吸血鬼は決意する
「1つ目、かな」
勇者のその返答を聞き、原初の吸血鬼たる男は一瞬目を細めた。
(今まで全力で断ってきたんだから、ある程度の抵抗は形だけでもするかと思ってたんだけど……この短時間でどんな心境の変化があったのかな?)
「私も1人の人間なの。たとえ一般的に平和とされる暮らしから、遠くはなれた暮らしを生まれてからずっとしてきたとしても、ね」
原初の吸血鬼に疑問に思われていると知らずに、勇者は己の話を続ける。まぁ、結果的に原初の吸血鬼たる男が知りたいことを話しているため、全くもって問題はないのだが。
「そして、私は私の育った環境故に、何があろうと、何をされようと民を守ってきた。それが正しいことであり、私の唯一の存在価値であると思っていたから」
「そう、思っていたんだよ」
勇者が、面をあげる。
「でも私は知ってしまった。さすがに裏切られることはないだろう、永遠にたとえ利用する、という形ででも私を使うと思っていた私の認識は甘かったと。彼らは私の存在なんてどうでもいいんだと」
勇者の口角があがり、微笑みを見せる。
「だから、私は1つ目を選ぶよ」
そして、その目には切望の色が浮かぶ。まるで何かに……この場合は、『認められること』か何かだろうか。それに依存しているかのようだ。
(なるほどね……僕は嫌悪が消えなかったら“堕ちる”という手段をとった。そして勇者には嫌悪が消えずとも、双方が双方を受け入れられる“僕”という存在を見つけた。逃げ道を見つけた。だから君は僕を選ぶのか)
その勇者の『目』に気付き、原初の吸血鬼たる男は勇者の返答に納得する。
(けれど)
けれど、と、原初の吸血鬼たる男は納得という言葉と矛盾する思考をもった。
(本当にそれだけを思ってこの選択肢を選んだのかな?)
勇者の雰囲気は異常だった。いや、何かに対する切望に染まった目、という時点で異常ではある。しかし、それにしては可笑しかった。
勇者は確かに切望の色を見せていたものの、それと同時に、生きることも、何もかもを諦めた捕らえられてしまった暗殺者も同じような目をしていたのだ。
そして何より、
(勇者の発言の節々は明らかに可笑しい。しかし、それに関わっていそうなことは一切僕に従順である下僕は知らなかった……。これは、いろいろと勇者について探る必要性がありそうだ。が、まぁ今やるべきことではないかな)
その理由を探ろうか、と1度は考えたものの、なんのヒントもない今の状況下で考えたとしても、良い答えは浮かばないだろうと判断し断念した。
(……けど、今すぐにこの部屋から出ていけば上手くいけばそれを独り言で話してくれないかな?いや、流石にないか。……まぁでも、可能性がある以上やってみるか)
「そうか!それはよかった」
しかし、今考えずともうまい具合にいけばヒントくらい得られないかな、という軽いノリで、原初の吸血鬼たる男は勇者に対する返答をしてすぐ、部屋を出ても納得されるであろう言い訳を言ってから、己の下僕を連れて部屋を出た。
パタン
扉が閉まる。
「ちょ、主さん急にどうsムグ!ムググググ!」
それと同時に原初の吸血鬼たる男は己の下僕が喚きだしたので口を塞ぐ。突然の己の主の奇っ怪な行動に困惑しただけだろうにかわいそうに。しかし己の主には逆らえないのだ。
「うるさいね。ちょっと勇者が独り言で何か溢してくれないかの調査のために黙ってもらうよ」
「アッ、そゆことね……」
とはいえその後、ちゃんと原初の吸血鬼たる男が小声で己に突然勇者の部屋を後にした理由と、何故口を塞がれたかの理由を説明したことにより、文官だった男も小声で納得の言葉を漏らした。
「でm」
でも、ホントにそれでなんか勇者が溢すかァ?
文官だった男がそう言おうとしたその時、勇者の部屋から1つ、小さな声が聞こえてくる。
『どうせもう、私に価値あるものなどないのだから』
「――おや」
その声を聞いて、原初の吸血鬼たる男はほう、と息を吐く。
「……勇者のあの目は、自暴自棄になってしまっていたからだったのかな」
原初の吸血鬼たる男は、目を細める。
これは絶望を表している訳ではない。
これは愉悦を表している訳でもない。
原初の吸血鬼たる男は、ただ、
勇者の心をここまで壊した人間たちへの怒りを、また、元から何かを期待していた訳でもないのに、それでも隠しきれない失望を感じていた。
「――なら、生にしがみつきたいと思えるくらいの喜びを覚えさせた後で、絶望を味あわせて、僕に依存してくれるようにしなきゃね」
しかし、そんな人間たちのことに思考を飛ばすなんてそれこそ馬鹿だ、と言わんばかりに即座に思考を切り替え、これから勇者をどうするかに関して考え出した。
「……、ふっ……はっはは!主さんはそうでねェとなァ!」
そして文官だった男も、満面の笑みとともに吐き出された原初の吸血鬼の意思を確認し、己の主と同じく満面の笑みを浮かべた。