第5話
「はぁ……」
なんであんなこと言っちゃったんだろう。
いや、まあ、なんか真剣そうな雰囲気だったから真面目に返さないといけないなって思ったけど、だからっていきなり告白みたいな真似しなくても……。
「はぁ……」
「10回目」
「え?」
「先生が溜め息を吐いた数です」
「え、あれ? 僕溜め息吐いてました?」
「はい。それはもう重いのを。なんですか、最近気になってた女性に振られたとか?」
「……別に振られてはいないですけど」
「ああ、勢いで告白しちゃったけど、ヘタれて返事はいらないとか言って逃げたんですね」
「察し良すぎでしょう! 見てたんですか?!」
「んふ。先生はわかりやすいですからねぇ」
彼女が僕の担当編集になってからもう一年以上経つけど、玉井さんには驚かされっぱなしだよ。
女の人は勘がいいって言うけど、玉井さんのは勘がいいってレベルではないと思う。
なんとなくきまりが悪く、注文したコーヒーを口につけた。
「先生は風俗でも何でも行って、さっさと童貞捨てちゃったらいいんですよ」
「ングぅ?! ゲホッ……ゲホッ……い、いきなりなんてこと言うんですか?! あと周りに人もいるんですよ?!」
「先生声大きいです。騒いでると他のお客さんの迷惑ですよ」
誰のせいですか、全く。
「私思うんですけど、童貞ってヤッたことがあるかどうかが重要なんじゃなくて、女性と接するのに慣れてるかどうかの問題だと思うんですよね。話題のチョイスとか踏み込んで良いラインの見極めとか。先生も女の人ともっと話してそういう経験を積んだほうがいいと思うんですよ」
「だったら風……そこに行かなくてもいいでしょう」
「ええ。別にキャバクラとかでもいいですね。まあ、何にせよ先生はもっと女の人と接する機会を増やしたほうがいいですって」
う~ん、一理ある気はするけど……でも、何話したらいいかわからないしなぁ。
「別に先生から話題振らなくても相手の方から振ってくれますって。なにせその道のプロなんですから」
「だからその心を読んだみたいに話すのやめてくれませんか」
「んふ」
これだから苦手なんだよなぁ。まあ、そのおかげで話しやすいって面もあるんだけど。
他の女性ともこんなふうに自然に話せれば、僕にも彼女とかできたのかなぁ。
……いや、結局変わらない気がするな。
「そんなことないですって。先生って自分で思ってるよりかポイント高いですよ?」
「別にお世辞とかいらないですよ」
「いやいや、お世辞とかじゃなくて。先生って見た目は清潔だから一緒にいても不快じゃないし、女性のちょっとしたところも気付いてくれるじゃないですか?」
「ちょっとしたって、例えば?」
「この前私が前髪切ったの気付いてくれたじゃないですか」
「ああ。でもそれは職業病みたいなものですし」
「体調悪いときに気遣ってくれたり、こういう店でトレーの片付けしてくれたり」
「それくらい普通じゃないですか?」
「いや~、意外と普通じゃないですよ? 特にそれが当たり前のこととして自然にできるところが。たいてい下心が透けて見えたり、押し付けがましかったりするんですよね~」
「はぁ、そういうものですか」
全然わからん。
「それに先生って安心感があるんですよね」
「安心感?」
「ええ。頼りになるっていうのとは違うんですけど、一緒にいても緊張しないっていうか自然でいられるっていうか。いい人オーラが漂ってるんです」
「からかってます?」
「も~、からかってませんてば~。そんなふうに自分に自信がないから童貞なんですよ?」
「だから、そういう事言わないでください!」
「先生声大きいですよ」
確かに周りを見れば何事かとこちらを見てる人がチラホラと。
「まあ、そんな感じで先生はわりとポイント高いんです」
「はぁ」
「締まりのない返事ですね~」
玉井さんの言うことっていまいち本気かわからないんだよなぁ。
それに今言ってくれたのって結婚相手としてはいいかもしれないど――
「まあ、恋人にするには刺激が足りないですけどね~」
うグッ。思っていたことをズバリと……。
「あら? いやでも、相手が恋人に何を求めるかなんてわかりませんしね。刺激的な恋ばかりしてきた人なら逆に新鮮に感じてくれるでしょうし」
「そ、そうですか?」
「まあ、私だったらヘタれて返事も聞かずに逃げる男は嫌ですけどね~」
励ましたいのか、とどめを刺したいのかどっちですか……。
どちらにせよ小学生の女の子が恋人に安心感を求めるとは思えないし、僕にとってはなんの励ましにもならないか。
ん? あれは……。
「すみません。急用ができたので今日はこれで」
「え? いや、先生? ああ、ちょっと?! ……何なんですか、全く。窓の外に何があったと言うんですかねぇ。…………アレ、かな」