わたくし大きな虎と戦いますわ
本日は、2話投稿しています。
こちらの一つ前が1話目です。
グルルルル――
低い唸り声が響き渡り、試合が始まったことに気づいた。
地形は、森。
視界は悪く、どんなモンスターが出ているのかも分からない。
鼓動が跳ねているのが分かる。
心音がうるさい。
――ガサッ
右斜め後ろ。
振り向くより先に反対側に跳ぶ。
私がいた場所の地面がえぐれたのが見えた。
少し遅れて、焦げたような匂いが鼻についた。
――グルルル
大型の猫型モンスターだ。
確か、名前は――
「サンダニクス・ラオフ」
爪と牙に雷をまとわせ、噛み溶かす。
焦げたような匂いは、正真正銘、地面が焦げた匂いか。
地面を蹴る。
サンダニクス・ラオフの横っ腹めがけて、拳を振るう。
私の動きが見えているのだろう。雷をまとった爪で反撃して来た。
――くっ
なんとか拳の方向を変え、サンダニクス・ラオフの前脚を殴り、爪での攻撃を逸らす。
そのまま勢いを殺さずに、こちらを向いた頭を掴み、地面に押し付ける。
尻尾を掴み、宙に放り投げる。
これなら、避けられない――
グッと腰を下げ、落ちてくる虎を待つ。
逃げ場のない虎めがけて、拳を突き上げる。
バチッと音がした。
サンダニクス・ラオフに当たるはずだった拳は、空を切った。
「……え」
次の瞬間、背中に衝撃がはしった。
後ろを振り向くと、何もいない。
首筋にチリッとした何かを感じ、その場に屈む。
私の首があった場所を、爪が通り過ぎていく。
がら空きになった、腹に拳を打ち込む。
――バチッ
また、拳が空を切る。
サンダニクス・ラオフの姿が消えた。
……いや、消えていない。高速で移動したのだ。
問題なのは、その姿が辛うじてしか捉えられなかったこと。そして、後出しで、逃げられてしまうことだ。
手立てはある。
あの音だ。
どうして、移動する前に聞こえるのか。
それが分かれば。
――バチッ
「――ぐっ!」
瞬間移動したかのような速度で、サンダニクス・ラオフの牙が目の前に迫る。
それを後ろに避けつつ、膝で顎を狙う。
浅い。
追撃してくる爪を今度は避けず、折る勢いで殴る。
――バチッ
姿が遠くなる。
悪態をつきたくなるのを堪え、構える。
ふと、足元から焦げた匂いがした。
サンダニクス・ラオフから意識を逸らさず、匂いのした方を見る。
そこには、焦げた葉っぱが落ちていた。
「もしかして……」
一つの仮説が浮かんだ。
それを確かめるために、私から動く。
サンダニクス・ラオフ目掛けて駆ける。それに合わせてあちらも地を蹴る。
雷をまとった爪が来る。
それを弾く。
間髪入れず、牙が襲う。
横に転がり、避ける。
――今!
両前足を挙げ、逃がさないよう襲い来る。
避けたい心を抑え、突っ込む。
バチッと音がした。
私に捕まる前に逃げようと考えたのだろう。
「逃がさないですわあ!」
目の前には、戸惑ったようなサンダニクス・ラオフの姿がある。
そのまま首を掴む。
離さず勢いに任せて、地面に叩きつける。
掴んだ手は離さない。
「これで終わりですわ!」
がら空きの腹を、力いっぱい殴る。
衝撃で、サンダニクス・ラオフ越しの地面が凹んだ。
サンダニクス・ラオフから力が抜け、動かなくなった。
そして、キラキラと光りになって、消えていった。
初戦突破だ。
「やりましたわ」
地面が揺れる。
休憩なしで次にいくようだ。
気を引き締める。
※
「やるじゃん」
サンダニクス・ラオフに勝ったリゼお嬢様を見て、セルンがボソッとこぼしました。
……私も驚きました。
もう少し時間がかかると思っていたのですが。
サンダニクス・ラオフは、主に爪と牙に雷をまとい攻撃してきます。
それだけなら、大した脅威にはなりません。
問題は、巨体に似合わない移動速度です。
サンダニクス・ラオフは雷に乗って移動します。
その仕掛けは、自身から極小の雷を放出し、その雷の着地点まで高速で移動するというものです。
雷を出す際に、バチッと音がするので移動するということ自体はわかりやすいのですが、仕掛けが分かっていても実際に対峙すると、その速度に対応できずに殺されてしまう冒険者も少なくありません。
リゼお嬢様は、その雷の着地点をずらしたのです。
転がって避けた際に、小枝を拾い、それを放っていました。
その後、サンダニクス・ラオフが移動するための雷を放出しました。
その雷は、小枝にぶつかり、着地点がずれたのです。
もちろん、これは偶然です。
サンダニクス・ラオフがもう少し遠くへ移動しようとしたら、成功しなかったでしょう。
サンダニクス・ラオフが雷を放出する方向が違えば、小枝にぶつからず、着地点もずれなかったでしょう。
しかし、その偶然すら手にして、自らの手で勝利を得ました。
それを全部含めたうえで、セルンが褒めたのです。
地面の動きが止みました。
完成した地形は、岩場。
出現したのは、プリミティブ・ゴーレム。
「……さっきより、弱くなってない?」
セルンが、ボソッと呟きました。
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