おいしソーッス
若い男女がカフェで食事をしながら、手料理について語りました。
しいなここみ様主催『とんかつ短編料理企画』参加作品です。
森の木々が紅葉に色づくある日。勝野レツはレトロな雰囲気のカフェの前に立っていた。
友人の大石サナと待ち合わせをしていたのだ。
彼らは高校時代の同級生だが、ずいぶん長い間会っていなかった。
なので、お互いに再会を楽しみにしていたのだ。
やがてパタパタという足音が近づいてきた。
「サナ、久しぶりだね!」
レツは笑顔で言い、それにサナも笑顔で応える。
「本当に久しぶり! 勝野くん、ぜんぜん変わってないねー」
二人は学生自体に戻ったようにハイタッチをかわしました。
そしてカフェに入って互いの近況を交換し合いました。
レツは大学を出た後、地元の企業に就職。
サナは地元を離れて、都心の衣料メーカーに務めている。
「勝野くん、前に来たときはこんなおしゃれなカフェはなかったよね」
サナが尋ねた。
「たしか一昨年にできたのかな。前から少し気になってたんだ。職場の人の評判もよかったしね。
ちょっと雰囲気が良さそうだし、ここでゆっくり話せるかなって思って」
サナはカフェの内装を見ながら頷いた。
「確かに、ここは居心地がいいね」
二人はコーヒーを飲みながら、高校時代の思い出話の後、最近の出来事について話していた。
「オレは最近、仕事が忙しいんだ。でも、休日には料理をするのが楽しみなんだ。まぁ、下手の横好きだけどね」
レツが言うと、サナは興味しんしんで尋ねた。
「えー本当に? 勝野くんって料理できたんだ。で、何を作ってるの?」
レツは笑顔で答える。
「最近、カツ丼にはまっていて、自分でいろいろ試してるんだ」
「それはすごいね。っていうか、とんかつを作るのがまず難しいよね。あたしもこないだ揚げてみたんだけど、固くなっちゃったんだ」
「うん。オレも最初はやらかしてたよ。豚肉は過熱すると繊維が縮むからね」
レツは遠くを見るような目になった。
「ね、教えてよ。勝野君はどうやってお肉を柔らかくしているの?」
「調理に入る前に、豚肉にヨーグルトを塗っておくんだよ。それをラップで巻いて、冷蔵庫で一晩寝かせておくんだ。急ぐ場合は一時間ぐらいでもいいかな。それで柔らかくなるよ」
「へえ。そんな方法があるんだ」
ヨーグルト以外でもマヨネーズや塩こうじ、砂糖なしの炭酸水を使う人もいる。
牛乳で試した時はイマイチだった。
「漬け込む時間がない場合は『筋切り』と『肉叩き』をすればいい。『筋切り』は豚肉の赤身と脂身の境界部分に包丁を入れることだよ。深さ五ミリくらいで切り込みを一定間隔でいれると、肉が縮まるのをおさえてくれるんだ」
「『肉叩き』って、豚肉を叩くんでしょ。専用の道具がいるのかな」
「専用の道具じゃなくてもできるよ。豚肉の上に透明ラップをひいて、めん棒でまんべんなく叩くんだ。包丁の後ろでもいいよ。これで繊維がきれて柔らかくなるよ」
サナは手帳を取り出してレツの話をメモしていった。
「勝野くん。とんかつが揚がったのってどうやって判断するの? 時間が短くて中が赤いとイヤだし、かといって揚げ過ぎると黒くなるでしょ」
「まずは油の温度だね。油用の温度系があれば170度にしてみよう。温度計がないときは乾いた菜箸を使おう。油に入れてすぐに泡がでるくらいがいいよ」
「ふむふむ。170度ね」
「で、とんかつを油に入れて片面で2分、ひっくり返して2分で完成だ。あ、冷蔵庫から出したばかりの豚肉は冷えているから、室温まで戻してから作ろうな」
「なるほどー……。あたしもこんど試してみるね」
サナがいうと、レツはやれやれと首を振った。
「いや、ここからが本番の話。オレはカツ丼にハマっているって言ったろう」
「どんぶりのご飯にキャベツの千切りを載せて、とんかつを置いて、ソースをぶっかければ完成でしょ」
「いや、高校の時にオレらが食ってたのはそれだったけどね……」
レツはスマートフォンを取り出して、何かを調べ始めた。
「これを見てみな。とんかつをタマネギと一緒に煮て玉子で閉じているんだ。地域によっては『カツ丼』といったらこれなんだ」
「えー……なんか違うよね」
「愛知県では八丁味噌を使った味噌カツが有名で、それを使った味噌カツ丼ってのもあるよ」
「うーん。前に名古屋に行った時にお味噌汁を飲んだけど、あたしにはちょっと濃かったかな」
「岡山県ではドミグラスソースを使ったドミカツ丼というのもあるよ」
「あ、それはなんかおいしそう」
「岩手ではソース味の『あん』がかかった、あんかけカツ丼があるらしい」
「へぇ。全国でいろいろなカツ丼があるんだね」
レツのスマートフォンの画面を見て、サナは食べたそうな顔をしていた。
「オレ達が知っているソースカツ丼でも、地域によって違っているよ。ソースの種類も違うし、使いかたも違う」
「え? ソースって上からさっとかけるだけでしょ」
「たっぷりのタレの中でとんかつをくぐらせるのもあるんだ。新潟県のたれカツ丼が有名かな」
レツは自分が試作したカツ丼のレシピについてサナに語った。
どのようにしてジューシーなカツを作るか、どんなソースが一番合うかなど、具体例を入れて詳細に説明していた。
サナはメモを取りながら、真剣に話を聞いていた。
「勝野くん。一番失敗したカツ丼ってどんなの?」
「失敗っていうか、イマイチだったのは……。やっぱりアレだな。ごはんにとんかつ乗せて、トマトソースの肉無しシチューをぶっかけたもの」
「ちょっと、味が想像できないよ。よくそんなのを作る気になったね」
「勝負に勝つっていうゲン担ぎでとんかつを食べることをあるだろ。その発想で、ピンチのところから活路を見出すという意味をこめて……」
「意味をこめて?」
「死中に活」
「……それでシチューにカツを合わせたのね。くだらないけど、そういう発想で料理を作るのもいいかも」
「はは……、料理は楽しく作らなきゃね」
レツは料理を作るときにいろいろな失敗があったが、それを含めて作るのが楽しいようだ。
「ありがとう、勝野くん。今度一緒につくってみない?」
「いいね。休日で合わせられる日を確認するか……」
食事を終えてコーヒーを飲みながら、ふたりはまた話をつづけていた。