おいしい宝石店
「クリエイターのための宝石事典」(亥辰社BOOK)を手に入れて思いついた小話です。フィーリングで書いたので、それらしい知識は一個も出てきませんが……; 生温い目でごらんください;
こんにちは! ……ビジュー! まだ寝てるんですか!?
ほら、昼食用の宝石を持ってきましたよ! とっとと起きてくださいよ!
……はい? 『今日のはなあに? 紫水晶? 蛍石? あたしが念願の虹色蛋白石はいつ持ってきてくれるのかしら?』
あんたねえ、虹色に輝く宝石なんてそうそう再現できるわけ……って話を聞いてくださいよ! てか『いただきます』くらい言ってくださいよ! ……はあ、相変わらず美味しそうに食べますねえ……気に入りました? 僕の宝石……。
つーかビジューお嬢さん、いいかげん他のお菓子も食べましょうよ。あんたは悪食を誇る一族、昔栄えた魔族の末裔、十年前に土地神さまのお供え物のクッキーをこっそりつまみ食い、神さまは怒ってあなたに呪いをかけた……そのせいであなたはお菓子しか食べられなくなった。
それはまったく因果応報、お菓子しか食べられなくなっても命あっての物種だ。しかしビジューお嬢さん、このごろはしがないお菓子職人の僕の作った「琥珀糖」ばかりを召し上がる。とりどりに色づけた甘い寒天を、固めて乾かした綺麗なお菓子……。
宝石に似たお菓子ばかり食べていたら、いくら呪いでも毒なのでは? たまにはイチゴののったショートケーキ、栗を使ったモンブラン、リンゴのパイとか食べましょうよ!
……はい? 『アンブル、あなたが悪いのよ! こんな綺麗なお菓子を一たび食べちゃったら、他のものなんて食べられないわ!』……いやあ、これはまいったな……可愛い眉をつり上げて、逆ギレ気味にほめられても……。
……え? 『そうだ、良いコト思いついたわ! アンブル、お菓子職人の腕を活かして琥珀糖だけじゃない、いろんな「宝石」を作ってよ! うまく美味しく出来たなら、あたしがそれを食べてあげるわ!』
えぇえ!? いやそれはちょっと荷が重い……! 『あー楽しみ! 今度からはどんな美味しい宝石が食べられるのかしら? 紅石英に緑玉髄、いずれは念願の虹色蛋白石! 素敵な夢が広がるわ~!』いやいや勝手に盛り上がらんで! ちょっと聞いてよ、ねえビジュー! ねえってば~!!
* * *
「……と、まあそういう理由でこのお店が出来たわけです」
ふっといったん言葉を区切り、『おいしい宝石店』の店主は琥珀色の髪を揺らしてはにかんだ。翡翠のような切れ長の目が、照れを含んで輝いている。
「必死でビジューのワガママを叶えている内に、いつの間にやら僕の職人の腕も磨かれまして……まあ結局はそのおかげでこうして結婚も出来ましたし、『結果良ければ』といったところで……!」
とろけるようにのろけをかます店主の横で、エプロン姿の幼な妻が黄水晶色のツインテールを揺らしてデレる。まあ魔族の末裔、悪食な一族の女性だから、実際は青年店主よりずっと年上なのだろうが。
そうして話を聞かせてもらった旅人は、宝石そっくりのお菓子を袋にたっぷり買い求めて店を出た。
(ううん……しかし私は『土地のメルヘン研究家』、ご夫婦ののろけ話を集めている訳じゃないのだが……)
黒髪の頭をひとつかしげて考えて、魔物の青年は(まあ良いか)と考え直して歩き出す。森の中にさしかかった瞬間に、突然盗賊に襲われた。
「おう、そこのひょろひょろ女みたいな旅人! 無防備に手に下げたそのお宝を寄こせやこらぁ!!」
うわあ、まいったな! どうしよう、応戦することも出来るけど、長旅の最中にムダなエネルギーは使いたくない! かと言って「これはお菓子です」って言っても「嘘つけやこらぁ!」ってまったく聞く耳持たないだろうし……!
一瞬の内に思いめぐらせた青年は、ざっと袋に手を突っ込んで宝石を一個つかみ出し、盗賊の口に思いきり押し込んで逃げ出した。一心に走る魔物青年の細い背に、訳の分かった盗賊が豪快に笑い出す声がぶつかる。
やれやれ、とんだお騒がせなお菓子だな!
疾走しながら息もはずまぬ青年の口もとに、くすりと甘い笑みが浮かぶ。しばらく走って森の奥で足を止めた青年は、腰に下げた革の袋から水を飲み、「運動後のカロリー補給」とばかりに宝石の一粒を口に含んだ。
海のような深い青色に金を散らした、青金石の大きなあめ玉。口当たりはしゅわしゅわとして、夏の季節にぴったりな、爽やかなソーダの味がした。(了)