくら私が童顔で小柄でもまさかの年下認定とは……
「そっ、そうか。でも、やっぱり女の子なんだから守られる立場なのは変わりないよ」
私が心の中でショックを受けていると、ササラさんが動揺しながらも何とか言い繕った。
地球にいた時からいつも若く見られることが多かった。ひどい時なんて中学生に間違えられることさえあったのだ。今更レイトに失礼なことを言われても何ともないと自分に言い聞かせた。
「アマネ様、ここには予備の部屋がいくつかある。レーナ一族の者が見つかった時のために用意しているんだ。そこで今日は休んで体を休めるといいよ」
ササラさんの言葉で少し立ち直ったのに再びどんよりする私に、マナトさんが気を遣って声をかけてくれた様だ。
「ありがとう、マナトさん。そうさせてもらうわ。何だか疲れちゃったみたい。そういえば、レトはどうしてるかしら?」
「モエギの部屋にいると思うから、アマネ様の部屋に後で連れて行くよ」
私はマナトさんの言葉に安心すると、予備の部屋に案内してもらった。
私が案内された部屋はさっきいた部屋よりも少し小さめだけどレイトと一緒に寝るには十分な広さのベッドが置かれてあった。床にはさっきの部屋と同じ様な橙色の絨毯が敷かれている。もしかしたらこれもモエギちゃんのおかげかも知れない。
それだけではない。きっとこの部屋や他の部屋の家具などもモエギちゃんの力が加わっているのだろう。
そう考えるとモエギちゃんの時操の力は本当に有用だ。
コンコン……
ベッドの横にある二人がけのソファーに座り、ぼんやりしていると部屋にノックの音が響いた。返事をすると、マナトさんがレイトを連れて来てくれた様だった。
「アマネ、モエギにクランのクッキーを貰ったんだ。とっても甘くて美味しいの。アマネの分もあるよ」
レイトが私の姿を見ると嬉しそうに駆け寄って来てギュッと抱きついて来た。
かっ、可愛い……
私もレイトを抱きしめて頬擦りする。
ふっくらほっぺはとても柔らかくてまるでふわふわの羽毛に触れている様だ。ほんのり暖かくて小さな命の鼓動が伝わってくる。
純真さと無垢さを兼ね備えた私の天使……
自然と笑みが溢れ、私の卑屈な心を癒してくれる。
「レイト、ササラさんたちと一緒に明日レーナの郷に向かうことになったの」
静かな声で伝えた私の言葉をレイトはすぐには理解ができなかった様にきょとんとした顔で私を見つめた。
「レーナの郷……? ほんとう? アマネ、ほんとうなの?」
やっと私が言った意味が理解できた様にレイトは嬉しそうな声をあげた。
「ええ、もちろん本当よ」
「やったー!」
子供らしく飛び跳ねて喜ぶレイト。そんな様子を微笑ましく見ていると、ドアの外から声が聞こえた。
「アマネ様、お腹空いただろ? 夕飯の用意ができたからみんなで食べようじゃないか」
マナトさんの声で私はもうそんな時間なのだと気がつくと共に、途端にお腹の空きを感じたのだった。
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