勇者は交渉に――
「ふっ、」
あの可笑しなやり取りが始まってから数分後。未だに続く、原初の吸血鬼と文官だった男のやり取りをみて困惑する、というより、真面目な顔なんてくだらないことを話しているのだろうか、と思わず小さく笑う。
それに気付いた原初の吸血鬼と文官だった男が、勇者の方を見る。(原初の吸血鬼の方は元から勇者に気づかれないように、勇者の方を見ていたため、この表現は正しくないかもしれないが)
「おやおや。君が馬鹿なことをいうから勇者に笑われているよ?」
「ひっど!!ぜってェに主さんの返しに笑ったんだって!俺じゃねェって!!」
「うんうん。君のせいじゃないんだねー」
「棒読みじゃん!!」
そして、未だに小さな笑いが止まらない勇者を見ながら、原初の吸血鬼が文官だった男をからかい始めた。
「ふっ、ふふふ」
それを見て勇者はさらに笑う。己よりも圧倒的強者である人物が、こんな些細なことの責任を押し付けようとしているのだから当然だろう。
「と、まぁ茶番をするのは一旦止めにして」
そしてその勇者の様子を満足そうに見ながら、原初の吸血鬼がパンッ、と手を叩き茶番劇の終了を告げる。
それと同時に文官だった男は、茶番、と称された己と己の主である原初の吸血鬼とのやり取りの際に見せていた子供のような笑みを消した。
そしてそれに反し、最もこの状況に畏怖し、
恐怖し、警戒すべきはずの勇者は微笑みを消さない。まるで素晴らしい小説の続きを待ち続ける一読者のように、ここから原初の吸血鬼たる男がどう動くのか、それを心待ちにしている。
そんな勇者の様子を訝しみながらも、原初の吸血鬼は己が言うべきことを言う。
「さて、勇者さん。君には2つ、選択肢がある」
1歩、原初の吸血鬼たる男が勇者のいるベットに近づいた。
「1つ、このままこの極寒の地にある僕の屋敷で死ぬまで暮らすこと」
この極寒の地、と言いながら勇者の右側にあった窓の方を指差した。確かに窓の外では叩きつけるような雪が降っている。
「2つ、今ここで僕に殺される」
「さて、どっちがいい?」
原初の吸血鬼たる男の妖しく光る紅き目が、勇者の目を見つめる。
しかし勇者はそれに動揺などしない。
畏怖もしない。
恐怖もしない。
なぜなら勇者の返答は脅されるまでもなく既に決まっていたから。
「1つ目、かな」
勇者は返答を口にする。微笑みを崩さないままに。
――この返答は別に生きていたいという生存欲求からではない。
「私も1人の人間なの。たとえ一般的に平和とされる暮らしから、遠くはなれた暮らしを生まれてからずっとしてきたとしても、ね」
勇者が顔を俯かせる。己の表情が見えぬように。
「そして、私は私の育った環境故に、何があろうと、何をされようと民を守ってきた。それが正しいことであり、私の唯一の存在価値であると思っていたから」
「そう、思っていたんだよ」
勇者が、面をあげる。その顔は絶望と歓喜、あるいは……狂気と正気。その正反対の2つ感情に支配されている。
――この返答は、
「でも私は知ってしまった。さすがに裏切られることはないだろう、永遠にたとえ利用する、という形ででも私を使うと思っていた私の認識は甘かったと。彼らは私の存在なんてどうでもいいんだと」
「だから、私は1つ目を選ぶよ」
(貴方の側にいれたなら、存在意義すらわからなくなった私でも、“私”を取り戻せるかもしれない、そう思うから)
「そうか!それはよかった」
そして、その返答に原初の吸血鬼たる男は笑みを浮かべた。
――この返答は、
(私は、壊れた。壊された。王宮の人間に)
(でも昔の私はそれに気が付かなかった。なぜならただ魔族を屠るための道具に必要ない、と言って多くの物を壊されたから)
(けれど)
(気付いてしまった。あの環境はあまりにも異常であったと。彼らの裏切りによって、私の中に少し残っていたらしい“人の心”が戻ってきてしまったから)
(そうなればもはや私は彼らを信じることは出来なかった)
(けれど)
(けれど)
(けれど)
(そもそも人間でも何でもない、私を無条件に受け入れようとした原初の吸血鬼なら)
(1度くらい、信じてみても良いかもしれない)
「どうせもう、私に価値あるものなどないのだから」
――この返答は、全てを諦めざる終えなかった“人間”が、その原因たる“人間”ではなく“魔族”である原初の吸血鬼に、今まで得たことのない“愛情”を、無意識下において求めた結果である。
もっとも、勇者本人はその思いに気付いてはいないが――
今回も拝読ありがとうございます!
勇者の闇が顔を出してきましたね。なので(?)次回は吸血鬼sideです。
ちなみに“次回”は明日投稿です!できるだけ続けて読んでほしいので!!
と、いう訳でまた明日~(明日は作者は顔出さないと思いますけどね。テスト終わったけど1ヶ月以内にテストあるので)