吸血鬼は己の下僕から報告を受ける
「主さん!あんたの右腕たるこの俺がァ! 戻って来たぜェ?」
立て札を破壊した文官の……否。文官だった男は、国外に出ていった後すぐに北へと向かい、己の主の元へと足を運んでいた。
「ん?あぁ、戻ってきたのかい?」
“主さん”、と呼ばれた黒髪赤目の青年は、文官だった男は先程ドタバタと屋敷の中を走ってきて、更にはノックも何もせずに豪快に部屋に入ってきたというのに文官だった男に話しかけられるまで彼が居ることに気づいて居なかったのか、己以外の者の声が聞こえることに首をかしげ、その後で彼を見つけ微笑んでくる。
「おいおい。流石にそりゃァ酷すぎるってェもんじゃないのか?俺は全力で帰ってきてやったってのによォ」
そう言いながら文官だった男は“主さん”がたくさんの本を積んでいる机の端に腰をかける。
「全力で帰ってきてやったって……全力で帰らないと巻き込まれると判断しただけだろう?」
「まァそうだけどよォ」
だがそれを気にせず“主さん”はクツクツと笑いながら机に右腕をつき男のことを見上げている。
「って、ン?何があったか知ってんのか?」
「勿論。勇者は僕の“お気に入り”だからね。彼女に関係することならあらゆる情報網を駆使して全力で探すよ……まぁ、どうしてあんな命令が出されたのかは知らないけど」
「まっ、そこは騎士と1部の貴族にしか教えられてねェみてェだからなァ」
「じゃ、君は知ってるよね?」
文官だった男が知らない筈がないと信じているのか、何も疑っていない目で彼に問いかける。
その問いに、文官だった男はニヤリと笑みを浮かべ――
「勿論知ってるぜェ?」
そう、事実を口にする。
「それじゃあ、報告をお願いしようかな」
「はァい!」
それを受けて、原初の吸血鬼たる男は満足気に頷き、己の下僕に詳細を求めた――
そして、文官だった男からの報告を聞き終わり、“主さん”はにこにことした笑顔のままこめかみに青筋を浮かべる。
「へぇ……」
室内は“主さん”の感情を表すかのように極寒の寒さへと変わっていく。何故か。それは“主さん”の魔法で室内の温度が人が生存出来るレベルに変えられているため、“主さん”の感情や体調によっては室内の温度も変わってしまうからだ。
そして、屋敷の外は極寒の地であるがために、人が生存出来るレベルの温度に変えている“主さん”の魔法の効果がなくなるとどうなるのか、それは勿論……
「ちょっ!寒ィって!止めて!?俺関係ねェだろ!?俺が死ぬ!!」
“一応”は人間という括りに存在する文官だった男が凍え死ぬのだ。文官だった男は基本的に“主さん”が望むならなんでもするが、流石にこんな理由で死ぬのは嫌だった。当然のことと言えよう。
「え?ああ、ごめんごめん」
それを思い出したのか、“主さん”が全く悪びれてない様子で一応謝罪の言葉を口にする。
「ぜってェ悪ィと思ってねェだろ……」
「ふふふ。思ってはいるよ?思っては」
「えェ……マジィ?」
「ほんとほんと……でも、人間たちには、ちょっとお仕置きが必要かな?」
全く“主さん”の言葉を信用していなさそうな文官だった男に笑っていた“主さん”が、微笑みながらも何の感情も映さない瞳でそう口にする。
「えェー別に勇者は何とかすんだろォ?自分で」
「ん~それはそうだろけど、僕は彼女のことを気に入っているんだ。ある程度はお仕置きしても良いだろう?」
「……まっ、勇者が良いって言うンなら良いんじゃねェの?」
勇者へ害をなそうとした人々に対しての報復を考える“主さん”に、勇者本人への許可を取るべきだ、という至極当然のことを面倒くさそうにしながらも告げる。
「えー、それじゃあ無理じゃないか」
「えっ、まさかの勇者が拒否すること分かった上でやろうとしてたってことォ?」
「え?違うよ?」
「ならどういう意味だっつーの!」
文官だった男に勇者本人への許可なしに行おうとしていたのか問われ、それに違うと何故そんなことを聞かれているのか理解出来ないと言わんばかりの顔で首を傾げたが、文官だった男の返しで何かに気付いたのか、ポンッ、と手を打つ。
「あぁ、言い忘れてたね。僕は勇者と接触したことがないんだよ」
「ああ、それなら許可取りにすらいけねェな……ってそうじゃねェよ!!接触したことがねェってどういうことだよ!」
“主さん”が真面目に返答したものの、その話の内容が理解出来ず、文官だった男は腰掛けていた机をドンッと叩き、“主さん”に詰めよった。
「言葉通り、僕はただ勇者をひっそり眺めているだけで、話したことは無いし多分向こうに認知されてないってことだよ?」
「うっわァ。だァからギリギリまだ文官になってなかったころに主さんのことを知ってる前提で話しかけたら不思議そうな顔してたっつーことォ?まったく気付かなかったわァ……」
「えーと、よしよし?」
勇者が“主さん”のことを全く知らないということに気づけていかなかったことに落ち込み、頭を抱えてうずくまった文官だった男を、“主さん”が取り敢えず撫でた。
「これ、元はといえば俺に何も教えてくれなかった“主さん”が悪ィ筈何だけど……」
それに無意識なのかわざとなのかの判断は付かないが、文官だった男はそれが嬉しかったのか、“主さん”の手に己の頭を近付けている。
「ごめんね。既に言ってるような気がしたものだから」
「……別にいいけどよォ」
「本当かい?それは良かった」
文官だった男に謝罪を受け入れて貰えたことに“主さん”は満足そうに男の頭にポンポンと手を乗せた。
「まっ、それはそれとしてさァ、勇者マジでどうすンの?」
「ん~多分いくら勇者と言えど己が守ってきた者たちに殺されかける、なんていう体験をしたら心が壊れてしまうかもしれないからね。本人に会ってみようか」
「え~、それしたら勇者によく分かんねェ変人が現れた~って思われンじゃねェ?」
「それはいつでもそうなるだろうし、別に行ってもいいんじゃないかな?」
「ああ、確かに。じゃあ行っちゃう?」
「行っちゃおうか」
そして、そんな軽いノリで勇者に会いにいくことが決定した。
勇者が王宮にたどり着いてから、数時間後。
「ね、君が勇者であってるよね?」
「……だれ?」
――こうして化け物と呼ばれた血塗れの勇者と、極寒の地に住まう、魔王すらも凌駕する力を持った吸血鬼が出会ってしまったのだ。
勇者を待つのは平穏か、はたまた狂気か――
それはまだ、誰も知りえない。
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