13, レーナ一族の力
シルマの話の中に出て来た従兄レイトは幼いながらもかなり過酷な時を過ごしていたのだと驚いた。
誰も知る人がいないと思っていた異世界にいる従兄。辛い状況の末、幼い姿のまま百年も守りの結界の中で眠り続けている小さな従兄。
何としてでも彼を助けたいと思う。でも、果たして私に助けることはできるのだろうか?
ベガとシルマは私にもレーナの力があると言う。今まで使ったこともない未知の力を私はまだ信じることができない。
確かに地球にいた頃はいつも頭の中に靄がかかっていたようだったのに、この世界に来てから若干スッキリしたような気がする。
身体も段々軽くなってきて、以前よりも速く走れるような気もする。
でも、私がレイトの結界を解除できるかどうかは別問題だ。
それでも、もし私にできることがあるのなら協力するのは吝かではない。こんな私でも小さな従兄を助けることによって存在意義を示すことが出来る様に思えるから。
母はいつも何もできない私に「あなたは生まれてきただけで価値があるのよ」と言ってくれていたけど、それでも私はいつだって自分にできることを探していたのだ。
どんなに母の言葉が私の中に刷り込まれていたとしても母が消えてからの私の環境は、貶められるだけの毎日だった。
心の底で、自分の存在が本当に価値があるものだと、自分には生まれてきた理由が何かあるのかも知れないと証明したかったのかも知れない。
例えそれが無意味なことだったとしても。
だから、シルマが私にかけてくれた言葉は初めて私の価値を認められたような気がして嬉しかったのだ。
その反面、本当に自分にレイトの結界を解除できるのかは不安な気持ちもあるけど……
『アマネ、あそこの枯れ木に向かって霊元石に蓄積されたマナエネルギーを放出してみてくれ』
私が喜びと不安がない交ぜになっていると、ベガの言葉が頭の中に流れてきた。
「あそこの枯れ木……?」
ベガの視線の先にはいつ枯れ果てたか分からないほど原形を留めてない一本の大木が横たわっていた。
ベガは今私に霊元石のマナエネルギーをとか何とか言ったみたいだけどどういうことかしら…………?
さっきからマナエネルギーと言う言葉はベガとシルマから聞こえてくる、私にはまだその正体がはっきりと分かっていない。ベガの話ではこの世界に充満しているエネルギーであり、レーナ一族はそれを自由に使って力を発揮すると言うけど、地球では認識されていなかった存在をそう簡単に受け入れられない。
『アマネ、一番小さい霊元石を持ってこっちに来るのだ。大丈夫だ。吾輩の言うとおりにやれば』
訳も分からず私はキャンピングカーからビーズほどの大きさの霊元石を持って枯れ木の前のベガの隣に立った。
『霊元石を握りながら、この木の上に手を翳してこの枯れ木にエネルギーを注ぐんだ。さあ、瞳を閉じて集中しろ……この木の葉が青々と茂り、生き生きとこの大地に根付いているのを思い浮かべるんだ』
とにかくベガが言うとおりやってみるしかないと思い、いつの間にか近くにいたシルマにも見守られながら私は瞳を閉じて枯れ木に手を翳した。
青々と生い茂る緑色の葉、力強く生き生きとした太い幹、陽の光を遮るように方々に広がる樹冠……
暫くすると、身体の中から力が抜けるようにフッとなった。
『アマネ、ストップだ』
ベガの言葉でゆっくりと瞳を開いた。
ひび割れた樹皮や崩れかけた木屑の間から、小さな緑色の芽が顔を覗かせている。
「え? さっきまで芽なんてなかったよね。もしかしてこれ私がやったの?」
『そうだな。やはり、アマネにはちゃんとレーナの力があるみたいだ。レーナの血を引く者は霊元石に蓄積されたマナを他の生物に注ぐことができるのだ。植物、動物関係なくな。マナを受け取った生物はそのエネルギーで生命力が増すのだ』
私は自分の両手を見つめながら今放ったマナエネルギーの力を思い出した。
本当にレーナ一族としての力が備わっていることを知り嬉しさが込み上げてきた。
『これでレイトの結界も解除できるじゃろう』
『ふむ、だがクレハが所持していた肝心の霊元石はあまり残ってはおらぬのだ』
『心配いらぬよ。レイトを運ぶときあの女がレーナの郷から持ち出した霊元石も一緒に持って来たのじゃ』
ベガとシルマの会話を聞いて、少しの不安が私の心の中に広がる。
自分にも魔法の様な力が備わっているのだと証明されて嬉しい反面、本当にレイトの結界が解除できるとは限らない。
確かに枯れ木を芽吹かせたのは私がマナエネルギーを注いだせいのかも知れないが、さっきのシルマの話を聞く限り、もっと大きな力が必要なのではないかと思う。
『心配するな、アマネ。レイトの結界はレーナの血を引いている者なら解除することができる。命を守るために張り巡らされた結界は同族の血に反応するのだ』
ベガの言葉が頭の中に流れる。同族の血……私の中に流れる血はレーナ一族である母から受け継いだもの。ならば従兄であるレイトの結界に反応するのは間違いないと知って私はホッとした。
さっき霊元石のマナエネルギーを注いだ枯れ木に視線を向ける。萌え出たばかりの小さな芽に命が宿ったことを実感し、こんな私にもできることがあったことに喜びの気持ちが湧き出た。
小さな成功は私の中に希望の光を生み出すのに十分だった。
「シルマ、私達をレイトの眠る場所に案内して。できるかどうか分からないけどレイトの結界を解除しましょう」
『そうか、妾と共に行ってくれるか。それでだな、アマネ、あの妙な乗物に乗っても良いか?』
シルマがそわそわしながら数メートル離れたキャンピングカーにちらちら視線を向けている。その瞳には期待感が溢れていた。
「ふふふっ、もちろんよ。でもそんなに広いわけじゃ無いから少し窮屈かも……」
『何、問題ない』
シルマはそう言うなり、手のひらサイズになってキャンピングカーへと飛んでいった。
「え? 小さくなった……なにそれ、超可愛いんですけど!」
私が感動して呟いたら、何故かベガまで小さくなった。地球にいた頃のチワワサイズだ。私がシルマを可愛いって言ったから対抗したのかも知れない。
銀色の小さな柴犬……もちろんベガも超可愛い。
私は二匹の小さくなった聖霊獣と共にレイトが眠る洞窟を目指すことにしたのだった。
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