第二話 そうして誰もいなくなった
「やあ、初めまして」
驚いた、の一言では表せないことが起きると使徒でも思考が停止するらしい。
ひとまず視界に入っている理解不能物体から目を逸らして思考を再開させる。
頭から湯気が立つほど考えに考える。
それでも理解できない事象に遭遇したと気づいた私が導き出した答え。
それは現実逃避だ。
「おーい、聞こえてるー?」
私は何も見えていないし、聞こえない。
「……もしかして僕、無視されてる?」
これは幻覚だ。長い間、難しいことを考え過ぎたせいで頭がおかしくなったんだ。
「無視は酷いなあ。しかも初対面の相手を無視するなんて酷過ぎるよ」
酷いのは貴様だ。こんなに私を困らせて混乱させる貴様のほうが酷いに決まってる。
「うーん……仕方がない。帰ろう」
「それはちょっと待って!!」
思わず声が出てしまい眉をひそめる私。
対照的に満面の笑みを見せる黒髪の青年もどきは、ホッとした様子で話しかけてくる。
「ようやく君の声が聞けたよ。思ったより大人びた声をしているんだね」
「ああ、これは容姿だけを……」
いや、何をどうでもいい話をしようとしているんだ私は。そんなことよりも聞かなければいけないことが山ほどあるだろう。
ううんと咳払いで仕切り直し、目の前にいる青年もどきに質問した。
「貴様は何者だ?」
警戒心剥き出しの怪訝な表情をして睨みつけながら言い放つ。
彼女の小さく可憐な見た目とは裏腹に、遥かに背丈の大きな青年もどきを見つめる紫紺の瞳には、怖気の欠片すら見えない。
そんな姿を見て、何かを察したかのように口角を上げながら青年もどきは答える。
「僕は使徒だよ。君と同じね」
青年もどきの正体を知った私は動揺のあまり言葉を失ってしまう。
彼が使徒だったことに驚いたのではない。
使徒である彼がここにいるという事実、それが意味することに驚いたのだ。
自分の考えに確証を得ようと逸る気持ちを抑えて、生唾を飲み込み尋ねる。
「どうやって次元の扉を開いた?」
次元の扉とは、複数の次元が接地する場所に存在している扉のことだ。
おそらく扉を開いた先に行けば、こことは別の次元に行けるはず。そう考えた私は願いを叶えるために扉を開こうとした。
しかし、扉は押してもうんと言わず、引いてもすんとも何とも言わなかった。
ありとあらゆる方法を試しては、扉に拒まれる日々が続くこと早二十年。
扉を開く方法なんてないんじゃないかと途方に暮れていたとき、そんな考えを否定してくれる存在が霧のように現れた。
黒髪の使徒。彼が私と同じ世界にいる事実こそ、彼が扉を開いたという証になる。
そこで次なる問題がある。
扉を開くことができることは分かった。問題なのはその方法だ。
私にもできることならいいのだが。
「次元の扉? ああ、あの扉なら合言葉を唱えて行きたい場所を念じれば開くよ」
そうか。合言葉を唱えればよかったのか。
「えええー!? あ、合言葉ァ!?」
いやいやいや、ないない、それはない。
「う、うん。ひらけーゴマって言えばいいんだけど……知らなかったの?」
「ひ、ひらけごまぁ……?」
信じ難い事実を知らされ、全身の力が抜けた私はふらふらと膝をついた。
私の二十年は一体なんだったのか。
「合言葉ってそんなのありなのか!? 無から炎とかビーム出すの凄く大変だったのに全部無駄な時間だったなんて酷過ぎるー!」
両耳をふわりと覆う亜麻色の髪をがしがしと掻きながら落ち込み唸る小さな使徒。
そんな姿を不憫そうに眺める黒髪の使徒は、そっと目を閉じ確信めいたように呟く。
「……そうか、やはり君が」
手を引かれる感覚に目を開くと、幼さが残る整った顔が覗いていた。
さっきまでの陰鬱とした表情は影を潜め、どこか満足気そうな表情に変わっている。
「貴様も一緒に来い!」
そう言う彼女に引かれるまま着いていくと次元の扉にたどり着いた。
今にして思えばこの時、僕の運命は決まったのだろう。そして、彼女の運命も。
「開けゴマ!」
扉に向かい合言葉をぶつけると、今まで開かなかったのが嘘のように扉は開いた。
これでようやく願いを叶えることができると少女は期待に胸を膨らませた。
「ところで、次元の扉を通って君はどこに行くつもりなんだい?」
「人間たちの世界だ。さあ、行くぞ!」
少女は意気揚々と扉に飛び込んだ。繋いでいた青年の手を握ったまま。
「あれ? 一緒に来いって人間の世界にってこと? 扉の前までじゃなくて?」
「そうだけど、何か問題あるか?」
「ちょっ!? 僕は人間の世界に興味ないし行きたくもないんだけど――!?」
時すでに遅し。二人を飲み込んだ扉はバタンと閉まり、黒髪の使徒の叫びは誰もいなくなった世界に虚しく響くだけだった。
そうして彼女たちは無機質な白の世界から、色鮮やかな人間の世界へと旅立った。
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