34、マナトの家族
マナトさんの話に耳を傾けていると扉の向こうから二つの足音が聞こえた。
「マナト? ギエナが聖霊獣の気配を感じ取った。それに塀の外の妙な乗り物はクレハかもしれない」
いきなりドアを開いて大きな声を上げながら入ってきたのは、赤い髪を高い位置で結い上げ使い込まれた革製の鎧を身に纏う四〇代くらいの女性だった。
翠緑の瞳……髪の毛の色は異なるけどその瞳はレーナ一族の特徴を示していた。
「ああ、やはりベガか……それにシルマも」
女性はベガとシルマを真っ先に見て嬉しそうに破顔した。
『ササラか? 今マナトに其方との馴れ初めを聞いていた所だ』
『ササラ、よかったのう。結局お主らが結ばれて何よりじゃ』
「あははっ、ベガもシルマも久しぶりだね。今更マナトとのことなんて照れるからやめてよ。それよりクレハは?」
「ササラ、まずは落ち着け。嬉しいのは分かるが順序というものがあると思うのだが」
マナトさんの言葉にハッとするササラさん。
「えっと、そうだね。ごめんごめん。えっと、君はクレハに似ているけどクレハじゃないってことはクレハの娘じゃないかい?」
「はい、クレハの娘のアマネです」
早口言葉のような質問に私は反射的に答えた。彼女がマナトさんの話に出てきたササラさんの様だ。
ササラさんの口調からするともしかしたらササラさんはお母さんと親しかったのかも知れない。
「そうか、私はササラ。よろしくね、アマネ。クレハは私にとって妹のような存在だったんだ。だからアマネは私の姪ってことになるね。それと、レイト! あーん、相変わらず可愛い! ……けど、百年前からあまり成長していないわね。でも、可愛いからまあいっかぁ」
ササラさんが悶えながらレイトを抱きしめ、頬擦りする。
いや、可愛いけど、確かにレイトは可愛いけど、成長していないことを「まあいっかぁ」の一言で流してしまうのはどうかと思う。
どうやらササラさんは細かいことにあまり拘らない性格なのかも知れない。そう言えば、マナトさんのことも簡単に許してくれたと言っていたわね。
レイトは「ササラだぁ〜」と言ってササラさんにされるがままだ。ササラさんの頬擦りに嬉しそうに「ササラ、くすぐったいよ〜」と肩を竦めている。
「あれ? クレハはどこ? あの表にあった妙な乗り物は多分クレハが製作したんだと思うんだけど……」
「えっと、あのキャンピングカーは母が製作したわけではないんだけど、改造したのは母に間違いないと思います。でも……母はここにはいなくて……」
「ふーん、どうやら色々と事情がある様だね」
ササラさんの疑問に答えると彼女は考え込む様に呟いた。
「母ちゃん、少しは荷物運ぶの手伝ってくれてもいいんじゃない?」
暫しの沈黙を破ったのはドアの方から聞こえた低くて怠そうな声だった。
ササラさんの後ろから顔を覗かせたのは、私と同じくらいの年の赤髪に翠緑の瞳の青年だ。顔はササラさんにそっくりなので親子であることは間違い無いだろう。全身真っ黒な服はまるで忍者の様でササラさんより背が高くスラッとしている。
肩にはマスコットの様に黒いカラスが止まっていた。目が赤いから普通のカラスではないのは確かだ。きっと聖霊獣に違いない。
「ああ、ごめんごめん、カイト。ギエナが聖霊獣の気配がするなんて言うもんだから居ても立ってもいられなかったんだ」
ササラさんが全く悪いと思っていない感じに軽く謝った。
「ったく、あれ? 君たちは……」
「あっ、カイト、彼女はクレハの娘のアマネ、そしてこっちがタクトの息子のレイトだ。アマネ、私とマナトの息子、カイトだよ。で、カイトの肩に止まっているのが私の聖霊獣のギエナ。よろしく頼むよ」
「クレハとタクトってあのレーナ族の首長の娘と息子だと言う? へぇ、クレハの娘とタクトの息子かぁ」
バシッ!
ササラさんの手のひらがカイトの頭を引っ叩いた。
「カイト、クレハ様とタクト様だろ? 呼び捨ては失礼じゃないか?」
「なんだよ。母ちゃんだって呼び捨てじゃないか!」
「私はいいんだよ。私とクレハは姉妹の様に育ったんだ。タクトも私の兄貴の様な存在だから問題ない。でも、あんたは違うだろ」
「なんだよ、叩くことないだろ、暴力ババァ……」
「なんだって? 今なんて言った?」
「いえ、なんでもありません」
私たちの目の前で繰り広げられる親子喧嘩……
話に入る隙間もなく私たちはただぽかんと見ているだけだった。
傍では、いつのまにかカイトの肩から離れたカラス……ギエナがベガとシルマの側に移動していた。お互いに再会を喜び合っている様に見える。
「はい、はい、君たち。せっかくレーナの仲間に会えたんだからその辺りにしようね」
マナトさんがササラさんとカイトを宥めた。
「悪いね、アマネ様。いつも二人はこんな感じなんだ。さあ、二人とも椅子を持ってきて座ってくれないか?」
マナトさんの発した言葉を受けて、ササラさんとカイトが他の部屋から木製の椅子を持ってきて座ると、私は今度はササラさんとカイトにこれまでのことを話した。
「そうかぁ、アマネも色々苦労したんだねぇ。それにレイト、あんたはえらいよ。こんなに小さいのによく頑張ったね」
ササラさんは考え深げに溢した後、レイトの頭を優しく撫でた。ササラさんの瞳が潤んでいる様に見えるのは気のせいでは無いだろう。
私だってレイトが被ってきた理不尽な出来事を知った時は号泣したのだ。しかもササラさんは子供を持つ親である。自分の子供とレイトを重ねれば涙が出そうになるのは当然だと思えた。
「レイト、これからは私達もついているよ。だからあんたはこれからすごく幸せになるんだ。タクトが死んでしまったのは残念だけど、その分私達があんたを守るからね」
ササラさんはレイトを優しく抱きしめ、レイトはその温かな腕の中に身を委ねている。
レイトを守ってくれる人が増えたのは嬉しい反面、「私のレイトなのに」と言う小さな嫉妬心が頭を擡げるのを感じた。
レイトの肩がピクリと震えた。
「アマネ、アマネもずっと一緒だね」
私のことを見ていなかったのに、私の気持ちが漏れたのだろうか? 私を気遣う様なその言葉に自分を恥じ、小さな嫉妬心は霧散した。
レイトはササラさんの腕の中からすり抜けて私に抱きつく。私の背中に回した小さな手は私の心に瞬く間に温かさをもたらした。
「じゃあ、おいらの話に戻っていいか?」
「マナト、あんたどこまでアマネ達に話したのさ」
「えっと、おいらとササラが結婚してマナトが生まれたところまでだ」
「ふーん、じゃあこっからは私が話すとしようか。あんたより上手く話せるだろうからね」
「ああ、そうだね。じゃあ頼むよ」
マナトさんがササラさんに話を委ねると、ササラさんはふと気がついた様にレイトの方に目を向けた。
「そうだ、レイト。ちょうど良かったよ。町で美味しいおやつを買ってきたんだ。モエギ、隣の部屋でレイトと一緒に食べておいで」
「おやつ? もしかして私の好きなクランのクッキー?」
「ああそうだよ」
「やったー! ありがとう、母さん」
ササラさんの言葉にモエギちゃんが嬉しそうに飛び跳ねる。ササラさんにとってあまり子供達に聞かせたくない話なのかも知れない。さりげなくレイトをこの場から遠ざけたのだということを察した。
レイトは少し不安気にしていたけど、シルマも一緒だと言うとモエギちゃんに促されてシルマと共に部屋を出て行った。
その様子を確認すると、ササラさんは遠い目をして昔を思い出す様に話し始めたのだった。
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