第七話 そうして彼は引き金を引いた
「腐れ縁だな。間違いねー」
「ほぉ、腐れ縁……」
記憶の世界から帰還したルークはきっぱりと店主に宣言しながら人差し指を立てる。
「むぅ、腐れ縁とはなんだ貴様。私のことそんな風に思っていたのか? 心外だぞ」
口をへの字にして拗ねるアイリス。そんな彼女を見たルークは鼻のつくような口調で、
「だってそうじゃねーかよー。てめーと出会った日から厄介ごとがやたらと舞い込んで来るようになっちまったんだぜー? だけど、てめーが白装束の連中と関係あるかも知れねーから離れるにも離れらんねー、これが腐れ縁じゃねーなら何が腐れ縁だって言うんだよー?」
「う、それは……」
痛いところを突かれたアイリスが言い淀んでいると、酒場の扉が勢いよく開かれる。
扉を開いた男は肩で息を切らしながら店内に向かって大声で叫んだ。
「た、大変だ! 町に魔獣が迷い込んで来やがった! あんたらも早く逃げるんだ!」
そう言って男は怯えた声を漏らしながら去って行ってしまった。少しの沈黙のあと、事態を把握した店主は青ざめながら、
「ま、魔獣!? このあたりに魔獣の住処なんて……いや、そんなことより早く逃げないと! 町の役場に地下避難所がある、案内するから二人はついて来てくれ!」
「いや、それには及ばん。魔獣は私たちに任せてくれ、行くぞルーク」
アイリスはそう言って足早に店から出て行ってしまう。どう見ても子供にしか見えない女の子が魔獣を任せろという意味が分からない店主は戸惑いながら、
「な、なんだって……? お、おいおい兄ちゃん! 嬢ちゃんがよく分からないこと言って出て行ったけど大丈夫なのか!?」
「へーきへーき、あいつはあー見えてそんじょそこらの騎士様なんかよりずーっと強いからな。魔獣の十匹や百匹じゃ相手にならねーよ」
「と、とても信じられんな。あんな小さな女の子が、魔獣を倒せるだなんて」
「まー、そう思うのが普通だろーよ」
理路釈然としない様子の店主を横目に、ルークはグラスに注がれた酒を飲み干して、
「さて、あとで文句言われたくねーし、面倒くせーけど俺もそろそろ行かねーと」
そう言ってルークは酒とつまみ分の代金をカウンターに投げて酒場から出ると、目の前を怯えた顔をして逃げる町の住人たちが過ぎていく。
彼らが逃げ去る方向とは逆に視線を向けると、遠くに数十匹の魔獣とアイリスが対峙している姿が見えた。
「うへー、まーたヴォルフかよ……」
ヴォルフは鋭い爪と牙を持つ四足歩行の魔獣で、最も一般的によく知られている肉食魔獣の一種だ。
一匹でも凶暴な魔獣なのだが、基本的に群れで行動する習慣があり、遭遇してしまうとまず間違いなく集団を相手にしないといけなくなる非常に厄介な魔獣でもある。
この町に来る前にヴォルフの群れと一戦交えていたルークは食傷気味になりながらも、腰から拳銃を取り出して狙いを定めた。
そんなルークに気づいたアリシアは襲いかかる魔獣を返り討ちにしながら、
「おいルーク! 術式を使うのは結構だが、昼間みたいな馬鹿はするんじゃないぞ! ここは町の中なんだからな!」
「それくらい分かってるつーの。言われなくてもブレイカーは使わねーよ」
ルークは背後からアリシアを狙っているヴォルフたちを狙って引き金を引く。
発射された魔力を帯びた弾丸が空中でいくつにも分裂し、弧を描きながら引き寄せられるように数匹のヴォルフの頭をほぼ同時に撃ち抜いた。
「術式展開、モード・チェイサーだぜ!」
「あ」
ドヤ顔で無駄に格好つけているルークに、アリシアが相手していたはずのヴォルフが唸り声を上げて襲いかかる。
「おわあっ!?」
鋭い爪が鼻先に掠るぎりぎりのところで避けたルークを見ていたアリシアは小さく舌打ちをしてから、
「すまん。一匹逃した」
「今わざと逃しただろ!? てゆーか舌打ちしたよな!?」
ルークの言葉に否定も肯定もしないで無視を決めるアイリスは、どこからか拝借していた物干し竿を振るって残りのヴォルフたちを血祭りに上げた。
「物干し竿もまさか魔獣退治の武器にされるとは思ってなかっただろーな……」
その逆もまた然りだと両者を不憫そうに思っているルークにアイリスが言う。
「ルーク。念のために町をぐるっと回って他に魔獣がいないか確認しに行くぞ」
今日訪れたばかりの町で馴染みない住人たちのために魔獣退治をした挙句、律儀にも残党の捜索までしようとするアイリス。
そんな彼女が見返りを求める性格をしていないことを知っていたルークは「殊勝なこって」と、感心と呆れの入り混った複雑な想いを吐露する。
走り出した少女の小さな背中を追いかけようとしたその時――そいつは現れた。
「え」
きっとヴォルフとの一戦を無事に終えて気が抜けてしまっていたのだろう。
アイリスが走り過ぎた民家の角から姿を覗かせたそいつに、ルークは気付くのが遅れてしまった。
「避けろアイリス!!」
ルークが言い切る前にアイリスはそいつからの横蹴りを喰らって吹き飛んだ。
「アイリスっ!?」
砂埃を巻き上げながら転がり地に伏せたアイリスに駆け寄ろうとすると、いくつもの黒い触手が襲いかかってルークを阻んだ。
間一髪のところで回避したルークはその正体を見て愕然とする。
真っ黒闇な化け物がいた。
そいつは人間みたいに二本足で立ち、二本の腕を生やし、その腕は途中からいくつもの触手に分かれて不規則に蠢いている。
骸骨に黒い布袋を被せたような頭部には眼球がなく、窪みの奥には黒だけがあった。
魔獣とは比べ物にならない異質な底気味わるさを感じさせるそいつにルークは見覚えがあった。
そうして胃の内容物をすべて吐き出してしまいそうな光景を胸にルークは吠えた。
「よお、会いたかったぜ……魔骸……!」
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