第3話 慰撫
「アッシュさん、この後どうしましょう?」
「そうだね……」
僕の力を使えば、空間と空間を繋いで直ぐにレッセン達の所に行き、その場で殺すことも出来る。
でも……それじゃ僕の気が済まない。
僕らが受けた傷の疼きは、そんなものじゃ治まらねぇんだよ。
「……今日は色々なことがあり過ぎた。まずは宿でゆっくりと休もう」
「でも今から宿に戻ると、あいつらと鉢合うんじゃ……」
確かに……まずはあいつらの居場所を把握しなきゃ。
えっと……こうかな?
「《望遠》」
ぉ……おおっ、見える、見えるぞ!
僕の右目に映る、レッセンとセルンの姿。僕とリオを殺したあとだと言うのに、清々しい笑顔で歩いている。
《望遠》は、空間と空間を繋げてどんな所でも覗くことの出来る魔法だ。
こっちから見ることは出来るが、向こうからこっちのことは見えない。だから僕達のことがバレる心配はない。
「……奴らはまだ古代エルフの里から出てないみたい。この調子だと、宿に着くのは三日後になりそう」
「それなら早く先回りを……!」
「慌てないで。大丈夫だから」
自分の中に意識を集中すれば、空間魔法の真の使い方を理解出来る。
収納、攻撃、望遠。
そして──移動。
「《交換》」
僕とリオの足元に魔法陣が浮かび上がる。
瞬間、周囲の景色が、僕らの取っていた宿部屋に一変した。
「……ぇ……こ、これは……!?」
「この部屋の空間の一部と、古代エルフの里の空間の一部を交換したんだ。所謂、瞬間移動ってやつだね」
今のところ、空間魔法で分かってるのはこれくらいだけど……まだまだ空間魔法には、これ以上の可能性を感じる。
工夫、応用、発展。
どんなことが出来て、どんな風に使えるのか……。
それを考えるだけで、楽しくて楽しくて仕方がない。
「……凄い……凄い凄い凄い! アッシュさん、本当に凄いです!」
「あ、ありがとう……」
こ、こんなに褒められることなんて今までなかったから、照れるな……。
ぴょんぴょん跳ねて僕のことを絶賛するリオ。その度に少女とは思えない胸が弾んでとても眼福です。
「と、取り敢えずここの宿はこのままにしよう。チェックアウトしちゃうとあいつらに怪しまれるだろうから。必要な荷物だけ持って移動する。いい?」
「はいっ。……でも、どこに行きましょう?」
「うーん……どこでもいいけど、どうせなら帝都に行こう」
世界最大の国、ファニル帝国。その中央都市である帝都ファニレシアは、この世界最大の都市だ。
帝都には様々な物資が集まる。物も、情報も、人も。拠点にするなら不便のない場所が一番だ。
「じゃあ行くよ。《交換》」
◆◆◆
帝都にやって来た僕らは、安いけど評判のいい宿を取った。
勿論リオと部屋は別だ。美しい聖女様と同じ部屋で寝泊まりとか、据え膳が過ぎる。あと普通に我慢出来そうにない。
「はぁ……疲れた……」
風呂にも入らず、ベッドに横になる。
体はダルいし、目を閉じれば直ぐに眠れそうなのに……頭が妙に冴えて、眠れそうにない。
世界の最奥に着いて、殺されて、ユグドラシルさんに出会って、力を貰って復活して……色々なことがあり過ぎた……。
でも、まさか空間魔法がこんなに強い魔法だったなんて……。
魔法には属性というものがある。
炎、水、風、土、雷。どの魔法もいずれかの属性に該当する。天才魔導師セルンは、その全てを使いこなしていた。
逆に僕は、その全てを使えない。
だけど……この空間魔法だけは、物心がついた時から使うことが出来た。
物を入れて、出すだけの簡単な魔法。
世間一般では空間魔法はそういう認識だったのに……一気に常識が覆ったな……。
目を閉じて意識を集中すると……空間魔法の使い方が湯水のように湧き上がってくる。
これを全部使いこなせれば……。
ワクワクとドキドキが入り交じったような感覚。
そのせいで、余計頭が冴えてしまった。
どうしよう……せっかくだし、街に繰り出すのも……。
──コンコンコン。
「ん?」
控えめなノック……誰だ……?
《望遠》で部屋の外を確認する。
「……リオ? 開いてるよ」
「し、失礼します」
リオはおずおずと中に入ると、誰にも見られてないことを確認するかのように外を見て、部屋に入ってきた。
さっき別れたばかりなのに、どうしたんだろう……。
「いらっしゃい、リオ」
「……は、ぃ……」
……? 落ち着いてないみたいだけど……。
「……リオ?」
「っ……アッシュ、さん……私……私っ……!」
えっ、泣いて……!?
「り、リオ、落ち着いて。ね?」
「う、ううぅ……!」
……可哀想に……こんなに震えちゃって……。
リオの手を引いてベッドに座らせる。
「待ってて。今お茶を……」
「アッシュさん……!」
ギュッ──。え、抱きつ……え?
「わ、私……ダメなんです……」
「だ、ダメって、何が……?」
「……あいつに……セルンに殺された感覚が体を這いずり回って……一人でいると、気が狂いそうになって……!」
……リオ……。
「体が麻痺して動けず、声も出せない……そのまま……い、い、生きたまま燃やされてッ……! その感覚が……!」
「リオ!」
「っ! ……ぁ……」
リオの体を思い切り抱き締める。
リオの受けた心の傷……これは僕以上に深刻みたいだ。
生きたまま体を燃やされてるのに、動けず、声も出せず、ただ燃えていく感覚を味わうだけ……。
そんなの、あまりにも……!
「……でも……アッシュさんと一緒にいると……アッシュさんに触れていると、そのことを忘れられるんです……」
僕の腕の中にいるリオは、目を潤ませ、頬を染めて僕を見上げる。
「お願いします、アッシュさん……私を一人にしないで……私の体の疼きを止めて……!」
そ、それって……。
「……いいんだね?」
「はい、アッシュさんになら……」
リオ……!
リオの体を今より強く抱き締め……どちらともなく目を閉じ、キスをする。
甘く、蕩けるようなキス。それでも貪るように、獣のように激しく、濃厚に、濃密に……。
そのまま押し倒し、僕の下でなすがままのリオ。
「リオ……」
「アッシュさん……」
僕は、リオの服に手を掛け、そして──。
僕達は、互いの体を貪りあった。
心を通わせる、なんて生易しいものじゃない。
心の傷を舐め合い、互いが互いを、欲望の捌け口とするような行為。
体力が無くなればリオの魔法で回復し、休憩もなく、とにかく満たされるまで僕らの行為は続いた……。
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