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第1話

 僕がその子を見かけたのはただの偶然だった。

 漫画で生計を立てている僕だけど、基本的に座りっぱなしの仕事なので健康に気を遣って街を散歩することを日課としている。それになんの刺激もない毎日を送っているとすぐにネタが切れてしまうというのも理由だ。

 散歩のコースはその日の気分で適当に決めているのでその日によって違う。

 そんな散歩の途中で通りかかった公園にその子はいた。


 一目惚れだった。


 学校の友達と思われる子供たちと遊んでいるその子から目が話せなかった。その子の周りだけキラキラと輝いているように見えた。


 僕みたいな40歳をとっくに過ぎたおじさんが言っても気持ち悪いだけかもしれないけど、あの子の笑顔を見た瞬間、何かも忘れて見入ってしまった。心を奪われてしまった。

 恋とは、心がときめくというのはこういうことなのかと、僕は初めて知った。

 僕は今までこんな気持を知らずに恋愛モノの漫画を描いてきたというのか。恋する女の子の気持ちが表現できていないと言われるのも当然だ。


 とはいえ、この気持ちを伝えることはできない。

 いや、伝えるだけなら、まあ、できるだろう。けど、その先に待っているのは社会生命の終わりだから実質不可能である。


 なぜなら僕が恋をした女の子というのが小学生だからだ。


 ツーサイドアップという、後ろの髪をの残したままツインテールを作ったような髪型。

 キャミソールの上に若草色の薄いジャケット、下は膝上のスカートを履いている。最近は温かい日も増えてきたけれど、まだ朝のうちは寒いからジャケットで調整しているのだろう。


 って、いかん。

 僕みたいな冴えないおっさんが小学生の女の子をまじまじと見ていたら通報されてもおかしくない。さっさと退散しよう。


 その日はそれでおしまい。

 だけど、家に帰ってからも彼女の笑顔が頭を離れなかった。仕事に集中しようとしてもふと気づくとあの子の笑顔を思い出していた。うっかりヒロインの顔を彼女そっくりに描いてしまうなんて、それこそ漫画みたいなことまでやらかしてしまった。


 また、彼女の笑顔が見たい。

 けど、そんなことが許されるだろうか。


 身なりに気を遣っているとは言え、40後半で容姿は平凡。スーツを着て歩けばどこにでもいそうなうだつの上がらない会社員といった風貌の僕が、小学生の女の子を付け狙うような真似をしたら……間違いなく通報される。想像するだけで背筋が凍るようだ。

 彼女からしてもそんな男にストーキングされたら恐怖を感じることは間違いない。


 だから、二度とあの公園には近づくべきではない。

 そう、頭ではわかっているのに……。


 その日から僕は散歩のときにその公園を通るようになった。

 毎日ではない。が、今まで一週間のうちで同じところは通らないようにしていたことを考えれば、かなり頻繁に通うようになったと言えるだろう。


 声をかけるつもりはないし、長居して通報されたくもないので、ひと目見たらそのまま通り過ぎるだけ。

 別に恋が叶わなくてもいい。親子ほどに年の離れた男女の恋が成立するのは物語の中だけなんだから。

 僕はあの子の笑顔が見られればそれで十分だ。


 あの笑顔を見るだけひだまりに包まれているように暖かな気持ちになった。ポカポカとして心地よい春のようなぬくもり。

 幸せなんだ。あの笑顔が見られるだけで。


 反対に、あの笑顔が見られない日は切ない気持ちになる。心が締め付けられるようというのは本当のことだったのかと驚いた。

 ただ、こういうのも意外と悪くはない。

 僕にとっては人生初の恋で、経験する何もかも新鮮だった。この切ない気持ちも大切なものだと思えた。


 だから、これでいい。

 初恋は実らないなんてよく言うし、そもそも現実の恋は漫画みたいにきれいなばかりではない。結婚だなんだと考えないといけないことはあるし、プラトニックな関係でもいられない。どちらも小学生相手に考えるわけには行かない問題だ。

 いや、最近の子はませてると言うし、意外と大人だけではないのか? まあ、そんなものは同人誌とかにしか存在しない話だろう。


 今のまま、散歩の途中でたまにあの笑顔が見られれば、それだけで満足なんだ。そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごしていた。


 けれど、僕は今日、彼女に声をかけていた。


 泣いていたんだ。一人ぼっちで。


 事情もわからないのに、不審者同然の僕が声をかけていいものか迷いもした。

 けれど、好きな子が泣いているのに何もしないなんて、僕にはできなかった。


「だいじょうぶ……?」

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