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鉄骨の蛮勇  作者: 肉無し皮無し
1.破戒の少女
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廃屋での抱擁



 シュートベルク北東の旧市街地。

 そこに内包される一軒の廃屋に、子供を抱えた二名は無遠慮に足を踏み入れる。

 足下に木っ端も散乱する荒れ様の室内では、歩く都度に霜を踏み割るような音がした。

 ゴブリンは長年使用されていなかった寝台の埃や砂を払い落とすと、そこに自身の着ていた単衣を脱いで敷く。

 舞い上がる埃と格闘しつつ、眠る女児を安置した。古びた鎧戸を開け、窓を開放するとゴブリンは戸口に立つスケルトンを見遣る。

 示し合わせたように彼が指を小さく振ると、その後方から屋内へ、そして窓へと駆け抜ける一陣の強風が吹いた。

 埃や木っ端などが勦討(そうとう)され、謎の力で発生した猛烈な気流に乗る瓦礫諸々が外の景色の中に飛散する。


 女児に直撃せぬよう庇い立っていたゴブリンは姿勢を戻し、脚が腐食しかけた椅子に腰を下ろす。矢などの装備を外し始めた。

 ここはスケルトン御用達の廃屋に見せた隠れ家である。万一の危険を考慮し、別に用意してある住居だった。

 その理由は、《火鼠》が所属する組織は僅かな失敗も容赦しない。裏では人間と通じている魔物も少なからずおり、発見しだい即刻処分が降される。

 スケルトン自体は組織に忠義し、()()()()()()()()積もりだったが、命を惜しく思った時期に気紛れで作った。


 室内にある箪笥(タンス)の中から同様の傷んだ黒外套を引っ張り出し、スケルトンは着替えを済ませた。

 あまり外見に頓着の無い魔物の中でも彼は顕著で、黒外套以外に所有している衣服は無い。寧ろ流行などに細心の気を配る闇妖精(どうりょう)の心が共感できぬほどだ。

 いや、スケルトン自体に他人を想い遣る気持ちが少ない所為かもしれない。

 彼の脱ぎ捨てた物から漂う血臭が部屋を満たすのを厭うて、屋外に出たゴブリンが颯爽と熾した火で燃やす。

 人間の血の臭いは、魔物にとって本能を掻き立てる着火材。闘争心などを刺激してしまうため、都市の内部でも人肉の販売には(いた)く気が配られる。

 特に、この旧市街地は与太者が往来した。

 住み着きはしないが、通過点であるが故にその鼻先に血の臭いがすれば、直ちに臭いの元を辿って来るに違いない。

 現状――ここに人間がいるという自体を知られるのは拙いのである。


 都市入口でも、入行に難儀した。

 元より負傷しているとあって、微かに人間の血の臭いを発してしまっている。検問は魔物以外の侵入者を防ぐべく、鼻の利く者が担当するのが常道。

 黒外套にこべり付いた人間の血で誤魔化したが、一歩過てばその場で追手がかかっただろう。

 街を歩く際もその心配は消えない。

 視線がこちらに向く都度、面や立ち居振舞いには出さずとも、なんど肝を冷やしたことか。


 ゴブリンは火を消し、炭になった黒外套を足で蹴散らした。

 (ふんどし)一丁だった姿に、改めて予備の単衣を諸肌脱ぎにして着ると、弓矢を担いで下道へと下りて行く。


「今から闇妖精の所に行ってくらぁ」


「私が直截(ちょくせつ)言った方が良いと思うぞ」


「いんや、同僚たいえ仲間じゃあねぇ。戦闘能力の高ぇお前ぇが近くに居て守れ」


「それで密告されたら、お前にも被害が及んでしまう」


「その時の為だ。嬢ちゃんが殺られちゃ無為な粉骨砕身、俺の(タマ)も無駄にならぁ」


 ゴブリンは何かを思い出したように駆け戻った。雑嚢から包帯などを引き出し、椅子の上に置いていく。

 それを寝台の近くに苦慮しながら移動させると、再び下へと向かった。


「……どうして、お前は協力してくれる?」


 歩み去ろうとするゴブリンの背中を問い糺す。

 振り返った彼は、眼帯で隠れた眉間に皺を作って首を傾げた。

 スケルトンにとっては、甚だ疑問である。

 人間を匿うという危険行為、入行から何まで幇助したゴブリンの真意が不明だった。己が利益は無く、危険(リスク)しかない。

 ややあって、ゴブリンは首を竦めて応える。


「ああ?そりゃあお前ぇ、気紛れの延長だぁ」


「気紛れ?」


「なんであの時、お前ぇの行動を制止できず、その後も子供を殺さなかったのか。自分でも判らねぇ」


「…………」


 確かに、戦闘の邪魔とあって咄嗟に女児の身柄をゴブリンに預けた。元より人間と敵対者であり、救出にも反対的だったのだから、そのまま殺しても何らおかしくない。

 何より、人間に一瞬でも荷担する姿勢を見せたスケルトンを背後から射るのも、その技量なら容易かった。

 彼もまた――奇妙な感情で動いている。


 ゴブリンが盲目なのは、過去に小鬼(ゴブリン)兵団という組織の一員として人間と戦い、その過程で両目を損傷したという。

 命辛々逃げ延びたといえど、視覚を失っては身に生じる不都合は多い。

 それだけ憎しみはある筈だった。

 だからなのか、あれだけ憎き人間に排斥されようとする敵対種の少女を、どんな事を想ったであれ救いたいと願ったのだ。


「ただあの時点で、俺ぁ腹括ったんでぇ」


「……巻き込んで済まないな」


「言ったろ、これぁ俺の気紛れであり、責任。もうお前ぇだけの問題じゃねぇ」


 ゴブリンが矢筒から一本だけ取りだし、スケルトンに投げ放った。

 それを指骨の間で摑み取り、懐中に仕舞う。


「しっかり守んぞ。最悪の危険に際して移動の(ためし)がありゃあ、そいつに着火した物を放て」


 遁走の報せ。

 もしこの場が露呈し、追われるとなれば旧市街のみならず、シュートベルクに居場所はなくなる。尤も、魔王の膝下でそんな事件を起こせば、《魔界》自体の滞在も絶望的となるだろう。

 ゴブリンの身も危うくなる。


「お前の場合も同様か」


「そうさな。最悪はそうするが、大袈裟な事ぁ出来ん。アイツが居るのは色街だからな」


「なら、何としても逃げろ。最悪の場合は、迷宮三層で集合だ」


「あいや了解した。起きたら嬢ちゃんに宜しく」


 飄々とゴブリンは旧市街の薄闇へと消えていく。想うことは違うといえど、奇しくも協力者を得られた。

 これは僥倖、然りとて油断は禁物。

 彼が仲間となったからといって、同僚の闇妖精やオクトニオンもまた、同じ反応をしてくれるとは限らない。

 仕事の喜びは分かち合えても、所詮は心の底まで絆で結ばれている訳ではない、不安は募る。


 スケルトンは寝台の横に立った。

 少女の姿を改めて検めて、安堵の嘆息。


 屋内の闇にも濁らぬ黄金の頭髪は、一房だけ紅を宿している。埃や土を被っても、奥底から光を放つようにさえ錯覚した。

 汚れてはいるが健やかな寝顔、人間でならば美しいと賛嘆されるであろう宝石の如き美貌に遜色無い。

 華奢な肢体はまだ未熟であり、外見年齢もおよそ六つを過ぎる辺りと思われる。


 人間の子供を、それもこれほど長く間近で見る経験のなかったスケルトンは、屈み込んでさらに近付いた。

 上下する胸は安定した呼吸の証、包帯にはもう血が滲んでいない。


 うん、と唸った後に箪笥の奥から布を出した。

 廃屋から少し離れた水道のある場所まで急ぎ、桶に水をいっぱいにして戻った。寝台の横に配置して、何度か浸して湿らせた布を使い、髪や体の汚れを拭い落とす。

 細い上に小柄なお蔭か、その作業は直ぐに終わった。

 中でも、髪は拭き取れば拭き取るほどに美しい艶を纏う。途中から磨くほど綺麗になる宝石を見ているようで、スケルトンは些か楽しんでしまった。


 汚れた貫頭衣を脱がし、予備の黒外套を切ったりした布切れを体に巻いてやり、簡易的なスカートと上着を繕った。

 やや粗末な出来上がりとはいえ、身を清めて着替えを完了し、スケルトンは満足げに頷く。


 ただ、彼としては留意すべきことがあった。

 脱がせたり、拭いたり……そんな接触を繰り返せば、彼女を起こしてしまう。


 うっすらと、女児の瞳が開かれる。

 望洋と見上げる天井、その端に髑髏が朧気に映った。段々と明瞭な輪郭を帯びると、そこに子供を縮み上がらせるに不足無い姿が佇む。

 喜ぶスケルトンに反して、女児は息を呑んだ。

 叫びすら上がらない恐怖で身を固める。


 スケルトンはその反応で相手の恐怖を察した。

 慌てて両手を面前に挙げて、窘めるように話しかける。


「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」


「…………」


「大丈夫、安心して。ここは私の家、安全」


 それからも、拙い赤子のように何度も同じ言葉を繰り返す。

 人間との対話自体が経験として無いスケルトンは、果たして通じているかさえも定かではなかった。地上の人間の言語は理解できるため、相手にも伝わっているはずだ。

 しかし、スケルトンにも謎の緊張感があった。

 拒絶されたら、逃げられたら……。

 そんな考えが脳裏を過る。


「……ほんとう、に?」


 果たして、女児は口を開いて当惑気味の声を返した。

 その時、スケルトンの胸骨(きょうちゅう)にも安心感が湧いた。


「そう、大丈夫。怖くない、酷い事なんて何もしない」


「私に、酷いことしない?」


「もちろん」


 そう応えると、女児は肩を押さえた。

 矢傷が傷んだのか、涙目になって寝台に踞ってしまう。怪我の処置は完璧だが、沈痛作用の薬は施していない。

 スケルトンは椅子の上を見たが、なるほど薬自体が不要な魔物に、そんな道具を備えている道理はない。

 痛みに堪える少女に暫し困惑したあと、ふと親子がどうするか、というのを考えた。


 スケルトンは遠慮がちに、震える手を彼女の頭に乗せた。

 はたと、痛みが止んだように驚いた女児の顔。

 見上げてくる相貌にますます深まる困惑で、スケルトンは手を引き戻そうとするが、それを小さな手が止めた。


 女児はその手を自分の頬に移動させると、そこに顔を埋めた。

 小さくひ弱な体が恐怖とは違った衝動で震え始める。


「っ……ぅ、うぇぇぇぇ~!!」


「ぉ、おお?お、おおお」


 大泣きし始めた女児に、急いで窓を占めたあと、自分の黒外套で体を包んでやった。

 それが奇しくも抱き締めるようになっていたとは、本人も自覚はない。




 二人はそうして、暫くの時を過ごした。






読んで頂き、誠に有り難うございます。


本格的な子育てが開始します。

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