23, 傷つけられた天使
晩御飯が終わり、後片付けを済ませるとソファーの上でうとうとと眠そうにするレイトの様子に気づいた。何年も眠り続けていたというのにお腹がいっぱいになると眠くなるようだ。
成長期だからだろうか?
『アマネ、結界の中ではレイトは仮死状態だったのだ。仮死状態のままで時間が止まっていたのだから、目覚めた時は結界が発動する前の状態だったと言えるだろう』
ベガの言葉に納得がいった。では、レイトの体は今結界が発動される直前と同じ状態から動き出したということなのだろう。
うん、でも寝る前にお風呂に入ったほうがいいわよね。とは言え、シャワーしかないけどね。
そうだ、レイトの着替え……どうしよう。いくらなんでも私の服じゃ大きすぎるし……それでもとりあえず私の服を着せるしかないわね。寝るときに着ようと思っていたジャージを着せて、腕はまくれば良いかしら?
それでも大分大きような気がするけど……下着……はどうしようかしら? 私のジャージはレイトにとって大きすぎるから足首まで隠れるだろうけど。ならば、車内にある乾燥機付き洗濯機で綺麗になるまで我慢してもらうしかないわね。
先ずはお風呂に入れて今にも夢の中に旅立ちそうなレイトを寝かせてから考えよう。
窓の外はだいぶ日が落ちて、目の前に聳える黒山が影絵のように真っ黒に見える。山の後ろに小さく見える赤い月と空に瞬く星の光のおかげでここが暗黒の世界ではないことを示しているが、地球の夜とは全く違う様子に心細さが湧き上がってきた。
そんな気持ちを何とか押し退けてサイドウィンドウと運転席の後ろにあるカーテンを引くと、私は今目の前にいる天使に意識を戻す。
「レイト、お風呂に入ってから寝ましょうね」
レイトの頭を撫でながら声をかけると、彼は眠い目を擦りながら顔を上げた。
「お風呂……?」
首を傾げ私を不思議そうに見るレイトにもしかして異世界ではお風呂に入るという概念がないのだろうかと考えが過ぎる。
「えっと、お風呂……とは言っても浴槽はないからシャワーと言ったほうがいいかしら?」
「…………」
それでも分からなそうに首を傾げるレイト。
「ええと……そうね、体を洗って綺麗にするのよ」
「湯浴みのこと?」
「そうそう、それ。湯浴みのことよ。さあ、いらっしゃい。私が綺麗に洗ってあげるから」
私が手を差し出すとレイトはオズオズと私の手のひらの上に自分の小さな手を乗せた。
シャワー室の前でレイトの服を脱がせていると、顕になったレイトの体を見て手が止まった。小さな背中と腕にはみみず腫れのような跡がいくつもついている。
私は、白い肌に赤く浮き上がる傷跡にフツフツと怒りが湧いてくるのを感じた。
「レイト、この背中、それに腕にも! どうしてこんな!」
思わず大きな声を発してしまった私の声にレイトがびくりと体を震わせる。
「ごっ、ごめんなさい……」
レイトが溢した震える声に私はハッと我に返った。
「レイト、謝らなくていいのよ。私のほうこそびっくりさせてごめんね。ねぇ、レイトこの腕の腫れ誰がやったの?」
「えっと……教育係が……」
レイトは小さな声でポツリと呟いた。
シルマの話では、守りの結界に包まれている間は仮死状態のまま時間が止まっているのだということだった。だとしたら、結界が発動される前に負った怪我なのだろう。こんな幼い子供に暴力を振るうなんて許せない。
とは言え、レイトの結界が発動されたのは約百年前。その教育係とやらはもう既に生きてはいないことは明らかだ。それでも、せめて元凶になったレイトの母親には物申したい。
まあ、どんなにそう思ってもレイトの母親が生きているなんて奇跡に近いだろうけど。この世界の平均寿命は何才か分からないけど、はたして百才を超えて生きているだろうか。地球でも一番長く生きた人は確か百二十才くらいだったと思うし。
何もできない無力な自分をもどかしく思いながらも、今はレイトを幸せにすることだけを考えようと心に言い聞かせる。
レイトの体を優しく洗いタオルで傷を擦らないようにそっと拭いた後、私のジャージを着せた。
タオル地のピンク色のジャージを着たレイトは女の子のように愛らしくなった。
こっ、これはフリフリのドレスとか着せたらきっとビスクドールのように可愛らしくなるかも知れない。
私の中にそんな妄想が芽生えるとレイトが
「僕、男だからドレスは着ないよ」
ときっぱりと強い眼差しを私に向けた。
まずい、どうやら私の考えを読まれたらしい。
「もっ、もちろんよ。本気で考えていたわけじゃないわよ。さてと、ソファーを倒してベッドにするわよ」
「ベッド? ソファーってこのソファー?」
「そうよ、このソファーがベッドになるのよ」
私の言葉にレイトの瞳がきらりと輝いた。好奇心が顔を出したようだ。何とかレイトの興味が他に移ったようで私は胸を撫で下ろした。
余計なことを考えないように気をつけよう。
そう心に刻んだ。
「レイト、ちょっとだけそこで待っていてね」
「うん……」
レイトを助手席に座らせて、すぐにソファーをベッドに変身させる。
普通は背もたれを倒したり、フレームや補助板を引き出して組み立てるのだが、何とこのキャンピングカーはボタンひとつで自動的にソファーからベッドになるのだ。
ソファーの背もたれの後ろにあるボタンを押すとゆっくりとベッドに組み上がっていく。じっと見ていると自動で動く様子はまるで魔法の様で不思議だ。
まあ、ベガの説明ではお母さんの特殊能力による錬金術で色々付与されているおかげみたいだから魔法の様な物なんだけどね。
「すごいや、アマネ。これどうなっているの?」
いけない。レイトはソファーがベッドになるのを見ていたら眠気が吹っ飛んだようだ。瞳がらんらんと輝いている。
「えっと、私もよく分からないのよ。レイト、さあもう寝ましょう」
「アマネも一緒?」
「ええ、もちろんよ。それに、ベガもシルマも一緒に寝るのよ」
私がそう言うとレイトは頬を染めて嬉しそうに満面の笑みを浮かべたのだった。
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