第9話
結局、僕が事情を知ったのはすべて終わった後だった。
この前彼女が口にしてた言葉からなんとなく事情は察していたけど、やはりそういうことだったらしい。
彼女から相談を受けた玉井さんが知り合いの警察官やら弁護士やら、謎のコネを駆使してあっという間に解決してしまったと、彼女が教えてくれた。
今はいつもの公園のベンチに横並びで座って、そうした彼女の事情を教えてもらっているところだ。
「ごめんね、君が辛い思いをしてるときに何もできなくて」
「別にいいよ。おじさんに聞かれると恥ずかしかったし」
「ああ、それはそうだよね。仕方ないとはいえ、情けないなぁ」
「……情けなくなんてない。わたしが一番辛いときに助けてくれたのはおじさんだもん。今にして思えば、わたし相当参ってた。自分ではあんな奴に負けてやるもんかって思ってたつもりだけど、わたし目の前が真っ暗になってなんにも見えなくなってた。そんなわたしに、おじさんは光をくれた。前に進む勇気をくれた。だから、わたしを助けてくれたのはおじさんなんだよ」
「そ、そう、かな? はは、なんかそう言われると照れるな」
気を遣ってくれただけかもしれないけど、多分本心で言ってくれたように思える。
こんな僕でも助けになれたならよかった。
「あ、でも、こんな話僕が聞いてよかったの? さっき言ってたとおり男の僕には秘密にしておきたかったんじゃ」
「ううん、おじさんには知ってほしかったから。……おじさん、わたしの事好きって言ったよね。どう? こんな話聞いてもまだ、わたしのこと好き?」
「もちろんだよ! これくらいで嫌いになったりなんてしない! あ、いや、これくらいなんて言ったら駄目だよね。君にとってはすごく重いことなんだから。これくらいって言ったのは別に軽く考えてるわけじゃなくて――」
「あはは、気にしなくていいよ。言いたいことは分かるから」
「う、うん。……もう一度言うよ。僕は君が好きだ。今の話を聞いた後でもそれは変わらない」
「そ、そう、ありがとう……」
言った後で僕も恥ずかしくなってきた。
彼女のことをまっすぐ見れなくてあちこち視線をさまよわせてしまう。
「……あ、あのさ!」
「は、はいっ」
「その、おじさんも、わたしと、その……シたいって、思うの……?」
「シ、シたいってそういうアレだよね。ダ、ダメだよ女の子がそんな――」
「いいから答えて! 大事なことなの……」
すごく真剣な目だ。
理由はわからないけど、今言ったとおり大事なことなんだろう。
「……正直に言えば、シたいって思うよ。でも、こんな事があったばかりでそういうことをする気はない。第一君はまだ子供だ。子供相手にそういうことをする気もない」
「……でも、シたいとは思うんだよ、ね?」
「そ、それはまあ……でもそれはあくまで好きな女の子だからって理由であって、決して僕がロリコンというわけではなくてねっ――」
「ふ、ふふ、おじさん必死すぎ」
「うっ……」
「うん……うん!」
「えっと……?」
「おじさん、ありがとう。わたしね、まだ怖い。そういうことをするのもだけど、男の人も話をするだけで足が震える。また、あいつみたいなことをされるんじゃないかって。でも、おじさんに、わたしとシたいって言われても嫌だとは思わなかった」
「それって、どういう……?」
「おじさん、わたしもおじさんが好き」
好き……?
え? 本当に……?
「顔は全然タイプじゃないし、年もかなり離れてるけど……でも、わたしにとっては世界一かっこいい男の人だよ。だから、特別にわたしがおじさんの恋人になってあげる」
「え、あ、いや、あの、いいの? 本当に?」
「い・い・の! だってわたしもおじさんのこと好きなんだもん。おじさんが嫌だって言ってもわたしはおじさんの恋人になるからね。はい、決定」
「ええ、そんな強引な……」
「なに、イヤなの?」
「イヤじゃないです」
「ならいいよねっ?」
「はい……」
そう答えた途端、彼女は笑顔になって僕の腕に抱きついてきた。
「えへへ」
「~~ッ!」
や、やわらかい……! それにいい匂いもして……い、いかん。さっきあんな話をしたばかりなのに幻滅されてしまう……!
「……ま、まあ、男の人はそういう生き物だって玉井お姉さんから聞いてるしね、うん。でも、その、まだそういう事するのは怖いから我慢してくれる?」
「も、もちろんだよ! さっきも言ったけど、あんな事があったばかりの君とそういうことをする気はないから!」
「う、うん。ありがとう。……でも、怖くなくなったら、そのときはわたしのは、初めて……もらって欲しい、な……」
「ッ?! い、いや、でも、初めてって……」
「初めてなの! スポーツとかで自然と破けちゃう人もいるって言うし、あんなのノーカンだよ!」
「そ、そっか。うん、そうだね」
あれ? 似たような話を僕も玉井さんにされたような。
「だから、これも初めて、だよ……」
気がついたら、目の前に彼女の顔があった。
目の前、と言うか、完全に重なっている。
「ん、ぷはぁ……ほら、キスでこんなにドキドキしたことないもん。だからこれがわたしにとって本当のファーストキス……」
「う、うん……僕も、初めてだ……」
「そう、なんだ。おじさんも初めてなんだ。えへへ……わたしの恋人として、これからよろしくね、おじさん」
「あ……」
その時見せた彼女の笑顔は輝いていた。
あの日からずっと見ることのできなかった、僕が彼女を好きになる切っ掛けとなったあの笑顔。
いや、それよりもずっとキラキラ輝いている。
「君が好きだ」
「うん。わたしも、好き」
どちらからともなく顔を近づけ、自然と口付けを交わしていた。
「そうだ。わたしまだおじさんの名前聞いてない。わたしは橋戸ゆかり」
「僕は常磐士郎。よろしくね、ゆかりちゃん」
「うん、えっと、士郎さん?」
一生、この娘を大切にしていこう。
この娘の笑顔をずっと守り続けていくんだ。