17, レイトの記憶【シルマの啓発】
「待てセアラ、レイトを連れてどこへ行く。君の国の者達は何故レーナの郷を襲撃している?」
父様の声が聞こえる。母様を問い詰めているの?
「この場所はクラメイル帝国の物になるの。だから貴方たちはクラメイルに従わなければならないのよ。レイトはクラメイルの皇族に入るの。まあ、蛮族の血が入ってしまったけど、レーナの力は使えるから大丈夫よ。だから、邪魔をするなら容赦はしないわ」
「蛮族? 君は……何を言っている? そんなこと許されると思っているのか? 私を愛してくれていたのではないのか?」
「ふふふっ、愛? 私はクラメイルの皇女。必要なのは愛ではなくて力よ。あなたのレーナの力もそこそこ強いみたいだから、クラメイルの為に働くなら連れて行ってあげても良くてよ」
「私にレーナ一族を裏切れと言うのか? 馬鹿な、そんなことできるわけがない。レイトを連れて行くのは許さない。レイトは私の息子だ!」
「もうあなたにはうんざりなのよ。大国クラメイル帝国の皇女である私があなたと婚姻を結んであげたのよ。それなのにここでは誰も私を敬らない。ここでは私に自由になるものは何一つないのよ」
「何を言っている? ここでは皆平等であり、皆自由だ。たとえ君が大国の皇女であったとしてもここに嫁いで来たのだから誰も君を敬う必要はないんだ。それは婚姻を結ぶ前に説明していただろう?」
「私は自由ではなかったわ。だって、礦床には入れなかったじゃない」
「それは、レーナの血を引いていなければあそこは危険だからだ」
「そんなことを言って霊元石を独占しているのよね。霊元石は力を与えるだけじゃなく、寿命も伸びるそうじゃない。レーナ一族が他国の者よりも長く生きられるのもそのおかげなんでしょ?」
「そうではない……君たちは霊元湖が放つマナの力に耐えられない。だから……」
「あなたは以前からそう言って私たちを見下していたのよ。私は大国の皇女よ! あなた達なんかよりも優れいているの! でも、もういいわ、邪魔するならあなたなんかいらない……」
「うっ、なぜ…セアラ……そんなに……なら……君の…………」
僕は半分夢の中を漂いながら二人の声を聞き流していた。母様の声が途切れ、最後に父様が何か言ったみたいだけど良く聞こえなかった。辺りの騒がしい音だけが耳に届いていた。
眠すぎて身体を動かせない。瞼が少しも開かないほどに。
でも、大変なことが起こったことだけは分かった……何かわからないけどとても大変なことが……。
目を覚ますと豪奢な部屋の中だった。全てがキラキラして眼がチカチカするほどだ。大きくてフカフカなベッドの上で僕は辺りの様子を覗った。いつの間にか僕は肌触りの良い寝衣を着ていた。
『レイト、目覚めたか……』
「シルマ、君もいたんだね。随分小さくなったんだね……ここはどこなの? 父様は? 母様は? レーナのみんなは?」
僕は次々に目の前に浮かぶ小さな緑銀竜のシルマに尋ねた。
『ここにはレーナの者は誰もいない。いいか、レイト、セアラに逆らうな。すぐにでもこの場所から救ってあげたいが生憎妾にはそんな力は残っていない。時を待つのじゃ……時が来ればいずれこの状況を打破できるじゃろう。もし、レイトがここにいることが分かれば散り散りになったレーナ一族の誰かが助けに来てくれるかも知れぬ。賢いレイトなら分かるな』
いつになく真剣なシルマの言葉に僕は黙って頷いた。
二人の姿もレーナのみんなもいないことがとても心細い。そっとベッドに足を降ろし、みんなを捜しに行こうと思った。でも、ベッドは思ったよりも高くて足を伸ばしても床に触れられず、思い切って飛び降りると尻餅をついてしまった。
その音に気づいたのだろうか? 誰かがパタパタとこの部屋に駆けつける音がした。
『レイト、妾はこの国の者達に姿を見られるわけには行かない。呉々も妾がいることを覚られるな』
僕が頷くとシルマはベッドの陰に隠れた。その後、すぐに扉の向こうから声が聞こえた。
「殿下? お目覚めですか?」
大きな扉が開くと、母様より少し年上の金髪の髪を後ろに纏めた女性が顔を出して尋ねた。灰色の瞳からは何の感情も伺えない。
殿下? 僕のことかな?
「僕、レイトだよ?」
「まあ、殿下、あなたはクラメイル帝国の皇族として受け入れられたのです。これからはレイト皇子殿下と呼ばれることになるでしょう」
クラメイル帝国? それよりもこの人誰? 僕は訳も分からず首を傾げた。
「僕のことはレイトと呼んで。父様も母様もレーナのみんなもそう呼ぶんだ。それよりもあなた誰?」
「まあ! その言葉遣い! この分では早々に教育が必要でございますね。ご自分のことは『私』と言うのですよ。私は殿下をお世話する侍女です。名前はメイシーと申します。何かご要望がございましたらお申し付け下さい」
僕はきょとんとメイシーと言う女性を見つめた。侍女……ってなんだろう?
「父様と母様は? レーナのみんなはどこ?」
「その件につきましてはセアラ皇女殿下が後でご説明されるかと思います。先ずは御身を清め、身なりを整える必要がございます」
有無を言わさずメイシーはそう言うと、テキパキと僕を浴室に連れて行き身体を洗い、今まで着たこともないキラキラした服を僕に着せた。
「さあ、セアラ皇女殿下がお待ちです」
メイシーの言葉でやっと僕は母様に会えることに安心した。
廊下に出ると彼方此方に鎧を身につけた兵士の姿が見えた。僕がメイシーに尋ねるとこの城を守る兵士で、城内を頻繁に巡回しているそうだ。
この時初めて僕はここがお城の中であることを知った。クレハが作ってくれた絵本の中のお城を思い出し、外から見たらこの城も大きくて立派なのだろうか? と考えた。
階段を上り広い廊下をまっすぐ進む。よく磨かれた大理石の床、高い天井、時折飾られている甲冑にビクリと体が震えた。
ふと、遠くに鐘の音が聞こえた。その音に気を取られているとメイシーは突然足を止めた。気がつくといつの間にか一際豪奢な扉の前だった。
「レイト皇子殿下をお連れしました」
「お入りなさい」
扉の向こうから母様の声が聞こえてホッとした。
扉が開くと母様はそれまで座っていたらしい椅子から立ち上がり僕を見つめた。母様の部屋は僕の部屋よりもずっと広くてキラキラしていた。
「母様!」
僕は思わず駆け寄る。
「レイト、走ってはいけません」
母様の厳しい言葉が飛んできた。僕は驚いて母様の数メートル前で立ち止まった。
「いいですかレイト、あなたはこの国の皇族として過ごすことになったのです。今までのようにはいかないのです。しっかりと学び、この国の為に尽くさねばなりません」
僕を見据え淡々と述べる母様の目には僕が映っているが、その表情はとても冷たくて声をかけることもできない。
聞きたいことがたくさんあるのに母様の目はそれさえも許してくれない様に思えた。
レーナの郷にいたときにも母様は時折そんな表情をしていた。でも、僕が声をかけると取り繕うように微笑み返したのでその度に安心したことを覚えている。
今の母様は微笑む返すこともなく、ずっと冷たい表情のままだ。
母様の話によると、レーナ一族は資源を独り占めし、母様と僕を人質にクラメイル帝国の技術や様々な品を提供するように脅迫したそうだ。レーナが潤っているのは全てクラメイル帝国から奪った物のお陰だと母様は言った。
そんなレーナ一族からクラメイル帝国は母様と僕を救うために密かに兵を要請し、レーナ一族はクラメイル帝国の力に恐れをなして散り散りに逃げたとのことだった。
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