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鉄骨の蛮勇  作者: 肉無し皮無し
1.破戒の少女
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ちらつく暗影



 シュートベルク西部の一画を占めるのは、欲望に塗れた魔物たちが闘争以外の捌け口として求める界隈。

 俗世には色街と謂われ、淫魔などを筆頭にした魅惑的な魔物などが常住し、自身の特性を活かして看板を立てた商いなどで互いを満たす。

 路傍にて相手を口説く声、猥談、他にも騒々(ざわざわ)と至る処にまで人の声が犇めき合っている。昼夜を問わず往来の絶えぬ、云わば地中の白夜とも呼べる場所だった。


 普段はここへ立ち入らぬゴブリンも、端々から聞こえる歯の浮くような口説き文句などに、呆れの色を呈する他ない。

 誰よりも耳敏いのが災いして、拾いたく無い音まで無遠慮に鼓膜へと伝わる。

 通常のゴブリンならば人肉や肉欲に忠実だが、視覚を失い、更に組織の暗部で及々(きゅうきゅう)として任務を請け負ってきた慣習に影響され、本能的な部分まで冷めていた。

 いや、寧ろ煩わしくさえ思える。

 用が無ければ、先ず近寄ろうともしない。


 ゴブリンというのもあり、滅多に見られないという身分も重なって、新たな顧客を見つけたと次々に横合いから人が寄ってくる。

 それらを躱して目的の娼館まで一直線に進む。


 あの金色の少女を匿う小屋を把握しているのは、現状としてはスケルトンのみ。ゴブリンに至っては、隠れ家の存在自体を先刻初めて知った。

 しかし、人間を魔界に招くという異例な状況であり、これから先に何が起こるかの予断すら許されない。もう魔王が感付いているとは考え難いが、尋常なく人間の気配を敏感に感じる者は少なからずいる。

 その前に、ある程度は防備を強固に設えておく必要性があった。

 色街は様々な人間が集うとあって、何よりこれから会う闇妖精の勤める娼館は情報屋の一面すら孕む要所。彼女を仲間として押さえれば、魔王からの刺客についてや少女を取り逃した聖殿騎士団の動向も知れる。

 尤も――彼女が敵に回らなければ、の話だが。


 ふと、ゴブリンの耳に不吉な音が届く。

 何気無い足音を装っているが、それは奇妙な響きを有した。人の意思は手先の他に、足先にまで影響を及ばせる故に、足音もまた対象の感情を察知するのに有益な情報となる。

 聞き慣れない(かんじょう)の種類だった。

 何だったか、この音は。聞いたことはあるけれど、思い出せない……。


 腑に落ちず、悶々とした想いで歩を進める。


 平生追う側である彼だからこそ、それは確かに聞き慣れなかったかもしれない。相手に発見される前に、遠くの音で次の移動先や行動を先読みし、狡猾に逃げてきたからだ。

 だから自分を執着して狙う害悪の音には疎い。

 もう少し、彼に()()()()()()()()()があれば、気付けたのだろう。


 その少し後方から、巧妙に姿を消しながら尾行する(おと)は、確かにいた。





 数刻して小屋へとゴブリンは戻った。

 隣に闇妖精を侍らせ、周囲と彼女の警戒を怠らぬ耳をひくつかせながら、隠れ家まで迂路を選んで到着した。

 あの奇怪な音の気配は、色街を出てからも暫く続いていた。

 今は消え失せているが、油断はならない。


 そんな二人を、寝台に腰を下ろしたスケルトンが出迎えた。

 腕の中では、目元を赤く腫らした少女が寝息を立てている。黒衣の中に体を埋めて、すべて委ねていた。小さな手は襟の辺りを摑んで放さない。

 不在にした短時間で現れる劇的変化に、ゴブリンも面に出した驚愕を消せずにいた。

 所在なさげにしているスケルトンは、少女の顔と二人を交互に見遣る。


 闇妖精は無言である。

 いや、言葉を発せずにいた。

 忙しなく口の開閉を繰り返し、震える指で少女を指し示す。事情は既知とあるが、実際の状態を見てやはり信じられぬという顔だった。


「これが、あの……?」


「拾った人間の娘でぃ」


「……随分上物ね。あたしの店で使えるかしら」


「伽を務めさせる心算なら止めとき。その寝所の掃除が難しくなるだけだねぃ」


 ゴブリンの言葉に示し合わせてか、闇妖精の唐突な言葉への反射か。

 スケルトンは片手から骨刃を生成し、袂から覗かせたそれを彼女の鼻先へと寸止めで突き付ける。

 早くも剣呑な空気となる廃屋の中で、闇妖精は自身の発言を省みて謝罪の意を示した。

 話に聞くよりも上等な少女、まだ幼いが秀でた美貌であり、女性としての華やかな将来の片鱗すら想像させる。おそらく、男には困窮しないであろう。


 闇妖精の娼館では、地上から捕虜にした余剰の人間を奴隷として扱い、人間を相手にする事に趣を置く客人の相手をさせる。

 その営みがあるのを知ってか、彼女はつい口にしてしまったのだ。


 それでも、まじまじと闇妖精が観察する。

 スケルトンは少女を抱えたまま部屋の隅へと移動し、ゴブリンを傍へと呼び寄せた。

 互いに声を潜め合って話す。


「何て言って説き伏せたんだ」


「迷宮から奴隷として連れ込んだ娘なんだが、如何せん小せぇんで世話ぁ必要だから手ぇ貸せ、ってな」


「……それだけか」


「余計な口外が先の(まがつこと)を呼ぶ。先行き案じて()ぃとばかし混ぜた嘘だけんども問題は無いねぃ」


「身辺の安全、女性生活上の都合を考慮しての人選だろう。今さらながら、娼婦の職を強要されやしないか?」


「その考えを消す為にお招きして、いま二度と浮かばない(まじな)いしたばかりだろぃ」


 スケルトンは不可解だと首を傾げる。

 しかし、“呪い”は既に効いていた。

 少女を利する者に対しては、スケルトンが敵対する意思がある事を見せたのだ。戦闘力で彼に敵う魔物は錚々いない。

 密告は即ち己の死と心得よ――その示威として、闇妖精を直接ここに招いた。案の定、スケルトンが見せた敵意の姿勢に、彼女の脳内からそれは失せている。

 魔王軍への密告云々よりも、先に自身の安全を危ぶんでだった。


 スケルトンの懐で、少女がもごもごと動く。

 瞼を開けて、室内に増えているゴブリンと闇妖精を見ると、スケルトンの腕に縋み付いて縮こまった。

 スケルトンは()()を活かし、その頭を軽く撫でて落ち着かせる。

 その反応を可笑しそうに笑うゴブリンと、どこか恍惚とした表情の闇妖精を指差しながら小声で紹介した。


「一緒に君を助けてくれた、ゴブリンのおじさん」


「まだ二十歳だっつの」


「聞こえてしまったか」


 苦笑するゴブリンに、少女が怖ずおずと一礼。


「多分、一番お世話になる闇妖精のおばさん」


「まだ十六よ」


「……一応、お姉さんって呼ばねぃと叱られっぜぃ」


「ゴブリン、あたしはそんな狭量な女じゃないわよ」


「じゃあガキんちょと一緒かぃ」


「それは許した覚はないわ」


 ふん、と闇妖精は鼻で嘆息をつくと、少女へと寄って優しく撫でる。


「いいわよ。承ったわ……一応、私の奴隷という建前で、娼館にある人間用の食糧も持って来られるわ」


 ここで二人はあっとする。

 少女は人間、自分たちと食する物も違うことを失念していた。危うく人肉、或いは人体にはかなり害のある手段を採っていただろう。

 二人は内心ひやひやしながら、その提案に心底から安堵した。


 少女は暫くスケルトンと頭の上の手を交互に見てから、やがて闇妖精の方へと小さく頭を下げた。


「ありがと……ございます?」


 闇妖精の動きが凝然と固まった。

 訝るゴブリンの目前で、彼女は少女へとそっと歩み寄ると少女を強く抱き締めた。驚き、怯える相手の反応も構わず、しゃぶり付かんばかりの勢いだった。

 突然の変貌にスケルトンすら戦き、少女から必死に剥がそうとする。


「店で働かせない!あたしの物にする!だって可愛いもの!!」


「やめろ!どう見ても嫌がってる!」


「その顔も最高よ!あたしの夜が楽しみだわ!」


 不気味がるスケルトンに、ゴブリンがそっと耳打ちした。


「アイツぁ好色家でぃ。特に幼い女にゃ目がねぇんだとか」


「確実な人選ミスだったじゃないか……!」


「そんなんでも頼りにせにゃならん事態、ある程度の不如意にも堪えろぃ。寧ろあんなんだから、余計に他に報せる訳もねぇ」


「それを見込んでか……いや、それでも……」


 二人は彼女を見る。

 抱き締めた少女の首筋に鼻息荒くした姿には、難色を示さずにはいられない。恐らくスケルトンに顔の肉があったなら、筆舌に尽くし難い渋面になっていただろう。

 現に、少女も涙目でスケルトンに救済を求めている。


 異常な興奮状態にある闇妖精、それを見守るスケルトンとは違い。

 少女は彼らの視界の外で、屋外を見詰めて険相になっているゴブリンの表情を見詰めていた。

 あれは、何かを警戒している様子だ。

 魔物という生命の理すら異なる相手でも、その感情だけは判る。


 彼は……何に怯えているのだろう?





読んで頂き、誠に有り難うございます。


次回、事態が動きます。

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