26, 隣の山田のおばあちゃん
玄関から外に出ると、門の方からこちらの様子を伺う人の姿が見えた。
「山田のおばあちゃん!」
私は懐かしい顔に思わず叫んだ。山田のおばあちゃんとは、隣に住む山田さん家のおばあちゃんのことだ。そのまんまで何の説明にもなっていなけど昔からそう呼んでいたのだから仕方がない。
山田のおばあちゃんは母が失踪するまえから何かと私たちを助けてくれたのだ。おばあちゃんの家は農家で野菜や米を作っている。だからいつも私達に分けてくれた。父が亡くなってから母子家庭で大変だと思われていたのかも知れない。
おばあちゃん自身も以前から農作業に勤しんでいたけど、元気な様子を見ると今も現役で働いているかも知れない。確かあの頃で八十才間近だと言っていたから今はとっくに八十才を超えているだろう。
「アマネちゃん、やっぱりアマネちゃんだねぇ。大きくなって……道を歩いていたら声がきこえたから様子を見ていたのさ。帰って来てたんだねぇ。アマネちゃんはこれからずっとここに住むのかい? 叔父さん家族と一緒に暮らしてたんだろう?」
「うん、そうなんだけど私成人したしやっぱり母と父の想い出が詰まったこの家から離れたくないって思って……」
山田のおばあちゃんは眉尻を下げると痛ましそうに私の顔を見つめた。
「おんや、アマネちゃんに弟なんていたかねぇ?」
私の後ろに隠れるようにして立っていたレイトに気づいた山田のおばあちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「えっと、従兄なんです」
「ほう、どうりでアマネちゃんにもクレハちゃんにも似ていると思ったよ」
母方の従兄だと言ったわけじゃないのに山田のおばあちゃんは顔を見て判断したようだ。
間違ってはいないけど……私としてもこんな天使のような子と似ていると言われてかなり嬉しい。
「レイト、隣の山田のおばあちゃんよ。おばあちゃん、この子の名前はレイトって言うの」
「隣?」
レイトはキョロキョロと壁の向こうに目を向けている。小さなレイトには畑と田んぼを挟んだ隣の家が見えないのだろう。
「そうかい、レイトっていうのかい。私の家は畑と田んぼのむこうにあるんだよ。そうだ、アマネちゃん、米と野菜をあげるから取りに来てくれないかい? その子の成長にも必要だろうからね」
山田のおばあちゃんは目を細めてレイトの頭を撫でた。
「おや、帽子ですぐに気が付かなかったけどこの子の髪の毛は綺麗な色だねぇ。もしかしたら異国の血が入っているのかい?」
「えっと……そうなんです。この子は母の兄の子でハーフなんです」
「そうかい、天使のように可愛い子だねぇ」
「そうなんです!」
私は思わず言葉に力が入ってしまった。おばあちゃんは私の声に一瞬びくりと驚いたけど、目を細めて優しく微笑んだ。
大きな声を出してしまって申し訳ない……
「じゃあ、私は家で待っているから必ず来るんだよ」
おばあちゃんは念を押すように言うと踵をかえした。
「あの、ちょっと待ってください。私たち今から買い物に出かけようと思っていたんです。よかったらあのキャンピングカーで送りますよ」
私が引き止めるとおばあちゃんは一瞬目を丸くした後「いいのかい? 悪いねぇ」と嬉しそうに言った。
「ほう、キャンピングカーなんて初めて乗ったけど、年甲斐もなくワクワクするねぇ」
キャンピングカーに乗り込みソファーに座ったおばあちゃんはキラキラと瞳を輝かせて車内を見回した。
「おや? おまえさんはアマネちゃんの新しい犬かい? 前の犬とは色が少し違うようだから前の子は天に召されたんだね。これからはおまえさんがアマネちゃんを守ってあげるんだよ」
おばあちゃんは隣に座ったベガにそう話しかけていた。本当は前の犬も何もベガはずっとそのままベガなのだが、私は訂正せず何も言わなかった。
もし以前のままのベガだなんて言ったら、長生きすぎておかしいと思われるだろうし色が変化したことを説明できない。
だから私は黙って運転席に腰掛けた。
そう言えば、この世界で運転するのは初めてだ。異世界では道がなかったけど、当然のことながらここにはちゃんと道がある。
初めて運転するのに人を乗せてしまったことに少しだけ後悔しながらエンジンをかけた。
おばあちゃんはキャンピングカーの中で、先日ひ孫が生まれてもう直ぐ退院して孫嫁と共に家にやってくるのだと嬉しそうに話した。
孫……そう言えばおばあちゃんには孫がいたのだった。確か男の子で……男の子と言っても私より大分年上だったけど……
そんなことを思い出すのも束の間、田舎町で中途半端な時間帯のせいもあって一台の車ともすれ違うこともなく無事に山田のおばあちゃんの家にたどり着いた。
所要時間が一分に満たないことが問題なく目的地に着いた最大の理由だと思ったが、私はおばあちゃんを無事に家に送り届けたことにそっと胸を撫で下ろした。
「ちょっと待っとくれよ。今、ハルに言って米と野菜を持ってきてもらうから」
そう言ってキャンピングカーを降りるとちょうどそこに三十代前後の男性が玄関から現れた。
「ばあちゃん、誰に送られて来たんだ? 知らない人の車に乗っちゃダメだって言っていたじゃないか」
子供に言い聞かせるような口調でその男性はこちらに近づいて来た。
「ほれ、あんたも知っているだろ? アマネちゃんだよ」
おばあちゃんは悪びれもなく私の方を振り向きながら言った。
「アマネちゃん? あの警察官だった清造さんの娘のアマネちゃん?」
近づいて来た男性の顔を見ると見覚えがあった。名前は何だっけ? えっと……
「ハル、いいから直ぐにありったけの野菜と米を持って来ておくれ。アマネちゃんとこの子のために」
私はおばあちゃんが男性に放った言葉を聞いて思い出した。
「ハル」っておばあちゃんは呼んだけど、この人は確か利治さんと言う名前だった。利治さんは以前、自分のことを「ハル」と呼ぶおばあちゃんに向かって「普通愛称で呼ぶなら最初の文字を取って『トシ』じゃないの? 何で『ハル』って呼ぶんだよ」って文句を言っていたことを思い出した。だから私は「トシさん」て呼んでいたのだった。
「トシさん、お久しぶりです。アマネです。そしてこの子が従兄のレイトです」
「え? アマネちゃんなの? 本当にアマネちゃんなの? すっごい綺麗になって! 俺が結婚していなかったらプロポーズしていたところだよ」
相変わらずのトシさんの軽さに引いてしまう。
そんな様子を見ていたおばあちゃんは私に近づいて来るトシさんの後頭部をバシッと叩いた。
「何バカなこと言っているんだい、いいから早く米と野菜を準備しな。アマネちゃんと坊やはお茶でも飲んで待っているといいよ。確かこの間もらったお菓子があったからね」
後頭部をさすりながら部屋の奥に消えたトシさんを尻目に私とレイトはおばあちゃんに促されるまま、居間に向かったのだった。
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