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18, レイトの記憶【希望】

 母様の話は僕には少し難しくてよく分からなかったけど、レーナ一族のみんなは僕にも母様にも優しかったはずだ。他の国の物を盗ろうとするなんて信じられない。


 だって、御祖母様は言っていた。レーナ一族は一人一人優れた能力(ギフト)を持っているからこんなにレーナは豊かなんだよって。その証拠にクレハが色んな物を作っていたのを知っている。だから、レーナ一族が母様や僕を人質にクラメイル帝国に何かを望むなんてありえないんだ。


 そんな考えを覚られない様に僕は母様に黙って頷く。


「そう、分かったようね。賢い子は好きよ。さあ、これから忙しくなるわ。先ずはあなたの教育が先ね。あなたはあの野蛮な一族の元にいたせいで言葉遣いもマナーも全然なっていないもの。それと、あなたにやって欲しいことがあるのよ。レーナの一族であるあなたになら簡単なことだからきっと大丈夫よね」

「うん、分かったよ、母様。僕、頑張るよ」


 僕は優しく穏やかな口調で話す母様に少し安心した。シルマが母様に逆らうななんて言うからどんな難しいことを言われるかと思って内心ドキドキしていたのだ。


 なのに、その安心はすぐに覆された。


「ああ、それから私のことは母上と呼ぶように。自分のことも僕ではなく私といいなさい。話し方も全然ダメね。目上の人に対する言葉遣いじゃないわ。これは教育係にしっかり伝えておく必要があるわね」

 母様を見るとさっきまでの優い笑顔が消え、まるで仮面が剥がれたかのように冷たい表情で僕を見ていた。そんな母様の様子に僕の中に再び不安が滲み出てきた。


 部屋に戻ると僕はさっきの母様の様子を思い出した。


 冷たい瞳……きつい口調……


「シルマ、母様は……母上は僕の……私のことが嫌いなのかな?」

 僕の心に寂しさと悲しさが広がり、シルマに尋ねた。


『……レイト、セアラのことは気にするな。セアラはどうであれ、少なくともハナもクナトも、お主の父であるタクト、それにお主の叔母クレハだってみんなお主を愛しく思っていることは確かじゃ』

「でも……みんなここにはいない……みんなは無事なの? 父様に会いたい……御祖母様にも御祖父様にもクレハにも……」


 僕の瞳には次から次へと涙が溢れた。レーナの家よりも豪華で広い部屋に僕は独りぼっちだ。だれも僕に微笑みかけてくれる人はいない。


 それでも、きっといつか僕を迎えに来てくれるかも知れない。


 僕はそう思うしかなかった。


 少しすると、この国の皇帝陛下に会うことになった。皇帝陛下は母上の父上、つまり僕のお祖父様だ。僕はレーナの御祖父様を思い出し、会えるのを楽しみにした。


 だって、レーナの郷にいたお祖父様は僕にとっても優しかったんだ。


 とても身体が大きくていつも僕を軽々と片手で抱き上げ、頭を優しく撫でてくれた。時々、頬ずりされるとお髭がちくちくしてちょっと痛かったけど、僕は優しいお祖父様が大好きだった。


 でも、皇帝陛下はレーナのお祖父様と全然違った。


 謁見の間という所に行くと母上を真似して頭を下げた。「面を上げよ」と言う言葉で僕は期待を込めて皇帝陛下……お祖父様の顔を見つめた。あまりの嬉しさについ「お祖父様」と声が零れていた。僕の声が耳の届いたのかお祖父様の顔が歪んだ。


「申し訳ございません、陛下。この子はまだ十分な教育をされていないのです」

 お祖父様の表情に気付いた母上は慌てて謝罪の言葉を述べた。


 母上はどうして謝っているのだろう。僕、何かいけないことを言ってしまったのかな? でも、お祖父様としか言ってないよね。もしかして、お祖父様って言っちゃいけなかったの?


「ふむ、まあ良い。ならば仕方がなかろう。それで、その者は例の力は使えるのだろうな」


「はい、滞りなく。この者は紛う事なきレーナの血を引く者。霊元石からマナエネルギーを取り出すことも可能です。ですが、まだ幼く力が弱いため霊元石の礦床の解放にはまだ無理かと」


「そうか、其方の元夫をこちら側に引き入れられたら良かったのだが……」

「陛下……それは……」


「まあ、済んだことは仕方あるまい。抵抗する者を無理矢理引き入れても、いずれこちらが危うくなる可能性があるからな。ならばそやつの成長に期待するとしよう」

「承知致しました、陛下。おまかせ下さい」


 結局僕はお祖父様に声をかけられることもなくその場を後にした。母上には、僕が皇帝陛下をお祖父様と呼んだことを厳しく叱った。


 たとえ、僕にとってお祖父様だったとしても陛下と呼ばなければいけないらしい。皇帝陛下の厳しい表情を思い出し、クラメイル帝国にはレーナの郷とは全然違う決まりがあることを僕はこの時やっと分かったのだった。



 教育係の人達はみんな僕のすることに顔を顰める。叱られるだけではなく、時々鞭で叩かれることもある。だから母様……母上に言ったんだ。でも母上は「お前の出来が悪いからです」と言って取り合ってくれなかった。


 それに毎日のように霊元石からマナエネルギーを魔力変換器に充填させなくちゃならないんだ。霊元石からマナエネルギーを僕の身体に取り入れ放出すると僕の中のマナエネルギーも奪われる。マナエネルギーは成長と共に増えるけど、僕はまだそれ程多くはない。だからとても疲れる。


 授業中に眠くなるのもそのせいだと思うんだけど、僕がウトウトする度に鞭で背中を叩かれる。シルマがその度に背中に向けて結界を張ってくれるけど、叩かれると思うと身体が強ばるんだ。


 毎日毎日授業では怒られて、毎日毎日魔力変換器をマナエネルギーでいっぱいにしなければならない。母上に会えるのは月に一回のみ。その度に母上は僕に質問を浴びせる。


「レイト、勉強は進んでいますか? ちゃんと周りの者の言うことを聞き、困らせていませんか? 霊元石のお仕事は捗っていますか?」

 いつもの様に淡々とした口調の言葉が降ってくる。


「母上、私は毎日きちんと勉学に励み、皆の言うことを聞き、毎日滞りなく霊元石からマナエネルギーを放出し、魔力変換器に充填しています」


「そう、ならばよろしい。良いですか? あなたの父親とその一族はこのクラメイル帝国から様々な物を奪ったのです。あなたはレーナの血を引く者として一生その償いをせねばなりません。でなければあなたが生きる意味はないのです」


「承知致しました、母上。私はクラメイル帝国の為に精進したいと思います」

「よろしい、では引き続き頑張りなさい」

「はい、ありがとうございます」


 徐々に僕はクラメイルでの生活に順応していったけど、レーナのみんなのことを思わない日はなかった。あの優しい空間にもどれたら……。そんな思いはずっと心の中にあって、いつしかこの城を抜け出すことを考える様になった。


 僕がもっと成長したら、絶対にお祖父様、お祖母様、父様、クレハ、そして、レーナのみんなを捜しに行くんだ。


 それだけが僕の心に残ったたった一つの希望だった。

ここまで読んでいたただきありがとうございます。

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