21, レイトの目覚め
レイト、これからは私が守ってあげる。だから目を覚まして……。
一番大きな霊元石を右手で握り、左手をクリスタルの上に翳す。霊元石に蓄積されていたマナエネルギーが私の身体を駆け抜け、左手に集まり温かくなるのを感じる。
手のひらが光に覆われたかと思うと次第にその光は眩いほどに広がりクリスタルを覆った。刹那、緑色の粒子を放って辺りに弾けた。気がつくと、キラキラと輝くクリスタルがガラスの破片の様に飛び散り大気に吸い込まれるように消えていくのが見えた。
少年の方に目を向けると周りにあったクリスタルが消えていた。私は美しい緑銀の髪の天使に目を向けそっと様子を覗う。
クリスタルから解放された天使……レイトを見つめ、ふっくらとした幼子らしい頬にそっと指先で触れた。柔らかく滑らかな肌の感触が指先に伝わり、確かにそこに存在するのだと言うことを感じた。
私の指先の感触が伝わったのか、レイトはふるふると瞼を振るわせながらゆっくりと開き、初めて光を受け入れたかのように眩しそうに一瞬目を細めた。その瞳は、まるで深い森の中に潜む湖のように翠緑の輝きを湛えている。彼は目を開けたまま、ボンヤリと周りを伺っている。現実と夢の狭間を彷徨っているように……。
『おお、レイト、目が覚めたようじゃな』
レイトはその声に誘われる様に微かに眉を寄せると、目的のもの見つけようとするかのように何度もまばたきをした。
目の前に浮いているシルマの姿に首を傾げると、震える手を伸ばしその存在を確かめるように指で突いた。
「シルマ……僕、どうなったの? ここはどこ?」
『お主は長い間眠りについておったのじゃよ』
シルマの言葉を受けるとレイトは目をこすりながら体をわずかに起こし、ゆっくりと辺りを見回した。
彼は私の姿に目を止めると深く息を吸い込み、そのまま動作を止めた。
小さな拳がギュッと握られ震えているのが分かる。深緑の瞳には不安と興味が入り混じった様な光が揺れている。眉間にできた小さな皺とギュッと閉じられたままの唇はこちらを敵か味方か慎重に測っているかのようだ。
「……だれ……?」
少年特有の高くて透き通った声が私の耳に届く。震える声には緊張感と警戒心が含まれている。最弱の小動物の様に慎重にこちらを伺う様はこれまでのレイトの境遇を推測させた。
「私はアマネって言うのよ。あなたの叔母さん……クレハの娘よ。よろしくね」
私はレイトを怖がらせない様に笑みを浮かべながら優しく名乗った。
「アマネ…………?」
レイトは理解が及ばないと言うように首を傾げて不思議そうな顔をした。
その姿も可愛らしくて本当に天使の様だ。思わず抱きしめたくなったが、怖がられるかも知れないので何とか堪えた。
「そう、私はクレハの娘のアマネって言うの。レイトは私のお母さん……クレハのことを知っているでしょ? レイトのお父さん……えっと、タクトの妹のクレハよ」
私はキョトンと首を傾げる愛らしい天使の様なレイトにもう一度ゆっくりと言葉を放った。
レイトの目が次第に大きく見開き、ジッと私の瞳を見つめる。
「クレハ……タクト……父様……」
レイトの桜色の小さな唇から言葉が溢れる。自分が放った言葉にハッとしたレイトは拳を握りしめ小さな身体を震わせている。
レイトがこれまでに体験した辛い現実を思い出したのかも知れない。シルマが語ったレイトの護りの結界が発動される前のことが頭に過った。
きっと私が想像するよりもその現実は辛いものだったに違いない。
緑銀の睫毛がレイトの瞳に影を作り、透明な滴がぷっくりとした頬を伝っていった。
「レイト、大丈夫……私がいるから……お父さんの代わりにもお母さんの代わりにもなれないかも知れないけど、私がずっとそばにいてあなたを守るから」
どんなに小さな心を痛め、どんなに傷ついたのか……私はそう思うとレイトを抱きしめずにはいられなかった。
レイトを腕の中に包んだ瞬間、レイトの記憶が私の中に流れ込んだ。
え? 何? あまりにも哀しい記憶が次から次へと心の中を覆う。幼いレイトには抱えきれない程の記憶が……
孤独感に絶える姿……
母親からの優しい言葉を待ち続ける姿……
言われたとおりに頑張れば愛されるかも知れないと期待する姿……
母親の所業に打ちひしがれる姿……
私の中に流れる記憶は直接レイトの心情も伝わり、次第に目頭が熱くなってきた。小さな子供が大人達に翻弄される姿に憤りを感じ、悔しさと哀れみで嗚咽が漏れる。
レイトに気付かれないように口を覆い、涙を袖で拭う。
『アマネ、レイトの特殊能力は心感じゃ。他者の心の内を読むことができる。それは人に限らない。動物や植物、あらゆる生物の考えていることや気持ちを読み取ることができるのじゃ。反対もしかり、己の記憶を相手に受け渡すこともできる』
私の様子に気付いたシルマがレイトの能力を説明する。
どうして? どうしてこんな天使の様な子が殺されると思うほど辛い目に遭わなければならないの? レイトの哀しみと怒りが伝わり、私は彼の頭を撫でながら心に誓う。
この子を幸せにしたい。こんな天使の様な子が哀しみを抱えたままにはしたくない。私がレイトのためにどこまで出来るか分からないけど、今一番レイトの近くにいるのは私なのだ。
私がレイトを育てよう。きっと何とかなる。それにお母さんが見つかれば絶対にこの子を自分の子の様に愛するだろう。一緒にお母さんを捜すことにしよう。
「アマネのお母さんを捜す? アマネのお母さん……クレハはいなくなっちゃったの?」
レイトの頭を優しく撫でていると、私の胸で呟くように天使の声が聞こえた。
「え?」
腕を緩め、胸に抱いていたレイトの顔を覗くと、心配そうな翠緑の瞳が私の顔を伺うように見ていた。私は一瞬動きが止まった。
さっきシルマが言ったとおり、レイトは私の心の内を読み取ったのだろう。そう思った瞬間、私はハッとした。
ああ、だからか……シルマはレイトがレーナの郷から連れ去られるとき眠っていたと言っていた。何故レイトが自分の母親が父親を殺したことを知っているのか疑問に思ったのだ。
レイトの母親が自ら告げるはずもないし、周りの者も安易に口にする筈がないと思っていた。きっとレイトは近しい者……多分母親……が心の中で考えていることを読み取ってしまったのかも知れない。意図していないにも関わらず。
「そうなの。だから、私とレイトで捜しに行きましょ。レイト、私と一緒に行ってくれる?」
レイトの澄んだ瞳が私の心の中を見透かすように見つめた。
「僕も……私も一緒に行って良いのですか?」
レイトの言葉遣いが咄嗟に変わり、その事に私は違和感を覚えた。そうだ、レイトの記憶の中には言葉遣いを窘められていた場面もあった。自分の言葉を抑えて大人が話すように言葉を放つレイトがとても痛ましく思った。
「レイト、自分のことは僕って言って良いのよ。私には気を使うことはないの。話したいように好きに話していいのよ」
「……僕……アマネと一緒に行きたい……いい?」
小さく呟く天使の声に私はできる限り優しく微笑み返す。
「もちろんよ!」
私が再びレイトを腕の中に収めると、私の背中に一生懸命回そうとする小さな手を感じたのだった。
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