病弱な従姉妹を優先する婚約者——それは病気じゃありません!!
よろしくお願いします!
「どういうことなの?」
「マリアベル!どうしてここに———!」
マリアベルには婚約者がいる。ルシアンだ。
幼い頃に婚約し、仲良くやってきた。しかし家族を亡くした病弱な従姉妹が引き取られてから、彼は変わった。
従姉妹が体調を崩したからと茶会をデートをすっぽかす。
医者でもない彼が毎度ついている必要あるか?
物語では、恋心を抱いた従姉妹が彼を引き留めるため病弱のふりをして、婚約破棄に至るというようなものは定番だ。
マリアベルは従姉妹——リリーシュシュを知らないし、病状も真意もわからない。しかしこの回数はあまりにもおかしい。謝罪も簡単な手紙だけ。
——蔑ろにされている——…
物語のように、病気の従姉妹を思いやれない冷たい女め!と断罪されてしまうのだろうか?
あちらの両親に頼まれての婚約だ。解消したってかまわない。
どういうつもりか確かめねば。
マリアベルは婚約者宅へ乗り込んだ。
お待ちくださいお待ちくださいと止める家人を避け、邸内を進む。こんなに止めるとは、まさかちちくりあっとるのではあるまいな。
扇でへの字口を隠しつつ階段を上がると——
「どういうことなの?」
「マリアベル!どうしてここに———!」
ルシアンが、化け物と対峙していた。手にはガラガラを持っている。
「ガラガラ?」
赤ちゃんをあやすあれだ。
「ああマリアベル!ここは危険だ!はやく——」
ギシャーー!!!化け物が叫び声をあげ、紫の触手を伸ばしてきた。
「くう!」
ルシアンがマリアベルをかばい、触手をかわして倒れ込む。
触手は壁に突き刺さっていた。
「あれは一体——?」
「あれはリリーシュシュなんだ!」
「まあ!」
化け物はぬらぬらと粘液を光らせ、ぴゅっぴゅと溶解液を飛ばしている。見た目は豚と山羊と鶏とかぼちゃと葱と鯛を足して割らないような姿だ。ついでに触手もある。
あれがリリーシュシュだというのか?
「リリーシュシュは不治の病で…発作を起こすと、あのような姿になってしまうのだ!」
「病気じゃなくて呪いでしょ。どうやら豚と山羊と鶏とかぼちゃと葱と鯛の恨みをかったのね」
「わかるのかい!?そうなんだ……。リリーシュシュの父が豚に、母が鶏に、兄がかぼちゃに、姉が葱に、乳母が鯛の恨みをかって、姿の変わる病気になり、不運にも理解のない冒険者に討ち取られてしまったのだ」
「だから呪いだって。まあそれで、まだまだ恨み足りないぞとリリーシュシュにまとめて呪いがふりかかったのね。しかも合体して強力になっている」
「そこまでわかるとは……!もっと早く話せばよかったよ。リリーシュシュの発作を止められるのは僕だけで……。さあ、今のうち逃げてくれ!」
ルシアンがガラガラを振り回しながらリリーシュシュへ駆けていく。
「眠れ〜眠れ〜良い子よ〜眠れ〜」
触手や溶解液を避けながらルシアンが歌うと、ふわふわとした光が生じ、化け物から人間の足が生えてきた。呪いを抑え込んでいるらしい。
ルシアンは華麗に攻撃を避けながらガラガラを振っている。彼は優れた騎士だった。なるほど彼にしかこれはできまい。
「ぐあ!」
徐々に人体が見えてきて、いけるか?と思われたその時、触手がルシアンを捉えた。ぐるぐる巻きでガラガラも振れない。
「く、ここまでかっ……!マリアベル、何をしている逃げるんだ!
約束を違えてばかりで、話せなくてすまなかった!嫌われるのがこわかったのだ!すまないマリアベル、愛していたよ……!!」
もがくルシアン。
「やれやれだわ」
マリアベルは逃げない。びたんびたんと壁に叩きつけられるルシアン。そして残りの触手がマリアベルへと襲いかかり——
「破ァ!!!!」
マリアベルが手を突き出すと、掌から怪光線が生じリリーシュシュを吹き飛ばした。
「こ、これは!?」
吹き飛ばされた拍子に自由になったルシアンが叫ぶ。
「破ァ!!破ァ!!!」
次々と怪光線がリリーシュシュに襲いかかる。
その度化け物の肉がキラキラと消えていき、やがて少女の姿だけが残った。
「6破ァか……。なかなか手強かったわね」
「マ、マリアベル、君は一体……!?」
気絶したネグリジェ姿の少女——リリーシュシュを抱き上げながらルシアンが問う。
「ご両親から聞いてないの?うちはそういう家よ。
解呪除霊悪魔祓いに恋占い、失せ物探しにダウジング、パワースポット紹介まで幅広く。
そのガラガラもお爺様の気配がするわ。プレゼントね。だから呪いが緩和されたのよ」
「つまり君は……、医者ってコト!?」
「違う!!!!」
ちなみにご両親は離れた部屋で震えていた。リリーシュシュのことは、病気だからマリアベルにはどうにもできないと思っていたらしい。
違うっつーに。
なにをもって病気と思うのか?マリアベルは訝しんだ。
「根こそぎ浄化したからもう大丈夫よ。これでデートもいけるわね」
「ああマリアベル……!君はなんて素晴らしいんだ……!」
ひしと抱き合う二人であった。
めでたしめでたしハッピーエンド…………
には、ならなかった。
「どういうことなの?」
「マリアベル!どうしてここに———!」
しばらくは平穏に、すっぽかしもなくなりラブラブすごしていた二人だったが、ある時から再びすっぽかしが始まった。
まーた呪われとんのか?と再び婚約者宅へ突撃し、家人が止めるのもかまわずずかずか進み、バン!とルシアンの部屋の戸を開けた——……
そこには、ベッドの上、素っ裸でちちくりあうルシアンとリリーシュシュの姿があった。
「すまない、すまない、実は無断欠勤や早退を重ねて、騎士団をクビになったんだ。落ち込んでいたところをリリーシュシュに慰められて……他にやることもなかったしつい……!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!今まで病気で意識のない時間が多くって……。治ってみたら暇で暇でつい……!!」
マリアベルは田舎はやることがないから子沢山という話を思い出していた。
それにしてもすっぽかしはマリアベルと会う時だけではなかったらしい。そりゃそうか。
「はあ〜……。まあいいわ。婚約解消しましょ。そちらの有責よ、慰謝料は払ってね」
「そんな!真実の愛ですのに……!?」
「リリーシュシュ、当人がどういうつもりでも浮気は浮気だ。ちゃんとしないといけないよ」
ルシアンはまだ少しは道理がわかるらしかった。
「それで、婚約解消はいいんだけど、あなたたちこれからどうするの?」
「うん、償いをすませてから結婚を……」
「そっちじゃなくて除霊のほうよ」
「「え?」」
二人はキョトンとした。
「やだ、それも聞いていないの?ルシアン、あなた取り憑かれ体質じゃない。だからご両親が私を婚約者に決めたのよ。会うたびに軽く祓ってあげてたのに気づかなかった?」
「そ、そういえば!!君に会うと肩が軽くなると思ってた!恋のせいかと……!」
「リリーシュシュさんも同じ……というか、更に溜め込む体質だから、二人でいると、ルシアンが引き寄せた悪霊をリリーシュシュさんが溜め込んで、えらいもんができるわよ」
「そ、そんな……!!どうしたら……!今まで通り、除霊は頼めないのかい?」
「定期的な除霊が必要だし、いくらなんだって別れた婚約者にそう何度も会いたくないわ。……でもそうね、早めの結婚祝いに光の結界を張ってあげましょう。永続的に続くから安心よ」
「な、なんと!!君は天使なのか……!!?どうかお願いするよ!!」
「お願いしますわお姉様!!」
「誰がお姉様じゃーい。いくわよ。破ァーーー!!!!」
マリアベルが手をかざす。フワフワの光が辺りを包む。
そして二人の頭髪が抜け落ち、つるつる頭から激しい光が生じた。
「キャーーーーーー!!!!!!」
「ウワーーーーーー!!!!!!」
つるつる頭から生じる光は、強く美しく、まるでサーチライトのように二本の光の柱として空へむかっている。今は部屋の天井にぶつかって、びびびびびって感じになってはいるが。
「こ、これは、これは一体……!!!」
「光の結界よ。これで悪霊は近寄れないわ」
「こ、これは……ずっと……!?」
「そうよ、安心して。就寝時にはアイマスクをお勧めするわ」
悲鳴を上げる二人に、慰謝料よろしくね、と告げ、マリアベルは邸をあとにした。
光り輝く二人だが、これでは社交も無理だと、後継を別の親戚に頼み、海辺の田舎町に引っ込んだという。
今では灯台守の夫婦として、仲睦まじく暮らしているそうだ。
海の魔物が減ったと大評判だそうな。なんのこっちゃ。
そしてマリアベルはといえば……
結婚相手を探すべく、大量の釣り書きに向き合っていた。
「やんなっちゃうわ」
婚約解消されたとて、マリアベルは人気がある。なにしろちからがすごいから———……。
「次は憑かれない人がいいわ」
釣り書きから立ち上がる邪気を、指先でピンと弾いて、マリアベルはため息をついたのだった。
ありがとうございました!!