36、伝説の一族
「え? ササラさんとマナトさんって冒険者だったんですか?」
「ああ、そうだよ。旅をしながらできる仕事なんて冒険者しかなかったからね」
私はこんな時なのに「ササラさんがファンタジーの定番冒険者だったなんて、カッコイイ!」と思ってしまった。
「私たちがこの町でしばらく住むことにしたのは、懐かしい顔と出会えたのが一番の理由さ」
「懐かしい顔って……レーナ一族の人?」
「ああ、そうだ。私を姉の様に慕っていたイブキ、モエギの母親だよ。私とクレハとそしてイブキはいつも一緒に過ごし、まるで三姉妹の様に仲が良かったんだ。彼女は三人の中では一番大人しい性格だったけど、いつもニコニコしていてそこにいるだけで周りに安心感を与える様な子だったよ。」
「モエギちゃんってササラさんの子供じゃなかったのね。それで、モエギちゃんのお母さんって……どうなったの? さっきササラさんを『母さん』って呼んでいたところを見ると、もしかしたら……亡くなったの?」
首を左右に振って私の問いに答えたササラさんに一瞬ホッとした瞬間、
「いや、分からない……クラメイル帝国の兵に連れ去られたままなんだ。もう随分昔のことだよ。護りの結界が発動していれば生きているとは思う……」
と、ササラさんは顔を歪めて苦しそうに呟いた。
「なぜそんなことに?」
「私たちがこの町に辿り着いて一年ほど経った頃だろうか……クラメイル帝国の皇族が兵を引き連れてこの町にやってきたんだ」
「兵を引き連れて? だってここだってクラメイル帝国の一部なんでしょ? 自国内なのにどうして?」
「この地は辺境とはいえ豊かな土地だった。マナが次第に薄くなって行く中でも自然の加護を受けたようにこの場所は他よりもマナエネルギーの濃度が高かったんだ。それを知った皇族がこの地を自分たちの直轄地にしようと考えた」
「そんな……だって自分の国じゃない? 何も争わなくても……」
「ああ、そう思うよね。でも、この国は他者から奪うことによって大きくなってきた国なんだ。レーナ一族とは考え方が根本的に違う。レーナ一族は与えることに喜びを感じるからね。彼らと私たちの考えは違いすぎるからお互いに相容れることはないんだ」
「そんな……でも、話し合えば……」
「アマネ、話が通じない相手はどこにだっているんだよ。それに彼らはイブキを欲した。この辺境の町の領主の妻になったイブキを。レーナの一族を妻に迎え入れたと言う情報を得た皇族がイブキを手に入れようと動いたんだ」
「え? イブキさんが領主の奥さん……と言うことはモエギちゃんは領主の娘さん? 貴族のお嬢様ってこと?」
「ああ、そうだ。本来ならお城で蝶よ花よと育てられるはずだったんだ。最も、お城は破壊され、町だって今は形すら残ってないけどね」
ササラさんは少しだけ苦笑いを浮かべた。その裏には隠しきれない心の痛みと哀しみが滲んでいる。
この地に足を踏み入れた時の風景を思い出す。
激しい争いの記憶を抱えている様に瓦礫や砕けた建物はその痛ましい過去を刻んでいた。
ササラさんの気持ちが伝わり僅かに胸の奥に痛みが走った気がした。
「イブキはね、この先にある森で倒れていたところをちょうど狩りに来ていた領主が助けてくれたそうだ。ここの領主はクラメイル帝国中央の貴族と違って選民意識を持っていなかったんだ」
ササラさんの話によると、嘗てここには辺境の町シエンがあったと言う。豊かな自然に恵まれ、帝国の外れにあるが故に国から隔絶された独自の文化と生活が息づいていたそうだ。
地元の農家が育てた野菜や果物、町民手作りの工芸品、そして、この地に隣り合う様に存在する森で採れた木の実や薬草、蜂蜜、きのこなどの自然の恵みは豊かさをもたらしていたと言う。
更に森には貴重な魔獣や動物たちが生息し、冒険者たちの恰好の狩場となっていたと話す。
「そうだね、どこかレーナの郷と似ている感じだったよ」
懐かしそうに目を細めるササラさんはレーナの郷を思っているのか、嘗てここに存在し栄えていたシエンと言う町を思っているのか分からなかったけどその瞳には哀愁が漂っていた。
もう二度とは戻らない昔に想いを馳せる様に……
領主は町を犠牲にしてまでイブキさんを守ろうとしたそうだ。そんな領主を慮ってイブキさんはクラメイル帝国兵に名乗り出た。生まれたばかりのモエギちゃんをササラさんに託して。
「モエギはね、その時生まれたばかりで、イブキに託された時は既にクリスタルに包まれていたんだ」
俯きながらササラさんは言葉を押し出すように言った。握った手と同じ様に震える声で……
赤子は母親の祈念によって守りの結界が発動されるのだとササラさんが説明してくれた。自分の意思を明確に表示できない赤子故に母親が媒介となってその命を守られるのだそうだ。
この町の領主はササラさんたちにこの地下室を提供してくれた。ササラさんの息子カイトと共に彼らの娘であるモエギちゃんを守ってもらうために。
元々この地下は領主の城とこの町の外れに続き、万が一に備えた時の秘密の通路だったそうだ。途中には水の供給場所や食料を保管するための貯蔵室としばらく隠れる為に用意された小部屋があるのだとササラさんが言った。
その後、領主はイブキさんを取り戻すために帝都パーセルへ向かいその途中の町でクラメイル帝国の兵たちに討ち取られたそうだ。
邪魔する領主を排除したクラメイル帝国の皇族はこの土地から全ての資源を奪おうとした。だが、逆らう者達を容赦無く排除するやり方に憤慨した住人達は最後まで抵抗し、その為に多くの者が亡くなったそうだ。町中は内戦状態となり、最終的には豊かだった辺境の町シエンは壊滅状態に陥ったそうだ。
「私たちはモエギとカイトを守るだけで精一杯だった。ここへの入り口を私の幻術で隠し、マナトの遠視でこの町を監視しながら戦いが鎮まるのをじっと耐えながら待った。何度も加勢に行きたくなる衝動を抑えながら……」
「おいらは遠視でその様子を見ていることしかできなかった。自分に何もできない無力感が胸を締め付けるのを感じながら……おいらはササラと共にイブキと領主に託されたモエギを守ることで恩に報いるんだとずっと自分に言い聞かせていたんだ」
ササラさんの言葉にマナトさんが補足する。今まで穏やかだったマナトさんの声は、打って変わって地の底から絞り出す様に苦し気だ。
自分自身の不甲斐なさを責めているのかも知れない。
「戦いが終わり、見る影も無くなった町を見て私たちは絶句した。それでも、私たちは決断しなければならなかった。カイトとモエギを守り、レーナの郷を復活させると。そして、できるならばモエギの母親であるイブキを助けると」
「おいら達はほとぼりが覚めるまでカイトとモエギをこの地下に眠らせておくことにしたんだ。その間レーナ一族を探すことにしたんだよ」
「マナトの言う様に私たちはクラメイル帝国中を探し歩いた。でも結局誰も見つけることが出来なかったんだ」
ササラさんとマナトさんが残念そうに俯いた。
「時が経つにつれて、私たちレーナ一族を探す気配を感じなくなって来た。きっとクラメイル帝国皇帝の世代交代により、レーナ一族のことは忘れられていったのかも知れない。それでも万全を期して私たちはしばらく様子を見ることにしたんだ」
「そう言えば、カイトとモエギの守りの結界を解除しようとしていた時だっけ。伝説の一族の話を聞いたのは……」
「伝説の一族?」
ササラさんの話の後に放ったマナトさんの言葉に私は首を傾げた。
「ああ、そうだったね。あの時は驚きのあまり笑ってしまったよ。どうやら私たちレーナ一族は伝説になってしまったらしいってね。嘗てこの世界には神の寵愛を受けた一族が存在して、その一族は緑色の石をマナエネルギーに変えることが出来たっていうのは合っているけどね」
「おいらも驚いたよ。更にその一族は神から授かりし力で人々に幸運をもたらすなんて、まるで神の使徒の様に伝えられていたんだからね。まあそれはきっとレーナ一族が持つ特殊能力のことなんだろうけど、幸運をもたらすかどうかは断言できないよな」
神の使徒……
ササラさんとマナトさんはそれを否定する様に言うけど、私はあながち間違ってはいないのではないかと思ってしまった。
「まあ、それはともかく伝説になる程時が過ぎてしまったなら、そろそろレイトとモエギの護りの結界を解いても大丈夫だと思ったんだ。それに私たちも長命とは言え、大分年を取ってしまったからね。それがだいたい八年前位だったかな」
「ああ、そうだなカイトが今十五才、モエギが八才だからそれくらい前だな。その時からしばらくの間、おいら達は慣れない育児に奮闘していたなぁ」
「カイトは相変わらず生意気で、モエギはまだ赤子だったからな。でも、レーナ一族を探していた時よりも充実していた気がするよ」
「ああ、そうだな」
二人は昔を懐かしむ様に遠い目をしたのだった。
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