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御伽冒険記  作者: TAR
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第一章「御伽の国の赤ずきん」

どうも、作者です。

更新遅いって言っておきながらめっちゃ早かったですが、これは実はここまででプロローグのつもりだったからなんです(笑)。最初から長すぎるのもなー、と思い区切りました。

さぁ、今回はいよいよ童話関係がちょいと出てきますよー。


では、本編へどうぞー♪

 そこは、一面森だった。

 近代を感じさせるコンクリートなどは微塵の欠片もなく、ただ一面、森だった。

 木の葉や小枝を散々にばらまかれている地面は森林特有の、水分を含んだ湿った焦げ茶色で、新鮮な土の匂いを漂わせている。際立った特徴はないが、あるだけで景観を穏やかなものにする、柔らかな緑の草々。鬱蒼とそこかしこに茂っている茂みは、そこから今にも動物が出てきそうなほどの、自然色豊かな情緒を醸し出していた。そんな緑と茶の少し心許ない色合いを、そこかしこに咲き誇る赤・黄・青などの、豊かな色の花が彩りを与えている。森という場所には絶対不可欠の樹木は無数に散在しており、枝には青々とした若葉をたっぷりと備え付けていた。そして、そんな葉っぱに混じって時たま、見るからに熟している美味しそうな木の実が覗く。穴があいている木々たちには、啄木鳥が住んでいるであろうことを温かに連想させた。枝からは木の実目当ての小鳥たちの和やかなさえずり。近くを流れる、川のせせらぎも心地よく聞こえていた。

 そんな、まさに理想の自然を具現化させたような森林に、一人の少年が仰向けに横たわっていた。

 死んでいるには血色が良すぎる、しかし心地よく眠っているには少々顔色が悪い、微妙な様子だった。

 白地のTシャツに、緑色のチャックのボタン付きシャツ。ベルトにジーパンとカジュアルな洋服は、湿った地面と落ちてくる木の葉によって、見る影も無く汚れきっていた。

 意識を失っている少年、蒼汰は、もちろんそんなことに気付くわけもない。


「……ん、ぅん……?」


 しばらくして、ようやく意識を取り戻した蒼汰が、言葉にならない息を漏らす。


「あれ……? 俺……」


 まだ思考回路が正常に判断していない蒼汰は、自分の記憶と現在の状況を照らし合わせるかのように言葉を紡いだ。


「確か……、本が光って……。文字を読んで、そして……ッ!!」


 そこまで記憶を辿って、絶句する。先程のありえない体験を身体そのもので思い出したのだ。そして、自分の今の状況、この森にも意識が及び、完璧に覚醒する。


「あの渦に飲み込まれて……!! こ、ここどこなんだよ!?」


 思わず立ち上がって叫ぶ。もちろん、そんな蒼汰の問いに答えてくれるような人物は誰もいなかった。蒼汰はずり落ちてくる眼鏡を抑えながら、かぶりを振って辺りを見回す。そして、どこまでも続くのではないか、というほどの森に、背筋が凍り付く。


 「ど、どこなんだよ、一体……!?」


 もう一度、今度は祈るように一人呟く。先程まで何の変哲もない自分の部屋にいたのに、目が覚めるといきなり異国を感じさせるような、実際異国かも知れない森の中に寝そべっていたのだ。これで不安になるなという方が、無理であった。

 蒼汰はまるで信じられず、そっと右の手で自分の頬を強くつねってみる。


「って!!」


 痛かった、どうしようもないくらいに。そのせいかわからないが、蒼汰の目から涙がこぼれ落ちた。

 どうしようもない不安が後から後からこみ上げてきて、蒼汰はしばらくその場にうずくまって、何も考えないようにしていた。


 −その時。ざり、ざり、と土と木の葉をまとめて踏んづけて引きずるような音がした。蒼汰はその音に、『人がいるかもしれない!』と僅かな希望を取り戻しバッと顔を上げ、音がした背後へと振り返った。だが、そんな蒼汰の淡い希望は、視界に入ったものを見るなり、即座に絶望へと反転する。


 そこにいたのは、『狼』だった。


 輝く銀色の艶やかな毛並みに、僅かな黒毛が混じり、なるほどその姿は美しいと言えるかもしれない。しかしそんなことを言えるのは、常にその人物が傍観者であるがゆえの感情で、それを実際に目の前にした者には、何の慰めにもならなかった。

 しっかりとその身体を支える、四本の太い脚。その先には鋭く光る爪が地面を力強く掴んでいた。その胴体はしなやかで、まるで逃げることなど許さないかのように体勢を低く構えている。犬というよりは狐を思わせるふさふさの尻尾は、呑気に揺れることもなく、その張り詰めた空気を体現しているかのようにピンと空を指している。

 そして何よりも蒼汰を萎縮させたのは、その双眸だった。

 闇夜でも鋭く輝くその金色の瞳は、今や獲物となる蒼汰へと狙いを定められ、ぎらぎらと輝いている。口からは、見る者全てを威嚇するような日本の長い牙を覗かせていた。

 そこら辺の野生の犬とは訳が違う、捕食者の眼光。

 それら全ては蒼汰をこれ以上ないくらいに恐怖させた。先程まで果敢に大地を踏みしめていた脚も、今では頼り無く、がたがたと身体の震えを増加させるただの物と化していた。

 その狼は、蒼汰に息をさせる余裕もないくらいの睨みを利かせると、その口を更に大きく開け、森を劈くように猛々しく咆哮した。


「グゥオォオオオォォオオ!!!!」


「ひぃ!?」


 その耳も竦むような咆哮の迫力についに耐えきれず、蒼汰はがくん、と両脚から崩れ落ちた。

 余計なものは一切無い、純粋な、恐怖。純粋な、殺意。

 ここまではっきりと具現化されるものかと、冷静に客観視しているもう一人の自分が、今はこの上なく憎らしかった。そんな暇があるなら、と逃げだそうとしても、両脚は笑いっぱなしでどうしようもなく、ただ、狼と対峙していた。

 銀の狼は慎重に狙いを定め、蒼汰が抵抗を出来ないことを悟ると、尻を高く上げるように前屈みに構える。……そして。

 一気に、蒼汰目掛けて猛スピードで突進を開始した。どうすることも出来ずにただ目を見開いている蒼汰に、狼がものすごい速度で迫り来ていた。


 ……殺されるッ!!

 そう、思った瞬間。


 パン!!


 と静寂を切り払うような破裂音とともに、狼が大きく悲鳴を上げて、後ろにひっくり返るように仰け反った。そして、しばらくジタバタと、腹から血を流しながらもがいて、……じきに動かなくなった。


「大丈夫ですか〜〜!?」


 何事かと思っていると、少し離れた所から甲高い、少女の叫ぶ声が聞こえてくる。蒼汰が訳も分からずその場にぼーっと座り込んでいると、その声の主は蒼汰の元まで駆け寄ってきた。


「……大丈夫ですか?」


 そして、先程の返事がなかったことへの確かめのつもりだろう、もう一度安否の確認を口にする。その口調は優しげで、蒼汰を心配しているような声色だった。


 「あ、あぁ、うん……! 大丈夫だけど……」


 蒼汰はようやく冷静になった頭にうっすらと安堵の気持ちを浮かべながら、ゆっくり顔を上げる。そして相手を見て、また呆ける。

 その少女は、腕にワインとお菓子、パンの入ったバスケットを提げて、両手に黒光りする銃を持っていた。右の方からは、先程狼を撃ったのであろう、火薬の臭いがうっすらと残っていた。髪は透き通るような金色で、翡翠色に輝く瞳は心配そうに何度も瞬きされていた。まだ年の頃は十三かそこらであろう、幼さの残る顔でこちらを覗き込んでいる。

 特筆すべきは、その服装であった。少女は赤い肩掛けマントを可愛らしいリボンで止めており、白のブラウスに腰にはこれまた大きなリボン。下にはエプロンのようなふりふりのフリル、そして、赤いスカートに茶色いブーツを履いていた。そして、頭には『赤いずきん』をかぶっていた。

 そう。まるで彼女は、その両手に持っている銃を除けば、童話に出てくるそのままの『赤ずきん』だった。

 読むときには微笑ましく尚かつ可愛らしいその服装も、今の状況では恐怖と混乱を誘うだけだった。蒼汰は一体どういうことかと、緊急事態にパニックの頭で必死で思索する。


「あの……、本当に大丈夫ですか?」


 蒼汰の様子を、『どこか怪我でもしたのだろうか』と不安げに少女が顔を覗き込んでくる。それに蒼汰がもう一度『大丈夫』と言うと、少女はやっと安心したかのように、ほっと胸を撫で下ろした。


「怪我が無くて何よりです。……見かけない顔ですけど、どこから来たんですか?」


 少女は両手の銃を、スカートで隠れて見えなかった、太股のホルスターにしまう。そして、聞いた。だが、蒼汰にとっては何とも答えづらい質問だった。住んでいた国と言えば勿論日本だが、そもそもここがどこかも、何でこんな所にいるのかもがわからなかったからだ。


「えーと、……日本っていう……、遠い国から……かな?」


「そうなんですか。……聞いたことないですね」


 蒼汰が土を手で払いながら立ち上がり、やっと絞り出した途切れ途切れの言葉に不思議がることもなく、少女はふーむと指を顎に当てて思案する。そして、ふと忘れていたかのように唐突に質問する。


「お名前、何ていうんですか?」


「あ……、俺の名前は朱石蒼汰。……君は?」


「私ですか? 私の名前はレリス。レリス=ヴィトニルです! レリスって呼んでください! よろしく、蒼汰さん!!」


「……よ、よろしく」


 屈託なく笑う可愛らしい赤ずきんの少女、レリスに、蒼汰は一瞬顔を赤くする。しかし、この異常な状況は何も変わっていないことに気が付き、再び影を落とす。


「それで、蒼汰さん今日どこか泊まるつてでもあるんですか?」


 そして、レリスは蒼汰の様子に気が付かないように、唐突に聞いてきた。


「え……、いや。無いけど」


 答える蒼汰。レリスはその答えを聞いて、やっぱり、といった若干呆れたような表情を見せた。そして、諭すように言う。


「蒼汰さん、……ここら辺は今みたいに狼が出るので、とても危ないです。見たところ、蒼汰さんは何も戦えるような物を持っていないようですし、……さっきみたいに見つかったら今度は殺されてしまいますよ?」


「あ……!」


 言われて、蒼汰は押し黙る。先程の背筋も凍りつくような感覚が脳内でフラッシュバックされていた。この赤ずきんの少女の登場で随分と和んでしまったが、事態は蒼汰が思っているよりも深刻だということを、忘れていた。


「蒼汰さん、行く当てがないのなら、私と一緒に来ませんか?」


「え……?」


 思いがけない提案に、蒼汰は思わず間の抜けた返事をする。


「私、今日はお祖母さんの家に行く予定だったんです。このままだととても危ないから、蒼汰さんも一緒に来てください」


「……いいの?」


「いいも悪いも、さっきから言ってるでしょう!蒼汰さん一人じゃ明日には骨だけになって木枯らしに吹かれてます! ……そんなの私は絶対に放っておけないので、もし蒼汰さんが嫌って言っても連れて行きます!」


 そこまで一気に言い切って、反論の余地がないように語調を強める。見た目からは想像がつかない、意外な強気さに、蒼汰は内心驚きでレリスに返答する。


「……お願いするよ」


「もちろんです!」


 こうして、蒼汰はこの赤いずきんの少女の祖母の家へ行くこととなった。



 祖母の家へと続く森の小道を、レリスを先頭にして歩く。もう刻は夕暮れに差し掛かり、林立して並ぶ木々たちが薄く茜色に色を映しだして、何とも神秘的な情景を描いていた。昼には太陽の光を浴びて様々に輝く花たちも、今は静かに森の背景と化していた。


「……お祖母さんの家って、村とかにあるんじゃないの?」


「お祖母ちゃんは、集落の離れの一軒家ですから」


 蒼汰が何気なくレリスに問う。レリスは直線に続く砂利道を、お祖母さんへの手土産のバスケットを抱えて早足で歩いていく。その急ぎようから、なかなかに遠い道のりだということが想像できる。蒼汰は早足に歩いていくレリスに離されないように大股で歩を進める。


「なぁ、その赤いずきんって……」


 そして、今までずっと気になっていたことについて、何気なく問い掛けようとする。すると、前を歩いていたレリスは蒼汰が言葉を言い終える前に、勢いよく振り返った。その顔は、嬉しそうだった。


「これですか!? 可愛いでしょう!? ……十一歳の誕生日に、お祖母ちゃんがプレゼントしてくれたんです! 私の、一番の宝物なんですよ!!」


「そ、そうなんだ……」


 びっくりするほどのはしゃぎようにたじろぐ蒼汰。レリスは、更に続ける。


「それからずっとこれを被っているせいか、この銃も合わさって『両銃の赤ずきん』ってみんなにつけられたんですよー!」


 レリスは『まぁ、つけただけで普段は名前で呼びますけど』と付け足す。そして、バッと銃を取り出して得意気に抜き打ちの振りをするレリス。蒼汰は、複雑な思いで苦笑した。


 彼女はやはり、“あの”『赤ずきん』なのだ。

 グリム童話との多少の違いはあるものの、間違いなく彼女はおとぎ話に出てくる赤ずきんだった。そう考えると先刻の獰猛な狼も、赤ずきんに登場する立派な登場人物の一人だ。今まさに向かっている最中の彼女の祖母の家も、祖母本人もそれに漏れることなく該当する。細部に至っては、今話した『お祖母さんからもらった赤いずきん』までもがぴったりと当てはまっている。

 ここまで来れば、偶然と片付けるのは容易くなかった。

 自分は今、『赤いずきん』の世界にいるのだ。

 その考えに至って、蒼汰の頭には一つの仮説が浮かび上がった。常識から逸脱した、明らかに普通では考えられない、大胆な仮説。


 もしや自分は、あの『本』の中にいるのではないだろうか?


 その仮説を蒼汰は心から否定したかった。確かに蒼汰は非日常の世界を好み、愛した。無邪気に憧れていた時期もあった。

だが、実際に我が身に降りかかってくるのは、さすがにごめんだった。信じたくなかった。それでも、そんな夢みたいな仮説を全否定出来ないことも、また事実だった。

 頭が痛むようなきりきりとした思いをくすぶらせながらも、それでも蒼汰は機械的に足を進めていた。

 だが、そんな蒼汰の足がふいに止まる。別に、自分の意志で止めたわけではなかった。前を進んでいる赤ずきん、レリスが突如、ピタリと止まったからだ。一体何事かと蒼汰がレリスに声をかけようとするのを、レリスはゆっくりと左手で制する。そして、今までの柔らかい表情とは違った、鋭い真剣な目つきで言った。


「静かに。……“います”」


 その言葉から数秒して、蒼汰にもこの異常な空気がわかった。辺りを寒気がするほどの静寂が包んでいた。……葉の揺れる音さえ聞こえぬ、深い、重い、静寂。

 何者かに観られているような、定められているような気配。……この感じは、ついさっき経験したものだった。

 『狼』の気配。

 それが蒼汰にもはっきりとわかったとき、レリスはすでに両手に黒い銃を持って、低く構えていた。その雰囲気は先程までとは似ても似つかず、まるで触れただけで切れてしまいそうな、緊迫した空気を纏っていた。

 蒼汰は身体から吹き出てくる汗に狼狽しながら、その空気に呑まれて、直立していた。すでに近くからは喉を鳴らすような低い、脳に浸透していくような唸りが聞こえていた。……動けなかった。この静寂を破ってはいけない、そんな気がした。

 レリスはそんな蒼汰を見ると、安心させるように、さっきまでの優しい笑みを浮かべて、言った。


「大丈夫ですよ、蒼汰さん。……離れないで下さいね」


 それが、皮切りだった。

 四方八方を取り囲んでいた気配、十匹の銀狼が二人へ向かって一斉に飛びかかっていく。

 レリスは正面の一体に狙いを定め、右手に持っている単発式リボルバー『フェンリル』の撃鉄、引き金と素早く引いた。ガゥン、という火薬の弾ける音がして発射された弾が、狼の額を易々と貫通させる。レリスは、衝撃で後方へもんどり打って倒れた狼を一瞥することもなく、その一点を突破口に、蒼汰の右手を掴んで低い姿勢で駆けだした。

 いきなり手を引かれた蒼汰は、体勢を崩しながらも奥の茂みに何とか倒れ込む。レリスはそんな蒼汰の前に立ちふさがるようにして立つと、空振りをした残りの狼の一体へ狙いをつけ、二発目を躊躇うことなく発射する。銃弾は無防備の腹部を貫き、胴体をビクリとさせた。

 空振りをした狼たちは素早く態勢を立て直し、またも一斉にレリスに襲いかかる。レリスは今度は左手の連発式オートマチック『コヨーテ』の引き金をひく。マズルがパンッ、とやや軽めの破裂音を響かせ、一番近くの狼に炸裂する。リボルバーに比べて威力は劣るが、連射性能と初速性能に優れており、複数を相手にするには最適な武器だった。息つく暇もなく、狼たちを襲う。

 そんな銃弾の嵐をかいくぐり、果敢に攻めてきた狼の突進を、レリスはすんでのところで左に横っ飛びに身体を回転させ、回避する。そして即座に起きあがると、狼が隙を見せている内に『コヨーテ』から三発、連射した。


 すっかりと動きを止めた瀕死の狼たちに照準を合わせ、両手に持った銃でとどめを差す。二つの銃から勢いよく銃弾が乱れ飛び、狼たちに反撃する暇は与えなかった。火薬と血の匂いがむせび飛び、弾倉からは熱くなった空薬莢がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

 凄惨な、光景だった。

 少なくとも、今まで普通の日常を過ごしてきた蒼汰には、目を背けたくなるほどの光景だった。蒼汰の目の前で狼の無情な断末魔が響き渡り、鮮血が辺りを真っ赤に染めていった。たくさんいた狼は、ある者は頭を潰し、ある者は胴を破裂させて、紅い地面に横たわっていた。

 獰猛だった狼の遺体を鋭い目つきで、もう息がないことを確かめてから、レリスは呆然としている蒼汰に、最初に会ったときの言葉を言った。


「大丈夫ですか? ……蒼汰さん」


 声が、静かな森に木霊していった。


 

 それからは、平凡だった。

 あの後二時間ほどの時間をかけて、月が昇り始めた頃に、うっすらと明かりを灯す木小屋へと到着した。中に入ると、木造建築特有の、鼻孔ををくすぐるような樹木の匂いがした。天井からは、吊り下げるようにしてランプが揺れており、家の雰囲気を温かなものへと変えていた。木をくべるタイプの煙突付きの暖炉では、篝火が優しく静かに燃えていた。その傍にある、白い布が掛かっている揺り椅子ではなく、レリスの祖母はベッドに寝ていた。

 突然湧いて出てきたような蒼汰を、老婆は邪険にすることもなく、むしろ快く歓迎してくれた。レリスは持ってきたワインとお菓子、パンを老婆に渡して晩食の用意に取りかかった。老婆は自分でやると言っていたが、レリスに病気なんだからと言われて、渋々ベッドに寝ながら待っていた。

 晩食は蒼汰のことを歓迎してなのか、やけに豪華だった。

 メインディッシュは七面鳥の丸焼きで、これには蒼汰も喉を鳴らした。他にも森の中でなっていた色とりどりの木の実や、新鮮そうな野菜サラダ、パンはたくさんの種類があって、ジャムにつけると甘くて思わず舌鼓をうつほどだった。

 晩食が終わって、蒼汰は部屋へと案内された。ロッジにあるような木の梯子を上って、案内された部屋の扉を開ける。

 獣の皮で作られた絨毯の感触が、まず蒼汰を出迎えてくれた。奥にあるベージュのタンスの上には、木で作られた花瓶に青い花が二本ささっていて、儚い情緒を感じさせられる。隅には年季の入ってそうな古ぼけた机が配置されており、上には明かり用のランプが乗っかっていた。奥には茶色のベッドに、暖かそうな毛布が積み重なって、存外快適そうな部屋だった。


「……じゃ、お休みなさい。蒼汰さん」


 レリスは部屋の説明を終えた後、一言そう笑顔で言って、自分の寝る場所へと戻っていった。蒼汰は何をすることもないので、ランプの明かりを消し、ベッドにもぞもぞと潜り込んだ。いつもならまだ起きて本を読んでいるような時間なので、眠れなかった。蒼汰は今日だけで何度思ったかわかららないが、再び思った。

 一体、どうなっているんだろうか……?

 やはり、一つ思い立てたあの仮説が気になった。

 これが夢でないことは間違いない、と蒼汰は今日一日で確信していた。もし、これが夢ならばどんなに質の悪い夢であろうか、甚だありえなかった。

 しかし、ここがずっと蒼汰が住んでいた世界と同じであるということは、確信できなかった。いや、寧ろ蒼汰は違う世界である可能性の方が高いとまで思っていた。あの本のタイトルが『御伽大全集』で、ここは『赤ずきん』の世界なのだ。それはもう、信じる他なかった。信じたくはないが。……そして、だとしたら一番可能性が高いのは、本の世界に引き込まれてしまった、というものだった。

 もちろん、それは確定ではない。まだそれは全肯定は出来なかった。しかしだからといって、今日一日で見た光景から、全否定することもまた、出来なかった。

 蒼汰の脳裏を、今日一日の衝撃的な光景がよぎっていた。

 樹海。狼。お祖母さん。……そして、赤ずきん。

 極めつけに最も不可解だったのは、その『赤ずきん』が、戦闘用の銃を所持していたことだった。蒼汰の記憶では、赤ずきんの話で銃を持っている登場人物は、赤ずきんとお祖母さんを救う狩人だけだったはずだ。……しかもその狩人でさえ、持っているのは猟銃、つまりライフルであって、あんな小型の近接戦闘用でもなかった。

 その赤ずきんのことを思い浮かべて、蒼汰は複雑な思いだった。

 戦闘時の赤ずきんは、正直に言えば少し恐ろしかった。……しかし、その戦闘は自分や蒼汰の身を守るための防衛行為であり、しかも蒼汰自身を助けてくれたのだ。それに、普段のときの赤ずきんは、赤ずきんではなく『レリス=ヴィトニル』という名の普通の可愛らしい少女だった。屈託無く笑うその姿は、とても恐ろしいものには見えるわけがなかった。

 そうして考えを巡らせている蒼汰の耳に、遠くで鳴くフクロウの声が聞こえてきた。気付くと時間はかなり経過しており、なんとなく身体も重く感じられた。

 蒼汰は思考を中断させ、うっすらと浮かんできた眠気に身を任すように、木の匂いがする毛布を深く被り直し、両目を瞑る。

 意識が薄くなる中で、もう一度、あの『赤ずきん』の姿が脳裏に浮かんだ。


 そして、この少女との出会いが、物語の始まりだったのだ。

 


後書き劇場

第二回「やっと始まりです」


どうも、作者です。前書きに話しましたし、作中最後の言葉でもわかる通り、やっと始まりました。プロローグでの後書きで愛がどうのこうのとか言ってましたが、そのプロローグに童話とかまだ全然出て来ていないことに気が付きました(笑)。

えーと、それでは今回は主人公『朱石蒼汰』のキャラ紹介でもしようと思います。


朱石蒼汰(あかいしそうた)

12月15日生まれのさそり座、O型。

好き:読書、昼寝。

嫌い:特に無し。

趣味:これまた、読書(笑)。

特徴:眼鏡っ娘(漢字が違)。男にしては若干髪が長い。特に後ろ髪。人生をどこか客観視しているような、冷めた感じ。


はい、適当な紹介でしたけどね。蒼汰は悪い意味で現代っ子みたいな感じですかね。裏設定で蒼汰の眼鏡は、伊達眼鏡という設定があります(爆)。本を腐るほど読んでいるのに、実は目悪くないんですね。理由は眼鏡を外すとイケメン過ぎて……では無く、まぁ一応他にあるんですが。

作中でそれが出るまで、頑張りたいと思います(え)!


御意見・御感想いつでもお待ちしております!!

では、また次の話で会いましょう!!

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