勇者は困惑する
ピーヨッヨッピーヨッヨッ♪
「……ん、んぅ」
吹雪の音と共に聞こえてくる、その甲高い鳥か何かよく分からない生物の鳴き声で勇者が目を覚まし、体を起こした。
「?……?、あ……そういえば原初の吸血鬼の誘いに乗ったんだった……」
ここはどこだったか、と首を傾げ、そういえばごく最近同じことを考えなかったか、とまた首を傾げ、ようやっと自身がどのような状況にあるかを思い出し、思わずと言った様子で声を出す。
それと同時に……
「おっはようございまァーす!!!」
バアッッン!と、勢いよくドアを開け放ち、文官だった男が部屋の中に入ってきた。
(よく毎回私が起きたタイミングで来れるなぁ……まさか何か仕掛けられて……?)
そしてあまりにも昨日今日とタイミングが良すぎるので勇者に疑われる。
「って、ン?もう起きてンのかァ。驚かすつもりだったってのに……」
(いや、本人的には外れだったの?この状況)
まぁ次の言葉で一瞬で勇者からの疑惑は消え去ったが。文官だった男があまりにも本気でがっかりしていたのだ。仕方あるまい。
その後、まるで鍛えあげれた王宮のメイドのようにテキパキと部屋の掃除をし始めた文官だった男を見て、勇者が口を開く。
「……そういえば、私は何をすればいいの?」
「えっ、普通に屋敷ですごしてリャいいだけだけど?」
「えっ」
何か共通の話題があるわけでも無いし、取り敢えず気になっていたことを聞いてみよう、という軽い気持ちで聞いたら勇者にとって予想外の返事が返ってきた。
「いや、え、……え?いや、何か、こう……あるんじゃ……?わざわざここに住まわせるんだから……」
「えェ……ないもんはねェよォ?あるとすれば主さんの話し相手くらいだろうし……」
「え……」
文官だった男はなんと言えばいいのか悩むように、というよりも何故そんなことを聞かれるのか意味が分からないとでも言いたげに首を傾げている。
「いや……こっちが『え』って言いたいンだわ……そもそも俺だって主さんからなんも聞いてねェし」
「!?」
驚きの事実が発覚した。まさかの文官だった男も何も知らなかった。何ということだ。主従だというのなら報告・連絡・相談はしっかりして欲しいものだ。
「あァ~~……取り敢えず、飯でも持ってくりャいい?詳しいことは主さん捕まえてここに連れてくッから。それか後で本人が勇者さんのここに連れてくッから。それか後で本人が勇者さんのこと呼ぶだろうし」
「えっ、あっ、うん。お願い(それ以外の選択肢あったの……?あったとして何があるの……?)」
この空気どうしよ、というように目を泳がせていた文官だった男が提案をする。
とはいえ提案した文官だった男本人もなんでこんな当たり前のこと言ってるんだろうと疑問を持っているし、勇者の側もその疑問を持っているのだが、双方ともこの空気をどうにかしたかったがために突っ込む者はいない。というより突っ込める者はいない。なにせこの場には現在、文官だった男と勇者の2人しか存在しないのだから。
「そんじゃ、勇者さん用の飯とりにいってきまーす」
「うん、お願い」
数十分後。
(ご飯の用意に時間かかってるのかな、)
1時間後。
(……)
2時間後。
(……何があった??)
「……この屋敷の道とか全く知らないけど、探しに行った方がいいかな」
あまりの遅さに勇者が困り出した。この2時間の間でこの部屋の中にある装飾品などを見続けていたが、それにも飽きてきたのだろう。むしろよく高級なものは多いが質素なこの部屋で2時間も待てたものだ。
一方その頃、勇者を困らせている張本人である文官だった男は、というと。
「ね"ェ"主さんどこ"い"ん"の"!!」
勇者に約束した以上まずは己の主に会いに行かねば、と行動したのはいいものの、勇者を起こしにいく直前まで居た部屋にもいなければ、なんならこの屋敷のどこにも居なくなっていた己の主を探していた。
……現在の時間を忘れて。