29, 可愛い勝負?
道なき道をナビに従い突き進む。道路がなくてもちゃんとナビが機能しているのが不思議だ。どこまでも茶色い地面が広がっているが、最初に来た時と違って所々に青空が見えることだけがいくらかマシに思える。
キャンピングカーを自動運転に切り替えた後、ソファーの上で眠るレイトの横に腰をかけた。
リアウィンドウから外を見るともう既に黒山の存在を確認することができない。
私の横で眠るレイトの顔はとても穏やかで、ついこの間まで魘されていたことが嘘の様だ。あどけない寝顔の子供を見ると自然と頬が緩んでしまう。
ガタガタと言う車の揺れに慣れてくると、次第にゆりかごの揺れの様に感じ、だんだんと瞼が重くなって来る。自分の頭の重みに時々覚醒しながら、夢と現実を行ったり来たりする。
「アマネ、起きて、何か見えてきたよ」
誰かが小さく耳元で囁き、私の意識を夢から切り離した。
外から注ぐ太陽の光を受けて緑銀の髪がキラキラと輝いているのがぼんやりと見える。
「ん……天使?」
そう認識した途端ハッとして、持たれていたソファーの背から頭を起こした。どうやらいつの間にか眠ってしまった様だ。
私の横に座る天使……レイトは私をじっと見つめている。彼は随分前に目を覚ましていたのかも知れない。
「レイト? どうしたの? 何かあったの?」
「うん、あのね。何か見えてきたよ」
レイトがフロントガラスの方を指刺して訴える。
その言葉に私はすぐに立ち上がり助手席と運転席の間からフロントガラスの向こうの景色に目を向けた。
乾いた地面にはところどころ低い草木が見え、最初この地に来た時よりもいくらか色味が増えていることに僅かながら安心感を覚える。よく目を凝らすと、レイトが言った通り遠くに何かが見えることに気がついた。どうやら何らかの構造物の様である。
「あれは……塀……かしら?」
私は徐々に形を持ち始めるその構造物を凝視しながら呟いた。
次第にキャンピングカーが近づくにつれ、それは木でできた塀であることがわかった。色褪せた板が不規則に並び、ところどころに隙間が空いている。風化してざらついた木肌が、長い間放置されてきたことを物語っていた。頼りない見た目の塀は、一陣の強い風が吹けば崩れて飛ばされてしまいそうだ。
「あら? このまま真っ直ぐ行ったらあの塀にぶつかってしまわないかしら?」
『それは大丈夫だ。この車には自動回避機能が付いており、障害物があると自動的に避けて進む様になっている』
ベガの言葉に安心する。
それにしてもあの塀の向こうはどうなっているのだろう? やはり人の居住地になっているのだろうか? もし誰か住んでいるのなら友好的な人達だろうか?
期待と不安でどうすべきか悩んでしまう。話が通じる相手だったらいいのだけれど……もし、攻撃的な人だったり、盗賊の棲家ということもありうる……
このまま迂回して避けて進んだ方がいいだろうか?
もし、このキャンピングカーの存在を知られたら襲われて強奪されたりしないだろうか?
ついつい悪い方に考えてしまうのは私の悪い癖だ。
『そう心配するな、アマネ。このキャンピングカーは、クレハとアマネが許可した者しか乗ることはできない。許可もなしに乗ろうとすれば弾かれてしまうから問題ない』
「え? そうなの?」
まさかの防犯対策にびっくりだ。
ならば何かあった時の場合はこのキャンピングカーに避難すれば大丈夫ね。
まあ、ずっと私たちが出て来るまで待ち伏せされたらどうすることもできないけど……
『では、先ずは吾輩が塀の向こうの様子を見に行こうではないか』
『ベガ、こういう場合は空を飛べる妾が行った方がいいのではないじゃろうか』
『いや、やはり足の速い吾輩が……』
『何を言っておる。空を飛べる妾が上から偵察した方がいいに決まっておる』
『上から行ったらすぐに気が付かれるかも知れぬ。小さくて可愛い吾輩が行った方がいいに決まっている』
『妾だって小さく可愛いぞ。じゃから妾が……』
私が考え込んでいると、何やら言い争いを始めたベガとシルマ。
どうやら彼らには迂回して進むという選択肢はない様だ。
まあ、私もせっかくこの世界で初めて見つけた人が作ったと思われる構造物である。初めてこの世界の住人に出会えるかも知れない機会をみすみす逃したくはない。
「ちょっと待って、この際小さくて可愛いとか関係ないから!」
私はエスカレートするベガとシルマを止める。
私がいつも小さくて可愛いと言うもんだから、ベガとシルマの中でいつの間にかそのことが優劣を定める基準になってしまった様だ。
それにしても何でこの二人はそんなに偵察に行きたがるのだろうか? さては……
「ふぅ、あなたたち、そんなにキャンピングカーに乗っているのが飽きたの?」
『いや、吾輩はそう言うわけではなく……アマネとレイトの安全を考えてだな……』
『妾とてそうじゃ……できるだけアマネとレイトから危険を退けたいと思ってじゃな……』
私の指摘に目を逸らしながら答える二人……二匹の聖霊獣。やはり、「飽きた」と言うのは図星らしい。
まあ、実は私もそうだからあまりこの二匹を責められない。
「そうね、じゃあベガに偵察に行ってもらおうかしら? 手乗りベガになればそんなに目立たないと思うのよ。シルマはレイトの守護聖霊獣だからなるべくレイトのそばにいて欲しいからね」
『手乗りベガ?』
あっ、心の中で思っていたことが言葉に紛れちゃった。でも、どうせベガは私の考えを読めるのだから今更ね。
「えっと、地球のお店に行った時に私の手のひらに乗るくらい小さくなったじゃない? あれくらい小さければきっとすぐに気づかれないと思うのよ」
私の言葉に納得したのか、ベガは光を纏い本当に手のひらサイズになった。
やっばり手乗りベガは可愛い。
『ふん、当然である。シルマ、やはり吾輩の方が小さくて可愛いぞ。吾輩の勝ちであるな』
ドヤ顔でシルマに言葉を放つベガにシルマは悔しそうに見えた。
ねぇ、あなたたち、何の勝負なの?
そう聞きたいのを飲み込み私はベガに塀の奥を偵察するようにお願いする。
「じゃあベガ、あの塀の奥に人が住んでいるか、その人たちは友好的かを確認してきてくれる?」
『我が主人の命、しかと承った。任せるがよい』
ベガは恭しく告げて踵を返したが、手のひらサイズの柴犬はただ可愛いだけだ。
「ベガ、気をつけてね」
レイトがそう言って手を振ると、小さな柴犬は片手を上げ敬礼する様なポーズを取った後、塀の方に駆けていった。
天使と手乗り柴犬が可愛すぎる……
その時の私は、心の中でその可愛さに悶えるあまり、悲しげに俯くシルマに気づかなかったのだった。
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